春の祭

 3月の末日は謝肉祭だ。春先に開催される春の訪れを祝う祭で、村では残った保存食などを出し合って盛大に祝い、都市や町でも催し物などが開かれる。


 ユウが冒険者パーティに入ってから最初の春がやってきた。夜明けの森に3日入って2日休むという周期を繰り返している古鉄槌オールドハンマーにとって、謝肉祭はちょうど休日1日目と重なる。


「お前ら、今日は謝肉祭だ! 思いっきり楽しめ! ユウ、今日の稽古はなしだ! せいぜい遊んでこい! ただし、自分の荷物は持っていけ。今日は荷物の見張り番はなしだ!」


 アーロンから号令がかかり、ユウたちは背嚢はいのうを背負ったまま安宿屋『ノームの居眠り亭』から出た。まるで今から森に入るかのような完全装備だが、そういう冒険者は意外に多い。安宿の大部屋の治安がどんなものかみんな知っているのだ。


 ともかく、1日自由になったユウは当てもなく歩いた。西端の街道を北に進んですぐに東に分岐している貧者の道へと入るとまっすぐ進む。北側の原っぱではいくつもの催し物が開かれていた。遠目に催し物を眺める。


「うーん、大体見たやつばっかりだしなぁ」


 渋い顔をしたユウがつぶやいた。


 アドヴェントの町では年4回大きな祭がある。3月の謝肉祭、7月の降臨祭あるいは夏至祭、11月収穫祭、13月の冬至祭だ。このうち冬至祭は家族で祝うので静かな祭になるが、他は毎回様々な催し物がある。楽しみが少ない地方にとっては貴重な祭事だ。


 しかし、やって来る芸事の集団の顔ぶれが毎回同じだと、催される内容も変化に乏しい。小手先の変化は毎回施すものの、内容の大枠に変化があることはほぼなかった。


 ということで、せっかくの祭の日だがユウにはやることがない。原っぱで催されている芸事には若い人々が集まり、年配や年寄りがほとんどいない理由が最近理解できるようになった。


 考えながら最初に足を向けたのは市場の西側だった。出店や露天商がひしめくこの場所はいつも以上に賑わっている。これを見ているだけでも暇を潰せた。


 そうしてぼんやりと歩いていると、ローブを目深に被っている不審な露天商が目に入る。道の両端に敷物を直敷きした居並ぶ露天商に埋もれるように座っていた。シオドアだ。そのあまり商売する気があるようには思えない露天の前で立ち止まる。


「ぶしつけで悪いですけど、ちゃんとお客は来てるんですか?」


「これでもたまに来てもらえるのさ。現にきみもやって来たろう?」


「今日はぶらぶら歩いていただけなんです。いつものは明日また買いにきますよ」


「それは残念。またのお越しを、と言いたいところなんだけど、1つ聞いておきたいことがあるんだ」


「なんですか?」


 心当たりのないユウは首をかしげた。薬草や薬の知識は圧倒的にシオドアの方が上である。むしろユウの方が聞きたいくらいである。


「カタリー草はまだ採れないのかい?」


「あー、ああ! あれですね! ごめんなさい、まだ採ってないです。自分の修行の方で精一杯で余裕がないんですよ」


「構わないよ。自分の都合を優先するのは当たり前だね。そのうち採ってくれたらいい」


「道具は揃えたんで後は採るだけなんです。近いうちに挑戦してみますね」


「わざわざ道具を揃えてくれたのかい。ありがとう」


「夜明けの森で薬草採取はまだしたことがないんですけど、獣の森と同じ要領でいいんですか?」


「同じ植物なら採り方は同じだよ。カタリー草は初めてなんだよね? できれば根まできれいに採ってほしいけど、たぶん難しいだろうな。何しろカタリー草の根は寄生している木の幹に入り込んでるからね。木の幹を掘るのは厳しいだろうから諦めるとしよう。それで、蔓の部分はできるだけ丁寧に剥がしてほしい。蔓から生えてる葉っぱはどうでもいいけど、蔓本体は重要なんだ。長いと何十レテムもあるから注意してね」


 延々としゃべり続けるシオドアの話をユウは真剣に聞いた。いつもは言動に覇気がないが、薬草や薬のことになると饒舌になるのだ。そして、話し終えると途端に静かになる。


 再びいつも通りとなったシオドアに別れを告げると、ユウはまた路地をぶらぶらと歩き始めた。




 今日は背嚢を抱えているので自分の必要なものはすべて身に付けているユウである。ときおり同じく完全装備の同業者とすれ違いながら市場の中央へと向かった。すると、いくつも漂う食べ物の匂いの中に知ったものが混じっていることに気付く。


 匂いに釣られて足を進めると、その先に大きな鍋を出してスープを提供している出店に出くわした。スコットのスープ屋だ。鍋を前にかつての仲間であるチャドが忙しく客に対応している。


 まだ四の刻の鐘までかなりあるが、普段の食事が干し肉1食分であることが多いので胃袋に余裕はあった。誘われるままに鍋の前へと足を向ける。


「チャド、僕にもちょうだい」


「ユウ! 久しぶり。ちょっと待ってて」


 鉄貨を受け取ったチャドが嬉しそうに木の皿へとスープをよそった。具材のはっきりとしないスープが注がれる。


 木の匙と共に木の皿を受け取ったユウは脇にどいてから食べ始めた。スープと粥の中間のような感触がするこれを口に入れると、相変わらず微妙な舌触りがする。旨いが謎な食べ物だ。


 しばらく味わっていると誰かがユウに近寄ってきた。そちらへと振り向くと頭1つ分低いチャドである。


「あれ、店は?」


「スコットさんが代わってくれた。少しだけなら話してもいいって」


 鍋のある場所へとユウが目を向けると、頭がつるっぱげであごひげがやたらと長い老店主がスープを振る舞っていた。


 チャドへと顔を戻したユウがうなずく。


「今日は随分とお客がたくさん来てるね。いつもより多いのかな?」


「うん、昼時みたいに人がたくさん来てる。これだと、本当のお昼は大変なことになるってスコットさんも言ってた」


「休む暇がなさそうだね。僕でさえ3日間働いたら2日間休めるのに」


「それは羨ましい。僕は毎日働くから。けど、危険はない」


「それを言われると何も言い返せないなぁ」


「ところで、ユウは今夜明けの森から帰ってきたの?」


「いや、今日は休みなんだ。荷物を背負っているのは、宿に置いておけないからだよ」


「あー、そうだった。ベンさんの宿屋でもそんなことを聞いたことがある」


 かつて街の仕事をいくつかしていたことのあるチャドが声を上げた。ベンの安宿の利用客は旅人が中心だが、所持品の紛失についての話はよく耳にしていたのだ。


 同情の視線を向けてくるチャドに対してユウが話題を振る。


「そういえば、ここって冒険者はよく利用するの?」


「微妙かな。多くはない。でも、最近少し増えた」


「どうして? 宣伝でもしたの?」


「わからない。もしかしたら、食べたことのある人に勧められたのかもしれない」


「それはあるかもしれないね。僕も似たようなものだったし」


 何が入っているかわからないがとにかく旨い、というのがこのスープの特徴だ。しかも安いとなると人の耳目を集めやすい。こうなるとしめたものである。本当に旨いのだから繰り返し食べに来る客が増えるのを商売しながら待てば良い。


「そういえば、テリーはたまにここへやって来るの?」


「前はたまに来てくれたけど、最近は来てない」


「あらそうなんだ。どうしたんだろうね」


「さぁ? また気が向いたら来てくれると思う。ユウも来てくれたし」


「お祭りなんかのときに思い出して食べたくなるんだよね。不思議だなぁ」


「ところで、その姿からするとユウは冒険者になった?」


「うん、今年に入ってからね。そっか、チャドにはまだ言ってなかったんだ」


 質問された内容からユウはチャドといつ最後に会ったのか思いだした。振り返れば年に数回しか会っていない。エラを基準にすると少ないが、その他の元仲間と比べるとよく会っていることになる。何とも微妙な関係だった。


 そのチャドが興味を示した様子で尋ねてくる。


「ユウは冒険者をちゃんとやれてる?」


「どうなんだろう? 今は修行中だからあんまりわからないんだ。教えられたことをやるので精一杯でね。ただ、道具を全然揃えないまま冒険者を始めたから、その点でものすごく苦労している」


「うわ、大変そう」


「そうなんだ。稼ぎが多いのは確かなんだけど、出費も同じくらいあるからきついんだ。街での生活費と森で使う消耗品で稼ぎの半分がなくなっちゃうのには驚いた。そこへ必要な道具をいくらでも買わないといけないから、もう!」


「苦労してる」


「でも、パーティメンバーはみんないい人ばっかりだからなんとかなってるよ。あー、早く安定して貯金したいなぁ」


 ぼやいたユウを見てチャドは微笑んだ。そのとき、スコットがチャドを呼ぶ声がする。


 ユウがまた店に食べに来ることを約束して、2人は別れた。

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