伝えるべきこと(後)
老職員の要請で会った代行役人はユウにとってある意味想像通りの人物だった。それでも、ユウが話した噂話を一笑に付さずに受け入れてくれたことには感謝する。こういう噂は大抵冒険者の与太話として片付けられてしまうからだ。
四の刻の鐘が鳴るにはまだ早い時期にユウは冒険者の道を南に向かって進む。往来する人々は多い。
「はぁ、なんかうまく乗せられた気がしてきたなぁ」
力なく歩くユウは面白くないという表情を浮かべていた。どうにもあの代行役人の口車に乗せられた気がしてならないのだ。そうは言っても今更始まらない。代行役人の件を差し引いてもどのみち行くつもりだったからだ。
ともかく、ユウは先日同じく城外神殿の正面入口から中に入った。そこでまたもや知り合いを探す方法がないことを思い出して頭を抱える。基本的には薄い関係なのだ。この辺りは仕方がない。
どうしたものかと神殿内に顔を巡らせていると祈祷室の奥にある祭壇が目に入った。開け放たれた扉の奥に見えるそれはパオメラ教で工芸を司る神アーティルのものだ。
少しの間それをぼんやりと見ていたユウだったが、そこで目を見開いた。農業を司る神アグリム神の祭壇がある祈祷室に向かう。そこには何人かの灰色のローブを着た信者が作業をしていた。そのうちの1人に声をかける。
「あの、アグリム神の
「ネイサンですか? どちら様ですか?」
「冒険者のユウです。前の噂の話で相談することがあるとお伝えしてもらえますか」
「承知しました。この祈祷室の入口の外でお待ちください」
ネイサンを連れてきてもらえることを知ったユウは指定された場所で待った。外とは違って神殿内は涼しいので汗が引いてゆく。
特にやることもなくユウが待っていると灰色のローブの信者がネイサンを連れてきた。挨拶を交わすと柔らかい笑みを浮かべたネイサンに話しかける。
「お忙しいところ会ってもらってありがとうございます」
「構いませんよ。あの噂の話ということでしたら無視できませんから」
「話が話ですから、人に聞かれない場所はありますか?」
「では、神殿の横で話しましょうか。往来はありますが、通り過ぎる人なら無視しても構いませんし、立ち止まる人がいればすぐにわかりますから」
提案を受け入れたユウはネイサンの後に続いた。城外神殿を出て西側に向かい、北西に面した壁に沿って歩く。少し先には貧民の工房街と貧民街が迫っていた。立ち止まったのはその境目辺りで各境界が自然と三叉路になっている場所だ。人通りはあるが立ち止まる人はいない。
神殿の壁に触れられる場所に立ったユウとネイサンはぎりぎり日陰に収まった。2人とも周囲を一瞥してから互いの顔を見る。
「ここなら大丈夫でしょう。さて、今日はどんなお話があるのでしょうか?」
「主に2つあるんですけれども、そうですね、まずは幸福薬の方からお話をします」
「幸福薬、ですか?」
怪訝そうな顔をしたネイサンの顔を見ながらユウは先程代行役人に説明したことをそのまま話した。噂の概要から始まり、冒険者に広まりつつあるかもしれないことパオメラ教の御利益があると謳われていることなどを伝えていく。
最初は穏やかな顔をしていたネイサンだったが次第にその表情を険しくしていった。以前見た恐ろしい表情に近づいていく。
少し話したことを後悔したユウだったがそれでも最後まで説明した。すぐに返事をしないネイサンの言葉を待つ。
「そうですか。そんな噂が広がっているのですね。それで、ユウは実際に幸福薬を見たことはあるのですか?」
「ないです。知り合いから話を聞いただけなんですよ。今も話しましたが、さっきこれと同じ話を冒険者ギルドで代行役人に話しました。とりあえず調べてくれるそうです」
「純粋に薬の販売元を追いかけるのでしょうね。町の中や私たちにぶつからない限りはたどれるでしょうから」
「城外神殿の方でも調べるんですか?」
「そうなるでしょうね。パオメラ教の御利益があるなんて宣伝されてこれ以上広められたらたまりませんから。しかしそうなると、冒険者ギルドの管轄に触れてしまいますね」
話している途中からネイサンが悩ましげな表情を浮かべた。町の中と外では中の方が格上とされているので城外神殿が強く出れば冒険者ギルドを抑えることは不可能ではない。しかし、そうなれば反発は必至だ。格下とはいえ、冒険者ギルドも領主からの信任を得て町の外を管理している。その面子に簡単に泥を塗るわけにもいかない。
悩んでいるネイサンの姿を見たユウは内心ここだと叫んだ。少し緊張した面持ちで口を開く。
「ネイサンさん、いっそのこと冒険者ギルドと協力したらどうなんですか? 同じ噂を追いかけるのでしたら、協力した方がやりやすいと思うんですけど」
「そうですね。私もそう思うのですが、どうでしょうね」
「問題でもあるのですか?」
「大きな組織同士となるとそう簡単には手を組めないものなんです。一方的に頼るとなるとその後の付き合い方も変わってしまいますし」
「体面とか面子とかいうやつですか?」
「そうです。お互いに利益がある、あるいはお互いに解決しないといけない問題がある、というようにせめて対等に話し合える状態でないと」
難しそうな表情を浮かべるネイサンを見てユウは肩を落とした。困っているのなら誰かに助けを求めれば良いのにと思うのだが、そう簡単にはいかないと現実を突きつけられる。代行役人の言う通りなので実に面白くない。
不満そうな顔をした黙ったユウはしばらく考えた。そして、思い付いたことを口にする。
「対等かぁ。冒険者ギルドは冒険者に薬を売りつけられて困っている、城外神殿は悪評を広げられているから困っている、だからお互いに問題を解決したい、じゃ駄目なのかな?」
「なんですって、ユウ?」
「え、どうしたんですか?」
「冒険者ギルドも何か困っているのですか?」
「噂が本当でしたら、冒険者の一部に薬が広がっているかもしれないって代行役人が予想していましたけど」
「なるほど、それでしたらこちらと協力して問題を解決するという体裁を取れますね。良い案ですよ、ユウ」
「こんなんでいいんですか?」
「体面を守らないといけないとさっき言いましたが、逆に言えば体面さえ守れていればある程度は何とかなるものなのです」
「そうなんだ」
急に晴れやかな顔を見せたネイサンを見てユウは呆然とした。難しいのか簡単なのかよくわからなくなる。
ともかく、冒険者ギルドと城外神殿が協力できそうだとわかってユウは安心した。そんなユウにネイサンが話しかける。
「私はこれからこの件について上の方々に上申してみます。全面的な協力はすぐにできなくても、部分的な協力なら許可してもらえる可能性は高いですね」
「それは良かったです。これで悪い噂を早くなくせそうですね」
「そうですね。そうだ、ユウはこれから冒険者ギルドに戻るのですか?」
「はい。あの代行役人に伝えないといけないですから」
「でしたら、買取屋と会った灰色のローブの誰かについてもお話しておきましょう」
「あれって今回のことに関係ありそうなんですか?」
「薬の販売元の1つに買取屋があるのでしたら、無関係とは言い切れないと思うのです」
「なるほど。それで、どうだったんですか?」
「城内神殿にも協力してもらって追跡した結果なのですが、どうやらモノラ教の関係者らしいのです」
「ええ!?」
驚愕の事実にユウは目を剥いた。まさかもう1つの宗教が関わっているとは思わなかったからだ。
深刻な表情をしたネイサンが話を続ける。
「一見普通に見える小さな家に入ったっきり、灰色のローブの誰かは出てこなかったそうなんですが、代わりフードを被った黒色のローブの何者かが出て行き、モノラ教の教会へ入っていったそうです」
「それ、本当に同一人物なんですか?」
「何日も張り込みをして出入りする人をすべて確認したそうですよ。逆にそのフードを被った黒色のローブの何者かがその家に入ってきたときには、灰色のローブの誰かが出てきたそうですから」
「貧民街に出てきたとき捕まえられないんですか?」
「私たちに捕まえる権限はありませんから。それに、もし何も出てこなかったら逆に私たちの方が窮地に陥ってしまいます」
「その灰色のローブの誰かって貧民街で何をしているんですか?」
「それが今のところはっきりとしないのです。私たちが見張っている間は買取屋と1度話をしたきりで、後はたまに貧民や冒険者と話をしているくらいです」
話を聞いたユウは首を傾げた。一体どうなっているのかわからない。
ともかく、これも含めて代行役人に話をすることをユウは約束した。
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