森で出会う者たち
森の中が白み始めてきた。今までまったく見えなかった周囲の風景が明確になってくる。
最後の見張り番を担当しているユウは徐々に緊張が解けていくのを感じた。やはり見える見えないというのは大きい。
「うう、さぶ」
しかし、今のユウは1つ大きな問題を抱えていた。寒さである。昨晩見張り番から解放されて横になったユウだったが、外套すらないため両手を抱えて眠るしかなかった。これが体を冷やす原因となり、今震えているのだ。
他の仲間4人は外套や毛布にくるまっている。あの姿を何度羨望の眼差しで眺めたかわからない。
そうやってユウが寒さと戦っていると、眠っていた3人が1人ずつ起き始めた。アーロン、フレッド、ジェイクの順に立ち上がる。みんな凝った体をほぐしていた。
「おはよう、レックス。なんかあったか?」
「なーんもなかったぜ。平和なもんだった。見張りはもういいか?」
「いいぞ。そしてユウ、かなり震えてるじゃねぇか。そんなに寒いのか?」
「そりゃ寒いですよ。外套も毛布も持っていなかったんですから」
「はは、買っときゃよかったな!」
「お金がなかったんでそもそも買えなかったんです! 今日帰ったら絶対買いますよ」
「おう、がっつり稼いで買え。そーいや、水袋も必要だったんだよなぁ?」
「ううっ、他にもたくさん買わなきゃいけない物があるのに。どうしよう」
「何言ってんだ! ここで魔物を殺しまくったらいいだけじゃねーか!」
「そりゃそうなんでしょうけど。へくしょん!」
「ほら、お前もメシ食って元気出せ、な!」
朝から機嫌の良いアーロンの声に押されたユウは自分の背嚢に取り付いた。震える手でゆっくりと干し肉を出す。一口囓る。かみ切るのにいつもより力が必要に感じた。
そんなユウをよそにアーロンは集まってきた仲間に対して話しかける。
「今日は昼までこの辺りで稼ぐ。それで昼メシを食ってから帰ろう」
「それだと森を出るまでに日が暮れそうだな」
「微妙なところだな。まぁ暮れたら暮れたで何とかするしかねぇ。ユウが
懸念を示すジェイクにアーロンが気楽に答えた。忠告したジェイクもそれほど深刻に考えていないのか、それ以上は何も言わない。
今日も1日大変になりそうな予定だが、ユウはそれどころではなかった。干し肉を食べて喉が渇いたので水袋を手にしたときに、ほとんど残っていないことに気付いたのだ。元々1日分しか入れられないのだから正しい減り方なのだが、今はまずい。
そんなユウの不安をよそに、
この日の魔物狩りは好調で、朝から適度に魔物と遭遇する。
当然ユウも戦うのだが、どうにもならない魔物もいた。例えば、体長が2レテムもある
一方、
このように、平均的には戦えなかったユウだが、活躍できなかったり意外な物で戦ったりとその都度何ができるか考えながら仲間と戦った。
そのような戦いを経て昼食になったわけだが、ここでついに水袋の中身が空となる。
「うう、本当になくなっちゃった」
未練がましく水袋の口を吸ったり逆さに向けたりしたものの、もはや1滴も薄いエールは出てこなかった。諦めて水袋の口を閉じながら周りを見ると、仲間は旨そうに水袋を傾けている。これも修行のうちということだったが、精神的につらいものはつらい。
昼からどうやって喉の渇きをやり過ごそうかユウが悩んでいる間にも時は進む。昼休憩が終わるとアーロンは帰路につく宣言をした。
背嚢を背負った各自が一列縦隊で森の中を歩き始める。こうなるともうユウは何もないことを祈るばかりだ。しかし、こんなときに限って平穏無事には進まない。
しばらくすると
「あああ!」
「ギャ!」
特に戦闘の初期は本当に誰にも守ってもらえなかったユウも奮闘した。あちこちに仲間が散っているため悪臭玉も使えず、棍棒とダガーのみで
血糊の付いた
「ユウ、怪我はないか?」
「はい、ないです。悪臭玉が使えなかったんできつかったですけど」
「あれは便利なのは確かだがあんまり頼りすぎるなよ。数に限りがあるからなくなると立ち往生しちまう」
「はい、わかっています」
つい先程の戦いをユウは思い返した。
ただ、武器の買い換えは当面できない。何しろ必要な道具や消耗品すら不足しているのだ。まず足下を固めてからでないと先に進めない。そういう意味では
討伐証明の部位をそぎ取ったユウたちはアーロンの元に集まった。再び夜明けの森の外へ向けて歩き出す。しかし、すぐに正面から別の冒険者パーティで出くわして立ち止まる。
「なんだ? ああ、
「言ってくれるな」
パーティの先頭を歩いていたジェイクが相手の冒険者と話し始めた。
それを見ていたユウがアーロンに尋ねる。
「知り合いですか?」
「深い繋がりはねぇがな。おーい、ブラッドォ!」
「そんなでかい声で呼ばなくても聞こえてるってばよ!」
盾を持ったパーティの中からブラッドと呼ばれた男が前に出てきた。アーロンも近寄って2人で話し始める。それをきっかけに仲間が相手の冒険者たちと雑談を始めた。
相手のパーティに知り合いがいないユウは1人立っている。獣の森での経験を振り返ってみても、森の中で別の集団とのんきに会話をしていたことなどない。
しかし、いつまでも1人ではなかった。アーロンに呼ばれる。
「ユウ、ちょっと来い!」
「はい!」
「こいつが今年から俺たちのパーティに入ったユウだ! 期待の新人なんだぜ!」
「初めまして、ユウです」
「
「誰が引退寸前だ! 俺たちゃまだまだ現役だぞ!」
「もうそろそろかなぁってぼやいてたって聞いたことあるぞ。にしても、なんで木の枝なんで持ってんだ?」
「棍棒なんです。これ」
「棍棒? それで戦ってんのか?」
話を聞きつけた周りの者たちもユウの近くに寄ってきた。特に
「ダガーも使ってますけど」
「いやそれにしたって、えぇ。せめてあいつみたいに
「あー、それは」
「おいおい、うちの新人にケチつけんなよ。こいつはこれで
「マジかよ!? 一体どうやったんだ?」
呆れた声を上げたブラッドを皮切りに、そこから棍棒での戦闘談義へと入った。それはそれで楽しい話だが、夜明けの森の中でのんびりとすることではない。
それに気付いたアーロンが話題を切り替える。
「この話はいずれ酒場でしよう。ところで、お前らは今日森に入ったばっかりなのか?」
「ああ。今朝入ってこっちに来たんだ。今のところ何も成果なしなんだよ」
「なるほどな。こっから先は虫や動物が結構いたぜ。昨日からやってるがなかなかのもんだった」
「マジか。そいつぁ楽しみだ」
アーロンの話にブラッドが口元をつり上げた。それからいくつか情報を交換して2つのパーティは別れる。
再びアーロンが出発を合図した。その直後にユウが感想を漏らす。
「随分和やかだったな。獣の森だと別グループと会ったらもっと緊張していたのに」
「ただでさえ危険な場所にどっちも武装してっからな。お互いにやりあってもいいことなんてねぇんだ」
「なるほど」
「ただ、まったく知らねぇ相手だとさすがに不安だからよ、普段からいろんな奴と知り合いになっとくんだ。それは相手も同じだぜ」
「酒場で赤の他人にやたらと話しかけている人がいましたけど、あれってそういう意味もあったんですか」
「その場合は単なる酔っ払いって可能性もあるけどな」
最後にオチをつけられたユウは肩を落とした。いい話が台無しである。
それでも、ユウは冒険者の人付き合いの一端が理解できた。
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