行方不明者の捜索

 終わりなき魔窟エンドレスダンジョンで活動する冒険者たちは慣れてくると冒険者ギルド城外支所に寄らなくなる。魔石や出現品を換金できれば日々の生活は送れるからだ。たまに魔窟ダンジョンの地図を模写しに来るくらいしか用事はなくなる。


 しかし、この状態は1つ大きな問題があった。冒険者ギルド側から特定の冒険者に連絡する手段がないのだ。なので、冒険者ギルド側から働きかけるときは換金所がよく使われる。具体的には買取担当者が冒険者に声をかけるのだ。


 多数の冒険者の中から特定の冒険者に声をかけることは慣れた買取担当者なら難しくない。冒険者ギルドから名指しされる者になると通い詰めている者が大半なので、買取担当者が顔も名前も覚えているからだ。それに、換金するときも大抵は特定の買取担当者に任せることが多い。なので、意外ときちんと話は伝わる。


「銀貨8枚と銅貨7枚だ。山分けするときに喧嘩するんじゃないぞ」


「へへ、しねぇよ。割り切れねぇときのこたぁちゃんと決めてんだからな」


「そうか。ところでお前のところ、指名依頼が来てるそうだぞ。明日ギルドで確認してこいよ」


「げっ、あのオヤジ味を占めやがったか。聞かなかったことにしてぇなぁ」


「バカ言うな。連絡不備で俺が怒られちまうだろ。確かに伝えたからな」


 普段は金銭に関するやり取りばかりが聞こえる換金所内で、たまにこういった話が耳に入ることがあった。ただし、具体的な話は冒険者ギルド城外支所でされるのでどんな内容かまではわからない。


 いつものように魔窟ダンジョンで活動し終えた大きな手ビッグハンズの面々も換金所で魔石を換金していた。大量の魔石を買取カウンターに出してユウが買取担当者と数えていく。


「屑魔石が3600個、小魔石が360個ですね。銅貨180枚と90枚かな」


「毎日たくさん拾ってくるもんだな。儲かってしょうがないだろう。締めて銅貨270枚だ。銀貨12枚と銅貨30枚でいいか?」


「分けやすくていいですね」


「良かったな。そうだ、この後全員でギルドに行くよう伝えろって職員から言われてたぞ」


「僕たちですか?」


「儲けすぎて目を付けられたのかもしれないな。何の話かは知らないから、自分たちで直接行って確かめてくれ」


「はい、わかりました」


 硬貨を受け取ったユウは魔石の買取カウンターから離れると、他の仲間と一緒に出現品の買取カウンターへと移った。そこでも同じように冒険者ギルド城外支所へ出頭するようにと伝えられる。


 換金が終わったユウたち6人は換金所から出た。今の時期だと日没は七の刻の鐘が鳴る頃なのでまだまだ明るい。冒険者の道を歩きながら呼び出されたことについて首を傾げる。


「呼び出されるようなことなんてした覚えはねぇんだけどな。ジュード、何かあるか?」


「見当もつかない。目立つようなことはしていないはず、いや、以前酒場で喧嘩をしたな」


「今更そんなことで呼び出されるのかよ?」


「調査に時間がかかったのかもしれないぞ。そのときはケネス、頑張って言い訳してくれ」


「おいおい、みんなで仲良く喧嘩したじゃねぇか。こういうときこそ助け合おうぜ!」


「お前が牢屋に入れられたらちゃんと差し入れはしてやるからな」


「冷てぇなぁ、相棒! そんときゃお前も共謀したって言ってやるからな!」


 顔の表情筋をひくつかせたケネスが力強くジュードの肩を叩いた。当のジュードは半笑いしている。


 壁を挟んで換金所の真南に冒険者ギルド城外支所はあるので6人はすぐに中へと入った。朝ほどではないとはいえ、それでも建物内は冒険者たちで活気がある。


 最もよく城外支所へと足を向けているユウが先頭に立って列に並んだ。その後ろに仲間5人が続く。


 順番が回ってくると受付カウンターの前でユウがトビーに声をかけた。背後の5人を一通り見たトビーが応じる。


「来たな。今日はオレが説明することになってるんだ。2階の打合せ室に行くぞ」


「ここのカウンターはいいんですか?」


「別のヤツが代わりにしてくれるさ。行こうぜ」


 返事を待たずにトビーが受付カウンターを離れた。代わりの受付係がやって来るのを尻目にユウたち6人は受付カウンターの南端にある階段を登る。


 階段の脇から東西に伸びる通路の北側にはいくつもの木製の扉があり、それ以外は飾り気のない殺風景な石の表面が見えるばかりだ。その扉の1つを開けてトビーは中に入る。


 その打合せ室は、今までユウが使っていた部屋よりも少し大きかった。相変わらず南側以外はすべて壁で簡素で、木製のテーブルの周りに木製の丸椅子が10脚ある。


 奥の方にある椅子に座ったトビーがユウたちにも椅子を勧めた。思い思いに6人が椅子に座ったのを確認すると口を開く。


「よく来てくれた。急ぎの件だから伝えたその日に来てくれたってのは本当に助かる。リーダーのケネスってのはお前さんでいいのか?」


「ああ、オレだぜ。で、話ってのはなんなんだ?」


「魔術師ギルドからの依頼でな、魔窟ダンジョンに入った魔術師を捜索してほしいそうなんだ」


 口を閉じたトビーが黙るとユウたち6人は顔を見合わせた。全員が奇妙な顔つきになっている。もちろん理由など想像できない。


 代表してケネスがトビーに尋ねる。


「魔術師ギルドがオレたちを指名してきたのか? 接点なんてねぇのに」


「いや、魔術師ギルドから冒険者ギルドに捜索依頼があって、パーティの選定はこっちでやってる。向こう側から特別な要請がない限りはな」


「なるほど。でも、オレたちはこの春にやっとまともに稼げるようになったばかりだぜ。もっと魔窟ダンジョンに慣れたヤツの方がいいんじゃねぇの?」


「仕事の内容によっちゃ、能力だけ選ぶわけにはいかないときもあるんだよ。オレはそこにいるユウと面識があるから、大体お前さんたちのことは知ってるのさ」


 仲間から一斉に視線を向けられたユウは目を見開いて背筋を伸ばした。世間話でいくらか話したことはあるが、問題になるようなことは喋っていないはずと過去を振り返りながら思う。


 居心地の悪い思いをしながらもユウはトビーに向き直った。それから若干弱々しげに尋ねる。


「それで、具体的な捜索の内容はどんなものなんですか?」


「2日前に日帰りで戻る予定で魔窟ダンジョンの3階に向かった魔術師とその護衛たちの捜索依頼だ。可能なら魔術師を生きたまま保護してほしいが、ダメだったら最悪長杖スタッフだけでも回収するという内容だな」


「ちょっと待ってくれよ。俺たちは2階で活動していて3階にはまだ行ってないんだ。3階が捜索範囲だと依頼を受けられない」


 説明を聞いたジュードが声を上げた。2階の大部屋で詰まっているユウたちが3階に上がっても捜索の役に立たないのは明白だ。


 うなずいたトビーが返答する。


「わかってる。今回の捜索は3階だけじゃなく2階も対象になってるんだ。何しろ落とし穴に落ちた可能性もあるからな」


「なるほどな。だったらわかる」


「わからないのは、どうして魔術師ギルドが直接探さないのかってことだな。あそこは身内のことを外に出したがらないって聞いているぞ」


 今度はハリソンが声を上げた。隣でキャロルとボビーもうなずいている。地元出身だけにその辺りの機微はよく知っていた。


 一瞬弱々しく笑ったトビーが答える。


「今回は頭数が必要だからオレたちに協力を要請したらしい。捜索の責任者はあっち側のウィルコックスっていう貴族上がりの魔術使いで、お前さんたちはその下につく」


「うへぇ」


 責任者の名前を聞いた途端にキャロルが呻いた。他の面々もしかめっ面をしている。


 その様子を見たトビーはため息をついた。それから仕方なさそうな表情をする。


「気持ちはわかる。が、そこは我慢してくれ。報酬は1日あたり1人銀貨2枚、途中魔物を倒したときの魔石と出現品はそのまま懐に入れていいという条件だ。ああ、捜索対象の荷物はダメだぞ。もちろん長杖スタッフもだ」


「微妙にケチくせぇな」


「魔石と出現品も報酬と見做してるんじゃないか?」


 眉をひそめたケネスにジュードが意見を述べた。すると、ケネスは渋い顔をする。納得はしていないようだ。


 大きな手ビッグハンズの様子を見ながらトビーがケネスに声をかける。


「捜索は明日の朝から始める。範囲は当日責任者から伝えられるそうだ」


「面白くなさそうな仕事だよなぁ」


「たまにこういう仕事も引き受けときゃ、いいことがあるかもしれねぇぞ?」


「へぇ、どんな?」


「酒場のオヤジが怒鳴り込んでも受け流してもらえるとか、かな」


 すました顔で具体例を挙げたトビーがにやりと笑った。それを聞いた瞬間ケネスが嫌そうな顔をしながら目を逸らす。他の面々もやるせない表情を顔に浮かべた。これからも酒場に実害なく喧嘩ができる保証はない。


 しばらく悩んだ後、仲間と相談したケネスは依頼を引き受けることにした。

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