第13章 町の外での場外乱闘

代行役人の要請と冒険者の要求

 まだ残暑の季節というには早いせいもあり、アディの町の朝は日が昇ると急速に暑くなっていく。日の出の時間が二の刻の鐘が鳴る頃から遠ざかっているにもかかわらずだ。


 駆け出しの冒険者をとりあえず独り立ちさせた翌日、ユウは日の出後に起きた。もちろん二度寝後である。


 相部屋をしているハリソンは寝台の端に座って干し肉を噛んでいた。それを飲み込むと起きたユウに顔を向ける。


「起きたか、ユウ」


「ハリソンは早いね。それを食べ終わったらもう外に出る支度は終わるんでしょ」


「一の刻の鐘で起きてるヤツに言われると、嫌味にしか聞こえんな」


 苦笑いしたハリソンが水袋に口を付けた。小さく息を吐き出すと再び干し肉をかぶりつく。筋に当たったのか噛みきるのに苦労していた。


 寝台から起き上がったユウは背伸びをする。これから暑くなることを思うと憂鬱だが今はまだ平気だ。肩を鳴らしたユウがハリソンに顔を向ける。


「ハリソンは今日どうするの?」


「知り合いのところを回るつもりだ。あまり期待できないだろうがな。ただ、別のパーティを紹介してもらえたらとは思ってる」


「横の繋がりが広いからね、ハリソンは」


「ユウはどうするんだ?」


「今日は元々休養日の予定だったから、そのままいつも通りにするよ。キャロルはどうせ酒場でないと会えないだろうし」


「前に会ったスタンリーみたいに冒険者ギルドに呼び出してもらったらどうなんだ?」


「パーティに空きがあるかどうか聞くためだけに? それは最後の手段にしたいな」


「好きにしたらいいさ。オレはこれを食い終わったら出て行くぞ」


「わかった。こんな朝早くに会えるの?」


「何言ってるんだ。知り合いのほとんどは今日も魔窟ダンジョンに入るはずだからな。この時間帯でないと逆に会うのが大変なんだよ」


 理由を聞いたユウは納得した。毎日日帰りで魔窟ダンジョンに入るパーティに会うとして、朝だと入る時間帯は大体決まっているので会いやすいのだ。逆に夕方はいつ出てくるのかわからないので会いにくい。自分たちもそうだったことを思い出したユウはそれ以上尋ねなかった。


 朝食を食べ終わったハリソンと一緒に部屋を出たユウは宿の裏手に回って用を足すと再び部屋に戻った。日差しが刻一刻と強くなって熱さが増していく中で干し肉を囓る。


 三の刻の鐘が鳴る頃に宿を出たユウは冒険者ギルド城外支所の裏側にある修練場へと向かった。既にウィンストンが腕を組んで建物の裏口の前で立っている。


「おはようございます、ウィンストンさん」


「やっと来たな。今日は長剣ロングソードで体を慣らした後に、両手剣ツーハンデッドソードの使い方を教えてやる」


「短槍より長い剣ってどこで使うんですか」


「はっはっは、それも含めて教えてやるよ」


「僕の体格だと使いこなせないと思うんだけどなぁ」


 要望を出していない武器の使い方を教えると宣言されたユウは困惑した。槍斧ハルバードよりも短いものの、自分の身長に匹敵する武器を使いこなすところを想像できない。一瞬趣味かなと思ったくらいだ。


 それでも、そんな武器だからこそ触れる機会があるのなら触っておこうとユウは承知する。自分には扱えないと体感しておくのも悪くないのだ。


 自分の考えを整理したユウはウィンストンのかけ声と共に稽古を始めた。今日も熱い日差しの中で汗だくになりながら知識と経験を身に付けるのだ。


 しかし、ウィンストンの稽古は優しくない。開始早々、ユウの悲鳴が聞こえた。




 四の刻の鐘が鳴るとウィンストンの稽古は終わった。今回も汗だくで服が湿っている。昼からの古着の洗濯で一緒に洗わないといけない。


「ウィンストンさん、ありがとうございました」


「ちょっと待った。まだ帰らんでくれ。ティモシーのヤツがここに来るんだ」


「えぇ、あの代行役人がですか? どうしてまた」


「お前さんに話があるからだよ。諦めて聞いていけ」


 あからさまに嫌そうな顔をしたユウはため息をついた。あの横柄な態度と尊大な口調が苦手なのだ。進んで会いたい人物ではない。


 しばらくウィンストンと一緒に待っていると、城外支所の建物の裏口が開いた。そこから禿げかかった無愛想な顔が現れる。


 首縄と錫杖の紋様があしらわれている服をなびかせたティモシーはウィンストンの隣になった。その目はユウに向けられている。


「また会ったな、ユウ」


「そうですね」


「そう嫌そうな顔をするな。とは言っても無理か。まぁいい。逃げずにこの場に留まったのは褒めてやろう。今日はお前に今後の話をしようと思って来たのだ」


「今後の話?」


「大切な話だ。しかしその前に、まずは褒めておこう。先日、城外神殿から非公式にだが、最近貧民街に出回っている麻薬に関する捜査と取り締まりに関する協力の打診があった。お前が話を持ちかけた祭官さいかんの上申が通ったというわけだ」


「あの話、うまくいったんですね。良かった」


「通常、こういう上申が実現するのは時間がかかるものだが、向こうも余程対応に苦慮してるらしい。癒着の噂もあるからな、早く何とかしないとまずいのだろう。ともかくだ、よくやってくれた。これで我々も城外神殿を気にしないで捜査できる」


 自分の主張通りだったことに気を良くしたユウの顔に笑みが浮かんだ。しかし、ティモシーも機嫌が良さそうなのに首をわずかに傾ける。自説が間違っていても自分に都合の良い状況になったから機嫌が良いのだろうかと想像した。


 そんなユウの予想など気にすることなくティモシーはしゃべり続ける。


「ただ、我々も暇ではない。日々の仕事に加えて今回の麻薬捜査の仕事が追加されて人手が足りん。そこでだ、今回の手腕を見込んで、この幸福薬関連および謎の灰色のローブの信者関連の捜査でお前を雇いたい。仕事の内容は城外神殿との連絡役や捜査補助などだ」


「代行役人の手先になるわけですか」


「有り体に言えばそうだが、実際には単独で動いてもらうことになるだろうな」


「ずっと一緒に行動するわけじゃないんですか」


「荒事のような場合でない限り、お前らのような冒険者は手元に置いても使い道がないからな。せめて文字の読み書きができるくらいでないと助手にはできん」


「文字の読み書きならできますよ、僕」


「なんだと?」


 反論されたティモシーが目を見開いた。そのまま隣のウィンストンへと顔を向ける。肩をすくめられると顔をしかめた。


 その間にユウは更に考える。現在は駆け出しの冒険者の指導が終わった直後だ。どこかのパーティに所属していればそのまま魔窟ダンジョンに入って活動すれば良いが、残念ながら独り身である。そして更に、参加できるパーティの当てもない。なので、条件次第で引き受けても良いと判断していた。


 驚きから立ち直ったティモシーにユウは再び顔を向けられる。


「ま、それはいいだろう。で、どうだ、雇われてみんか?」


「期間と報酬はどうなっているんですか?」


「期間は捜査に目処が付くまでだ。報酬は経費込みで日当銀貨1枚である」


「うーん、それはあんまりです。報酬は経費込みで銀貨5枚にしてください」


「銀貨5枚だと? 吹っかけるにしても高すぎるだろう」


「僕、先月まで毎日魔窟ダンジョンで銀貨4枚くらいを稼いでいたんですよ。ですから経費込みで5枚というのはおかしくないです。更に言いますと、幸福薬の話を持ってきたという情報を集める能力と城外神殿に話を付けられるっていう点も考慮すると高すぎるとは言えないでしょう?」


「ウィンストンに雇われたときは銀貨3枚だったと聞いているぞ」


「それは僕を貸し出したパーティに支払われた日当です。何もしなくてもそれだけの報酬をウィンストンさんは支払ったんですよ。ちなみに、当時の僕には魔窟ダンジョン内で得た魔石や出現品をすべて譲ってもらいました」


 またもや反論されたティモシーが黙り込んだ。そのまま隣のウィンストンへと顔を向ける。にやにやと笑われると顔をしかめた。


 そんなティモシーにユウが更に言葉を重ねる。


「それを考えると、日当銀貨5枚はむしろ安いくらいですよね。吹っかけるのならば金貨1枚からにしていますよ。冒険者ギルドが相手だからぎりぎりの奉仕価格にしているんです。あと、ウィンストンさんの紹介ですから」


「ああわかった。もういい。銀貨5枚、これでいいな?」


「はい、ありがとうございます」


「定期報告は毎日朝は三の刻の鐘が鳴る頃、場所はここ、お前が前日の報告をして、俺が当日の指示をする。日当を支払うのもこのときだ。尚、緊急連絡は受付カウンター経由にする。俺を呼び出すなり伝言するなりするんだ」


「わかりました」


 うまく交渉できたことをユウは喜んだ。ティモシーが提示した金額が論外にしても、自分の提示した金額がそのまま通ったのだから笑いが止まらない。


 渋い表情のティモシーを見るユウの顔はほころんでいた。

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