終点の港町

 ノマの町から2週間程度かけてニーノの荷馬車はペニンの町にたどり着いた。港町の作りとしてはこれといって特徴はなく、フィサイルの町と似たようなものである。町の基幹産業が中継貿易と漁業という点も同じだ。


 再び潮の匂いがする町にやって来たユウだったが、それとは別の感慨にふけっていた。この町にはもう1つ、竜鱗の街道の終点という意味がある。始点であるリーアの町から旅をしてきたユウにとっては区切りとなる町なのだ。


 黙って周囲を見ているユウにニーノが静かに声をかける。


「着いたよ。ここがペニンの町さ。竜鱗の街道の終わりでもある」


「知ってます。初めて来ましたけど」


「そんなに感動するようなことかい?」


「町そのものというよりも、最初から最後まで通ったということに満足しているんですよ」


「そういうものかい」


 よくわかっていないニーノが曖昧に答えたとき、町の中から六の刻を知らせる鐘が鳴った。夏至はとうの昔に過ぎているため日照時間は短くなってきているが、それでもまだ明るい。


 御者台を降りたユウは荷馬車の裏に回って荷台から背嚢はいのうを引っ張り出した。それを背負うと再び荷馬車の前まで歩く。


「ニーノ、今までありがとうございます。随分と楽ができました」


「そりゃ良かった。こっちも色々と聞けて楽しかったよ。西の果てなんて俺には行けそうにないしね。また機会があったら聞かせてくれ」


「はい。では、さようなら」


「ああ。きみの旅に幸運がありますように」


 お互いが別れの挨拶を交わすと、ユウは歩いて竜鱗の街道を町へと向かって歩いた。


 再び1人になったユウは町に向かって延びる街道を進みながら左右を見て回る。街道の東側に宿屋が並び、西側に飲食店が並んでいた。あまり数は多くないのでこじんまりとしている。


 その中の1つ、潮風に曝されて傷んだ白い壁の店にユウは入った。夕食時とあって丸テーブルは大体客で埋まっている。


 背嚢を肩から下ろしたユウはカウンター席に座って給仕に注文した。港町ということでフィサイルの町で食べた物を頼む。


「はい、お待ちどおさま。全部でペニン鉄貨135枚だよ」


「え? あ、はい」


 支払いを済ませたユウは首を傾げながら一通り料理に口を付けた。味は前の港町とそう変わらない。違う町の同じ鉄貨なので直接は比べられないが、同じ50枚で銅貨1枚に交換できるので値段が高くなっているという感覚は間違いないだろう。


 どんな理由なのかわからないが、他の値段も高くなっているというのならばあまりのんびりともしていられない。というのも、ニーノの荷馬車の旅で多くの銅貨を使ってしまったからだ。この物価水準だと残りの銅貨を使い切るのに数日もかからない。


 楽な旅はそれだけ金銭がかかるものということをユウは改めて理解した。




 翌朝、ユウは気を引き締めて宿を出た。できれば今日中に仕事を見つけるという決意をして冒険者ギルドへと向かう。


 冒険者ギルド城外支所はペニンの町の南門側にあった。南に延びる街道沿いの東側に、50レテム四方くらいの石材中心で造られた古めかしい建物が建っている。


 人の出入りがあることを確認したユウは中に入った。冒険者らしき者たちが点在している。空いているせいか、受付カウンターにはあまり人はいない。


 誰も並んでいない受付係を選んでユウは声をかける。


「あの、ここから東に向かう隊商か荷馬車の護衛をする仕事はありますか?」


「モイスの村に向かう荷馬車の護衛依頼ならたまにある。が、これは村への定期的な物資補給便だから2週間に1度だけなんだが、普段は護衛は専属契約している冒険者がやっているな」


「それじゃ不定期のものならあります?」


「お前は1人なのか? だったら今のところはないな。2人以上ならあるが」


 冷静に告げられたユウは肩を落とした。何としても仕事が欲しいのだが、1人のせいで引き受けられない。どうしたものかと頭を抱える。


 しばらく悩んでいたユウだったが、背後から足音を立てて近づいてくる人物に気付いた。そのときになって自分が何もしていないのに受付係を占有していることに気付く。


「ああ、ごめんなさい。いまどきます」


「そこのおにーさん、いい話があるんだけど、ちょっと聞いてくれないかな」


「はい?」


 自分に声をかけてきているとは思わなかったユウは周囲へと顔を向けた。しかし、自分の近くには目の前の男以外誰もいない。改めて正面の男へとユウは目を向けた。


 つばあり帽子と全身を覆える外套こそ身に付けているが、肌の色から南方辺境の出身でないことがわかる。やや子供っぽい顔から自分より少し年上の若い青年のように見えた。今は外套をはだけているので、身に付けている剣や硬革鎧ハードレザーが目に入る。


「あの、僕ですか?」


「そうだよ! お互いのためになる話なんだ。ぜひ聞いてほしい」


「聞くだけならまぁ」


「やった! 俺はブレントってんだ。実はね、ここからターミンドの町まで荷馬車の護衛をして行こうと思ってるんだけど、2人でないと受けられない仕事があるんだ。でも、俺は1人でここまでやって来たから相棒がいない」


「だから僕と一緒にやろうってことなの?」


「その通り! おにーさんってここから東に向かう隊商の護衛の仕事を探してたでしょ。目的地がターミンドの町なら俺と一緒に護衛の仕事をしない?」


「うん、いいよ」


 提案を聞いたユウは即座に承知した。経験上、冒険者ギルドで仕事を探してないときは本当にないので、提案に乗るしかないと知っているからだ。


 ユウの返事を聞いたブレントが飛び跳ねて喜ぶ。


「そう来なくちゃ! それじゃ早速話を進めよう! おっちゃん、さっきの依頼の紹介状をくれよ!」


「誰がおっちゃんだ。そっちの坊主、依頼内容は聞かなくてもいいのか?」


「あ、俺が歩きながら話すよ」


「お前には言ってない。わけもわからないまま引きずられて行って仕事して、こんなはずじゃなかったって暴れられるのが迷惑なんだ。ギルドの名に傷が付くだろ」


「僕、文字が読めますから依頼書を見せてください」


「珍しいな。ほら」


 差し出された依頼書を手にしたユウが羊皮紙の文章を読んだ。それによると、ペニンの町からターミンドの町まで荷馬車1台の護衛を2名募集している。日当はリーアランド銅貨2枚と安い。


 最後に商売人の名前を見たユウはブレントに顔を向ける。


「日当が安くないですか?」


「目的はターミンドの町へ行くことなんだから、この際報酬は度外視だよ。金をもらって運んでもらえるって思えばむしろ得じゃないか」


「なるほど。そういうことならこれでもいいかな」


「決まった! おっちゃん、紹介状書いて」


 ブレントに笑顔で声をかけられた受付係は渋い顔をしながらも依頼人への紹介状を書き上げた。


 その紹介状を受け取るとブレントは踵を返して歩き始める。動きの速いブレントに驚いたユウは慌てて続いた。


 城外支所の建物を出たユウとブレントは、街道の脇の原っぱに停まっている荷馬車で1台だけのものを探す。荷馬車そのものが多くないのですぐに見つかった。


 荷台の後方で作業をしていた年寄りの男にブレントが声をかける。


「冒険者ギルドから来たブレントです! 護衛の依頼に応じて来ました! セストさんですか?」


「そうじゃ。若いのぅ」


「はい! 若いけど、もう1人前ですよ! これが紹介状です!」


 笑顔のブレントは元気よく返事をした。一方、ユウは一時的な相棒を見ながら黙っている。


 そんな2人をセストはしばらくじっと見ていた。やがて小さくうなずく。


「あんたら2人は、帰らずの森に用があるのかね?」


「やっぱわかります? 俺たち、帰らずの森に入りたいんですよ」


「わかった。明日の朝、日の出の頃に出発する。それまでに来るといい」


「やった!」


「セストさん、他には何も聞かないんですか?」


「必要なこと以外は詮索する気はないんじゃよ。儂は護衛してもらう、あんたらはターミンドの町へ行く。それ以上必要かね?」


 優しそうな目で問いかけられたユウはそれ以上何も言えなかった。結局、目的は果たせるのだからとセストの意見を受け入れる。


「よし、それじゃ記念に飲みに行こう! えっと、あれ? きみの名前は?」


「ユウです。ターミンドの町までよろしくおねがいします。それと、今の僕はお金をほとんど持っていないから遠慮しておきますね。また別の機会に誘ってください」


「そっかぁ。そりゃ残念。じゃ、また明日の朝!」


「うん。お互い遅れないようにしましょう」


 この場での話が終わると、ブレントはすぐに踵を返して街に戻っていった。


 南方辺境の夏は後半に入ったがまだ9月半ば過ぎでしかない。日差しは弱まることなく降り注いでいる。


 今日も暑い1日になることを確信したユウもゆっくり歩き始めた。

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