小魔王の様式美討論 ~わかってない勇者とは戦わないゾ~

すはな

プロローグ 「死闘! 勇者VS魔王!」は中止となりました。

 勇者と魔王が戦う理由は何か?

 当事者であるのなら、必ず考えるところだろう。

 ある世界では、世界を支配しようとする魔王を止めるため、勇者が立ち上がる! 多くの世界の文献に目を通した結果、最も多い事例だということが判明した。

 ある世界では、全ての生命体を根絶やしにしようとする魔王を倒すための戦い。

 またある世界では、愛した人が幸せに暮らせる世界にするため、勇者がその障害となる魔王と戦う。

 理由は千差万別だ。誰にだっていろんな事情はあるし、戦う理由だってそれぞれ違う。それらが正しいか間違っているかなんてことはどうでもいいことで、皆が自分の追い求める理想のために、行動しているに過ぎない。それを頭ごなしに否定する程、俺も幼くないつもりだ。

 しかし、そこには一つの共通点がある。


 それは、勇者VS魔王という縮図。

 これが成り立っていること――ある種の定番が出来ている、ということだ。


 定番とは、すなわち様式美!

 あって当たり前のもので、いつもは「またコレかよ」と言いたくなる程にしゃぶり尽くされた設定というべきものなのかも知れない。

 だが、人々はこれを忘れない。そこに秘められた魅力を忘れない。いつかは必ず、誰かが思い出したかのようにそれを創作活動のネタとしてチョイスする。

 これすなわち、誰しもが追い求めてやまないものということ。人間が生きるために食事をする――ほぼ毎日、同じ主食(パンかご飯かなんてことは置いておくが)を食べ続ける。

 つまり、そういうことなのだ。


 だからこそ、この俺――魔王ブレイクスもまた、勇者と戦う宿命にあるはずだ。我らの世界には多くの国家があり、それぞれの国から国で一番の実力者――皆の戦闘に立って戦う勇気ある者――すなわち勇者を擁立する。その内の一人が、国の事情を背負って俺に挑んでくる可能性は、充分に考えられる。

 だが、この世に生を受けて千年近く経つが、未だに勇者が攻めてくる気配が無い。

 当然だろう。他の世界はどうか知らんが、少なくとも我々の住む世界は、生きていくだけでもやらねばならないことがいっぱいある。

 食べ物を作るためには畑仕事をせにゃならんし、水が欲しけりゃ川とか井戸とかから水を汲まなくてはならない。

 住む家が欲しけりゃ、レンガか木材かで建造しなきゃならない。

 他にも、服とか道具とか何から何まで、作らなくてはならない。

 それを譲ってもらうには、金を払うしかない。

 金は、仕事をして稼がなきゃならない。

 そんなシステム――すなわち社会を続けるには、それを調整する役割を――政治をする者がいなくてはならない。まぁ、いっぱいありますわ。

 細かく言や、もっともっとあるわけだが、つまり人間社会を築くためには、少なくともこれだけのことをしなくてはならない。

 とてもじゃないけど、戦ってる暇なんてない。生きる事自体が戦いなんだからな。


 俺は、両親の下を離れて、自分だけの城を建造し、そこに仲間と一緒に住んでいる。自給自足してるから、魔族らしく自由奔放に生きている。勝手についてきた連中にも、何かあった時には助け合えるような連絡手段は確保している。それだけだが、生きていくのであればそれで充分なんだ。それ以上を求める理由は、今のところない。

 けれども、いつかは物語に出てくる魔王としての役割を全うする時が来るのかもしれない。そう思える程度には、ついてきた連中は大事に想ってるつもりだ。

 この世界における魔王とは、魔族ホルボル(魔石を宿した人間を指す)の王というわけではなく、魔族の中でも特別強く、特別な力を持つ者を指す(どんなヤツかは、この場では割愛する)。人類の祖の特徴を色濃く受け継いでいるとされる汎人類ベイシスのような複雑な社会やヒエラルキーなんてモンは無く、ただただ影響力で支配し、ルールを決めていく。それが魔族の生き方であり、共通するルールだ。

 それも踏まえて、考えよう。


 魔王らしさとは何か?

 そして、この世界で魔王や勇者が戦う理由になるものとは?

 どんな戦いにするべきなのか?


 時間はたっぷりあるから、ゆっくりじっくり考えよう。

 

 そして、百年後。ついにその機会が訪れた。

 どっかの国の勇者と思われる連中が、我が城に攻め込んできたのだ!


「おもしろい……!」


 俺は寝巻の紺色の甚平を脱ぎ捨て、こんな時のために用意した衣類に着替える。

 黒のYシャツ、青のジャケット、ベージュのスラックスに黒のブーツ。そして、魔力を固形化する力をもつタリスマンを胸に付け、漆黒のローブのような形状にして身を包む。

 若者らしいフレッシュな、それでいて伝統的な魔王らしいルックスと言えるだろう。

 さて、いざ勇者VS魔王の決戦だ!

 

 ……そう思ってたのに。


 ◇◆◇◆



「違う」

「「「「えぇ?」」」」


 王の間にやってきた勇者一行を前に、俺は思わずつぶやいていた。

 しかし、撤回する気は無い。それは咄嗟の一言だったが、本心丸出しの言葉だったからだ。

 無造作に切り揃えた自分の銀髪をガシガシと手でこすりながら、尋ねる。


「お前達、本気で勇者する気あるのか?」

「急に何のこと!?」

「偉大なる先人達によって築き上げられてきた、勇者と魔王の戦い……その伝説というか、伝統に対するリスペクトが足りていない! そう言いたいのだよ、俺は」


 自慢のマント――のような形をした、魔力で形成した黒い布みたいなものを翻しながら、俺はため息をついた。その後ろ――さっきまで俺が座っていた王座の左右には、丸っこい体を赤茶色の髭で覆った近衛技師(騎士じゃない)であるドワーフのオニギリ、ミニスカのメイド服を着た魔族の女であるグラムが、それぞれため息をついていた。


「いや、さっぱり意味が分からん」

 

 勇者一行が、揃って首を横に振る。正気かコイツら? と思って仲間に同意を求めるような視線を向けると、オニギリは首(?)を振り、グラムは腑抜けた面をしながらおさげにした黒髪を指で弄っている。

 これは……伝わってない?


「一体、お前は何が言いたいのだ?」

「様式美を知らんのか!? ってことなんだが……」


 つい、クソデカため息が出てしまった。

 それもそのはず。コイツらは様式美というものを何もわかっていない。


「お前達。自分達のパーティの構成をよく見てみろ」

「?」


 勇者一行は、それぞれの姿を見比べ始める。


 黄金の鎧を身にまとった、若いイケメン野郎。

 白銀の鎧を身にまとった、筋骨隆々としたジジイ。

 銅の鎧をまとった、厳つい野郎。

 青と白を基調とした神官服を身にまとう、さわやか系イケメン。

 もう、お分かりだろう?


「女はどうした、女は!? 圧倒的に華が足りてねえんだよお前らは!!」


 歴史に残る戦いなのに、相対するのはおっさんだらけ。歴史改ざん待ったなしである。俺個人としては先人の冒涜ともとれる、偉人の女体化が正当化されるレベルでヤだ。世間は、かわいい女の子ががんばる姿だって見たいのだ!


「女、と言われてもな……」

「レベルの高い女冒険者は見かけないからな」


 世知辛い事情を口にし始めた。


「女は家を守ってくれる存在だからな」

「前時代的だな。鼻につく」


 銀の鎧をまとったジジイの古臭い価値観に、隣のグラムが辟易する。


「生憎、貴様の言う「華」とやらにこだわっているような余裕などないのでね。世の中、重要なものとは効率だよ」


 黄金のみために反して。余裕のないことを口走る野郎だが、


「はい論破ァ! そこんとこも充分おかしいからなテメーらの場合ぃ!!」


 金銀銅の騎士ルックの野郎どもを見比べながら、叫んでやる。


「勇者と僧侶は置いといて、なんで残りが戦士一択なんだよ!? 魔法戦とか意識したことあっかテメーら!?」

「レベルを上げて物理で殴れば、大抵のことはどうにでもなるものですよ」


 なんとなく、僧侶の口からは聞きたくない言葉だった。


「ま、魔法使いとかの相手とか、どうやったん……?」

「そこはこう……パンッ! ってね」


 僧侶の裾から、L字状の黒い塊が見えた気がした。見間違いでなければ、あれは≪鉄鋼術てっこうじゅつ≫っていう鉄を自在に操る最新鋭の魔術を用いて製造されたシューターっていって、鉛玉を超高速で発射してぶつけた相手の肉体を破壊する武器だったはず。

 引き金を引けば、簡単に相手を殺せることから、暗殺に向いているとされているけど、まさか僧侶が隠し持ってるとは……!


「って、ウソですよ」

「えっ?」


 僧侶がからかうように笑う。


「我々は、これが初戦闘になるのですから」

「は、初めてだぁ!?」

「そりゃそうだろう」


 隣にいるグラムが、大仰なため息をつく。背後からはオニギリのものと思われるためいきが聞こえ、横目に映るむ勇者一行までもが怪訝な表情を浮かべていた。

 なんで、俺がそんな目で見られなきゃならんのだ?


「ここは国境沿いだぞ」

「そりゃまぁ…………あぁ、そうか……」


 言われた通り、我が魔王城は汎人類の王国とを隔てる国境沿いに位置している。この辺で一番高い山の上にあるとはいえ、距離がそう遠く離れていない以上、アクセスの条件は意外と悪くないのだとか。

 ……俺も、お忍びで奴らの街まで遊びに行く時も、近くて便利だと思ってたりして。


「ていうか、常々思っていたのだが、なんで魔王城をここに造ろうって思ったわけ?」

「ん? 城って元来そういうもんじゃね?」


 今でこそ権威を示したり政庁としての役割がメインになっている城。だが、元来城というのは、敵の侵攻を食い止めるための軍事基地であり、ある意味では究極の兵器だったりする。

 常日頃から、勇者たちが攻め込んでくることを想定していた俺としては、自分の領地に住む魔族たちを戦火に巻き込まないよう、侵略者の目を惹きつける必要があると思った。

 だから、山のてっぺんというお約束を守りながらも、戦術的にも本来の効果を発揮しやすい国境沿いに我が魔王城を建設した――というわけだ。

 様式美とは関係ないが、ここでも金ピカ野郎と俺の意見とが食い違った。


「この時点で貴様自身が様式美を破っているような気はするが、そんなことは知ったことじゃあない!」


 黄金の騎士が、腰の鞘から剣を引き抜いた。白銀の刀身から零れる七色の光は、紛れもなく選定の剣! ヤツが勇者としての資質を備えていることを意味する装備だった。


「はっきりしていることはただ一つ! この戦いで、貴様が我らに討伐されるということだ! 我らの団結力、とくと味わうがいい!!」

「あぁ、そうだその前に一つ確認したい」


 前衛の銅の騎士がずっこけた。


「なんだやる気のないことを……!」

「ちょうどいい、お前に訊きたいのだが」

「な、なんだ……?」


 銅の騎士は、苛立ちながらも、このままではまともに戦えないことを悟ってか、戦闘態勢はそのままに、こちらの言葉を待つ。


「見た所、お前らの装備って格付けがされてるよな?」

「それがどうした?」


 金銀銅と、実にわかりやすい違いだ。


「そんで、お前の役目は特攻隊長?」

「違う、シールダーだ!」


 銅の騎士は、手にした青のワイドシールドを掲げながら、こちらを睨む。


「貴様がどれだけ強い力を発揮しようと、我が守りの力によってそれを打ち消し、勇者の道を切り拓かん!!」

「うん、だからおかしいんだって」

「えっ?」


 これには、残りの面子も首を傾げた。

 いやいや、本気で言っているのかコイツらは?


「守りの要がお前なら、お前こそ一番良い装備を身に付けなきゃダメじゃね?」

「えっ?」


 勇者一行が、それぞれの顔を見合わせながら困惑する。


「えっ? だって、そうだろ? お前らの理論に基づいて考えるんなら、相手の攻撃を一手に引き受けようって魂胆なんじゃないの?」

「ま、まぁ……そうだが……」

「だったら、シールダーは長く相手の攻撃を防げるようにしなきゃダメじゃねえの? お前がちゃんと仕事してるんなら、そもそも残りの奴らに装備を優遇する必要なんかねーって思わね? ブロンズよォ?」

「誰がブロンズだ!?」


 今のツッコミ、かなり手馴れているとみた。

 ならば本心はどうあれ、コイツはブロンズでいい。銅のなんちゃらとかいう言い分けがダルいし、本名訊くのはもっとダルい。


「我らの力は、全ては勇者の道を切り開くためにある! そのために、装備の分配にも細心の注意を払っているのだ!」

 

 ブロンズが高らかに叫んだ。気になって、後ろの連中の出方を観察すると、


「…………」

「…………」

「…………」

「ブレイクス様。彼ら、ビックリするほど何も語りませんよ」

「だな。なんで、この流れでキリっとした顔でこっち睨めんだろう?」


 それからしばし、重い沈黙が場を支配する。

 それを破ったのは、


「笑止千万!!」


 まぁ、ブロンズだった。


「貴様の言うことには一理あるが、それは我々の理想にはあてはまらん!!」

「というと?」

「全ては、我が盾によって阻まれる運命にあるからだ!」


 これだけ聞いてりゃカッコいい台詞のはずなのに、あの沈黙の後で聞かされたもんだから、ちょっとだけ涙が出そうになった。

 なんとなく、「今日のMVPはブロンズヤツだな」って思った。


「それでも、万が一にという判断で、王国の全てを背負う王子や、経験豊富な老師の身を最優先に考える! 当然の話よ!!」


 へぇー。勇者は王子なんだ。そういえば、なんかどっかで見たことある顔してるなって思ってたけど、そっか王子なんだ。どこの国かは、思い出すのも面倒なのでしないけど。

 それより今は、ブロンズだ。


「自分の命はどうでもいいっていうのか?」

「いかにも!」

「そしたら、見捨てた王子は采配ミスを疑われるんでね?」

「…………えっ?」


 気まずい空気が部屋中に充満する。

 王子、なんか口元をもにょもにょ動かしながら、無言を貫く。

 老師とかいう銀色は、王子とブロンズの顔を交互に、素早く見る。

 そしてブロンズは、視線を若干下に向け、なんか結構考え始めた。

 ……こりゃ、ちと長くなりそうだ。


「まぁ、ちょっと内省してもらってる間に時間を潰すか」


 一応、僧侶の方もチェックしておく。


「みんなで行くぜぇ! ってタイミングでも、後ろから冷静に状況を見極めようとするその判断力はおいおいおおおおちょちょちょちょちょちょちょっと待て、ちょっと待て!!」


 僧侶の手に握られた武器を見た俺は、つい声を裏返してしまった。


「テメエ、ガトリングまでもってやがったのか!?」


 どっから取り出したのか、僧侶は黒い円柱のような形状の武器の矛先をこちらに構えていた。先端は、中心に穴の開いた、細い針のようなものが六本束ねられているように見える。

 ガトリングシューター。どっかの王国で生み出された、最強の遠距離武器。

 目の前の僧侶は、さわやかな笑顔をそのままに、俺達の一挙一動を注視している。。


「ていうか、さっきのシューターもそうだけど、僧侶がそんな武器使って良いと思ってんのか!?」

「あ、私破戒僧ですので」

「なんで勇者がそんなヤツ連れてくるかなァ!?」


 勇者王子に目を向けるも、野郎また気まずそうに顔を逸らしやがった。

 なんか、ほじくればほじくる程、問題が出てくる気がしてきたぞ……。


「目的の為なら手段を選ばない。……私の好きな言葉です」

「清々しい程にゲスだな」

「破戒僧になるのも当然だな」

「倫理観を疑いますね」


 これにはグラムだけでなく、評価甘めなオニギリも呆れていた。


「どうやら、私が僧侶としてもただ者ではないと見抜いておいでですね」

「俺が言うのもなんだけど、お前には僧侶を名乗る資格はねえ」

「まぁまぁ。ここはひとつ、私が破戒僧であるが故の強さというものをお見せしましょう。……何か、壊していいものはありませんか?」

「人んちに土足で上がり込んできて物壊したいとか、むしろお前らが侵略者だろ」


 まぁ、建前はどうあれ、相手の領土を奪うために戦争仕掛けてきてるようなもんだから、意味のない問答ではあるがね。


「それなら、ちょうどいいのがある」


 グラムが、カーテンの後ろに隠していた黄金像をもってきた。


「っていうか、お前それ俺の像じゃねえか!!」

「場所ばっか取るし、良いでしょ。バカだけに」

「上手くねえんだよ! ていうかマジでやめろお前! それ作んのにいくらかかったと思ってんだ!? 給料三か月分だぞ!!」

「アホだな。他に使い道は思いつかなかったのか?」

「ない!!」


 グラムの表情から、スッと感情の色が消えたのを見た。


「……破戒僧、壊すの大好きだと言ったな? これ使って良いから、思う存分見せてみろ」

「おぃ? なんで急に不機嫌になってんの!?」

「ブレイクス様……」


 何故か、オニギリにも呆れられた。どういうことやねん?


「良いでしょう。この像なら、思い切り力を出せそうだ」

「ふざけんなぶっ殺すぞ」

「フタエノキワ痛ったぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 僧侶はいきなり黄金像を殴ったかと思えば、右手を抑えてうずくまった。

 俺達は、三人揃ってため息をついた。

 像が無事なのは良かったけど、マジで何がしたかったんだコイツは?


「でもまぁ、これでよくわかっただろう? お前達がいかに常識はずれで、それ故に足りていないかってことがな。足りてないんだよ、様式美ってヤツが」

「確実に様式美が原因ではないと思うが、欠けているものがあることは認めよう。……だが!」


 勇者王子くんは、リテイクだと言わんばかりに剣を構える。


「我らにも引けない理由はあるのだ!」


 なんかもう既にボロボロな気はするけど、やる気までは失ってないようだ。


「それなら一応、確認しておくか。何故、俺達を殺そうとしている?」


 繰り返しにはなるが、これは俺が魔王になってから初めての戦い――つまりはデビュー戦だ。別に戦いに来たなら受けて立つまでだが、戦う事情の重さはそいつらの重要な動力源になる。そして、善悪を判断する材料にもなる。

 果たして、この勇者は俺の目にどう映るか?

 

「お前の国の土地と資源だ」

「二度と勇者を名乗るな」


 残念ながら、ただのクソ政治家のようだ。


「貴様も知らぬわけではあるまい。この土地――とりわけ、この城の下にある鉱山から何が採れるか」

「まぁねー」

「なるほど。狙いはオリハルコンを始めとした、ハイクラスのマテリアルでしたか」

 

 オニギリは床に視線を落としながら、力なく笑った。

 みんな大好き、オリハルコン。言わずもがなといったところだろうが一応解説すると、この世で最も硬いとされる鉱物で、勇者の剣の材料になっている。

 しかし、この世界にある勇者の剣は、それだけでは完成しない。


「そして、魔石と同じ成分をもつとされるレアアース、ファントムプリズマもここで採取できるということは、調べが付いているからな」


 その、ファントムプリズマもまた、勇者の剣の材料の一つとされている。

 最強の鉱石、魔力の媒体として最適な砂。

 つまるところ、この城の下には、勇者の武器を量産するための材料がわんさか眠っているのだ。


「調べついてるっていうか、ブレイクス様も大々的にアピールしてましたからね」

「アホの極みだな」


 隣からグラムが遺憾の眼差しをぶつけてくる。やること為すこと、いちいち文句の多いヤツだ。


「この土地にある資材をもって、我が国に勇者の武器を量産し、全ての国家の頂点に君臨するのだ!」

「なんでー?」

「なんでって……最強ともなれば、他の国を支配できる。その恐怖をもって、国家間の戦争を発生させない、抑止力となるのだ」


 大層な言い分だが、これは実に気に入らない。


「結局、武力で抑えつけてるだけじゃねえか」

「人と人との争いなのだ。そう簡単に変わるわけがあるまい。……いや、決して消えることは無い。人が人である限り、確実にな」

「そこまでする必要あんのかね?」


 とはいえ、言いたいことはわかる。

 争いとは、戦い。不健全だが、競い合うこと。

 そして、人間は競い合うことで成長する生き物とも言える。いつ、どこで、誰が噴出させるかわからない。

 そういった特性から生まれた暴力が悲惨を生まないようにするためには、それ以上の力をもって制止、あるいは排除する他ない。力を振りかざす者に対話で宥めるという方法は、その過程で犠牲になる人を生むかも知れないからな。備えが必要だということはわかる。

 だが、そのために我が国を侵略しようなどというのは、最悪のイタチごっこだ。

 

 ここで、考えたことがある。


 目の前にいる男は、こっちからしてみれば理不尽が服を着て歩いているようなヤツだが、ヤツなりに理路整然と物事を考えられるだけの知能はあるとみている。今しがた、俺が思ったことを、コイツが考えられないのは、ちとおかしな話だ。

 仮にも王子くんなんだから、(コイツの国のものがどんなか知らんが)帝王学や政治についてはそれなりに教育を受けているはずだ。侵略という行為がもたらす結果――メリットとデメリットについては、真っ先に考えたはずだ。

 こうして、俺の城に攻め込んだことは、遠からず全世界に広まるはず。その情報を得て、他の国がどんな反応を示すか、考えていないわけがない。「抜け駆けしたと思われる」か、「余計な荒波を立てるな! と非難される」か、まぁどちらかだろう。

 それでも、コイツらはこうしてここまで来た。

 そこには、国家の問題を超える何かがあるはずだ。


 ひとつ、仮説を立ててみる。

 目の前の王子くんは、自らを王子ではなく、勇者と名乗り出た。

 勇者を名乗り出る、ということは、何かをアピールしている。

 アピールとは、誰かに自分の存在や能力を知らしめること。

 そして、誰に見られることを想定するか。

 ……あぁ。


「女か」


 王子くんは肩を跳ね上げ、顔を赤くした。


「へっへっへ。やっぱりな」

「男なんて、所詮下半身の生き物だからな」

「グラムさん。男っていうのは、そういうのに命を懸ける生き物なんですって」

「どーだか」


 グラムのヤツは、あきれ顔でそっぽを向く。こんなヤツは放って置こう。


「しっかしまぁ、わざわざ王子がそこまでするってこたぁ、もしかしてお相手は他国のお姫様だったりするのかい?」

「…………………………答える義務はない」

「間を空け過ぎだろ」


 ゆーて、顔がゆでだこになっとるやろがい。


「わかりやすいですねぇ。侵略者なのに微笑ましいです」

「そ、そんな目で見るんじゃあない!」


 母親のような見守り方をするオニギリに対して、勇者王子くんが嫌悪感を露にする。


「つべこべ言ってる暇はない! ここで貴様らを討ち取り、我が姫を迎え入れる! お前達にはそのための生贄になってもらうぞ!!」


 勇者王子くんが剣を構えた。

 本来ならすぐに消し炭にしてやってもいいが、同じ男としてそのスケベ心は尊重してやりたい。

 よって、少しだけ遊んでやることにする。


「オッケー。そこまで言うなら、相手してやるか」


 俺は胸に付けたタリスマンに触れ、体内の暗黒闘気を右手に集中させる。これにより、俺の中の魔物が武器となって右手に宿る。

 右手が黒い龍のような形に変え、眼前の王子くんを睨む。

 さて、どうしてやろうか? すぐに殺すのは味気ないから、まずは牽制の攻撃魔法、魔光波まこうはで武器を消し飛ばしてやるか? それとも、武器を噛み砕いて、心までボロボロにしてやるか?


「……あっ」


 そこで、グラムの呑気な声が響く。


「思い出した。どこかで見たことあると思ったら、その勇者……」

「お、おい? なんだなんだぁ?」


 グラムが俺のそばまで駆け寄り、「こっち来い」と言わんばかりに袖を引っ張ってくる。仕方なしにそれに応じると、俺が王座の下に隠していた新聞やらアブナイ水着を着たねーちゃんのプロマイドが貼られたアルバムやらを入れていた木箱を取り出した。部屋の奥まで持ってくのがめんどくさかったんだよなぁー。

 んで、グラムはその中から、ゴシップ記事をピックアップして保管してある紺色のスクラップ帳を取り出した。いつか、人間と戦う時に備えて、そいつらの弱みに付け込んで、その時の反応を楽しむためのネタ帳としてとっておいたものだ。

 グラムはスクラップ帳をパラパラとめくり、やがてあるページのところで手を止め、それを見せつけてきた。

 そして、俺はグラムの意図を理解した。


「……OH」

「だよね?」

「だ、なぁ……」

「えっ? どうしたんですか? ボクにも見せてくださいよ!」


 上背の足りないオニギリのために、俺はスクラップ帳を手渡した。それを見たオニギリは――


「あちゃー……」


 気の毒そうに、勇者王子くんを見た。俺とグラムもそれに倣う。

 だって、ホントにかわいそうなことになってたから。


「な、なんだ……?」


 何も知らずに、こちらの反応を訝しげに見る王子くん。

 そんな勇者王子くんに、俺は本来の目的を果たすべく、オニギリからスクラップ帳を取り上げ、それを投げてやった。魔力で浮かしているので、ページはそのままに、勇者王子くんの目の前に浮かべて、制止させた。……あぁ、コラコラ。手に取ろうとするんじゃあない。激高されて破られたり燃やされたりしたら、またネタ集めに時間を潰さなきゃならんのでね。そりゃ困るんだ。


「これは……何ッ!?」


 きっと、ある紙面に目を止めたであろう勇者王子くんは、顔面蒼白になる。


「姫が……夜の街でD〇百人食い達成……だと……!?」


 俺達は三人揃って頷いてやった。


 そう。

 この王子くんの婚約者である隣国のお姫様は、密かに夜の酒場に繰り出し、あろうことかリア充真っ只中というか、青春ならぬ性春真っ盛りとか……なんかそんなカンジになっているらしいのだ。ちなみに、これは城下町に隠れ住んでいる斥候からの提供なので、勇者王子くんには大変気の毒だが、証人がいることになる。

 グラムはこの視覚記憶紙プロマイドを通じて、情報収集した国の王子様だということがわかったんだったな。コイツはコイツで、良い趣味してるよな。


「……………………」


 勇者王子くんの瞳から、感情が消えた。

 感情が消えたということは、戦意も消えたということ。

 これぞ、無血の勝利というもの。実に平和的ではないか。魔王らしくはないかも知れないけどね。


「いやいや、全く平和的ではないだろう」


 グラムが「空気読め」とでも言いたげに肘で俺の脇腹突いてくる。


「むしろ、これからが地獄ですよ。ボクらは関係ないですけど」

「あぁ」


 オニギリの言う通り、このまま王子とお姫の婚約が成り立つとは思えない。もしかしたら、二人が結婚した後に生まれた子どもは、正当な継承者じゃありませーん! ってなことになりかねないからな。これは相当に重大な問題になるだろうさ。

 そんな勇者王子くんに、せっかくだから協力してあげることにしよう。


「送ってってやろうか?」

「何?」

「速攻で事実確認の調査が必要だろ? だったら、こんなトコでノンキしてる場合じゃねーだろ?」

「……頼む」

「はいよ」

 

 俺は王子くんと愉快な仲間達を、転移魔法でビ〇チ姫のいる国まで送ってってやった。魔王からは逃げられないのが通説だけど、魔王が送り出してあげてる形だから、これは様式美を破ることにはならないはずだ。

 今の王子くんには、別に戦う相手がいる。その上で俺達にまた挑んでくるなら、その時はまた相手をしてやればいい。……あの程度の力では、無駄死には確実だけどな。


「あーあ。終わって見りゃ、しょぼい戦いだったな」


 なんとも、味気の無い戦いだった。勇者一行としての自覚が足りなければ、目的も俗物そのものだったし、実に実りの無い戦い――


「ッ! ブレイクス!」

「ん?」


 突如、頭上から何かが降ってきた。タリスマンから発する暗黒エネルギーのマントを使って防いで見せたが、これだけでも先の勇者一行の一撃よりも強力だとわかった。

 素早く動く黒い影。コイツは忍者か?


「お前、何者だ――」

「グラム! 下がっていろ!」


 前に出ようとするグラムを制止し、魔法で辺りを炎で囲う。火のリングで退路を塞ぐためだ。

 そして、逃亡に失敗した襲撃者の正体を見た。


「ガキか」

「…………」


 グラムより頭一つ小さい、人間の男子。青い忍者服のような服装は、隣国にあるカグライの里の戦装束だ。小柄ではあるが、体はがっしりとしており、見た目からは想像できないくらい無駄のない鍛え方をしているのがわかる。

 まず間違いなく、さっきの勇者一行四人よりも強い。それも圧倒的に。


「おもしろい……カグライの里の戦人いくさびとだったか? お前、名前は?」

「……ソウエン」


 意外にも、律儀に答えてくれた。


「なるほどな。ソウエン、今のでお前には興味が湧いたが、今日の所はこれで帰れ」

「どういうつもりだ?」

「俺は、お前を俺に挑む資格ありとみなした」

「???」

「つまり、だ」


 俺は、ソウエンを指差した。


「お前は、俺が認めた勇者だ」


「「「はっ?」」」


 俺以外の全員が、眉をしかめた。


「ブレイクス様? 今のはどういう――」

「魔王と戦うのが勇者の役割なら、一人で俺に挑んできたコイツは紛れもなく勇者だろう」

「……勇者なら他にもいる」

「少なくとも、さっきみたいなヤツは勇者じゃない。いろいろ言いたいことはあるが、純粋に弱過ぎるからな」


「だが!」と、指をソウエンの顔を囲うように動かす。


「とりあえず実力だけだが……いや、一番重要な資質なんだが、お前はそれを持っている。ならば、お前やお前の国にも魔王を殺す理由を見つけた時、お前が勇者として俺に挑めばいいではないか」

「……それだけで、ぼくを見逃すのか?」

「それだけではないがな」


 俺はマントを翻し、宣言する。


「今は仕切り直し、また勇者らしい所作を身に付けてからこの城に来い!!」


「「うわぁ……」」 

「…………」


 側近の二人がドン引きし、新たな勇者は無言で帰っていった。徒歩で。


 ◇◆◇◆


 数日後。ちょっとおもしろいことを知った。


「ブレイクス様、あの王子の国とお姫様の国とが、なんか戦争するらしいですよ」

「戦争!? なんでまた?」

「婚約破棄は一方的だー! って理由で、お姫様の国がプンスカしてるそうでして」

「自分勝手なお姫様が育つ国なんだから、その親だって勝手なんだよ」

「ヤですねぇ。ブレイクス様は、戦争なんてしないでくださいよ?」

「そんな暇ねーって。それより、今日はツーリングだよな?」

「はいはい。虹の湖で釣りをしましょう。もう馬車型のガーゴイルは準備してありますんで」

「よし。昼飯のカルパッチョのためにがんばるぜぇー!」


 あの少年が挑んでくるまでの間は、のんびりライフを楽しむとしよう。

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