第3話 『喋る猫』
霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?
著者:ピラフドリア
第3話
『喋る猫』
「ではご依頼を引き受けましょう」
私はテーブルの反対側に座る婦人にそう告げた。
「お願いします」
「では、そこでじっとしていてください」
私は両手を合わせると呪文を唱え始める。
「わさむたりほわいとどり」
そんな私を婦人は不思議そうな顔で見た。
「あの、それはなんですか?」
「復活の呪文です」
「復活の呪文!? あの昔のゲームみたいな!?」
「そうです。これを唱えることであなたに取り憑いている霊が苦しんで姿を現すのです」
私は適当な説明をして呪文を続ける。
「バババババババババっ!」
呪文を言い終えた私は、隣にいる幽霊の少女の方を向く。目を合わせた私達は頷き合うと、少女は婦人の背後に近づき、背中から少年の幽霊を引き摺り出した。
最初は暴れていた少年だが、少女に説得されると、諦めて婦人から離れて何処かへと消えていった。
「か、身体が軽くなった……」
婦人が驚いて立ち上がる。さっきまで肩が重かったのに、突然軽くなったことにびっくりしたのだ。
私は胸を張って婦人に伝えた。
「除霊成功です」
婦人が満足して帰って行った後、少女は呆れた表情で私を見る。
「何ですか。あの呪文って……」
「呪文は呪文よ」
「あんなことやらなくても私が説得すれば良いんですよ」
「でも、あんな感じでやらないと納得しないお客さんもいるから」
「どんなお客さんですか!? というか今までどうやって除霊してたんですか!!」
「塩舐めさせたり、十字架のポーズさせたり、あとは…………」
「もういいです!」
気づいた時には従業員が増えていた。
三日前に出会った女性の幽霊。彼女は漫画家になる夢を追うために、屋敷から私に取り憑く相手を変えたりとお願いしてきた。
断る理由のなかった私は、それを許したのだが…………。
「最近肩が重いんだけど……」
「私が取り憑いてますから」
気づいたら真面目な従業員になっていた。
一仕事を終えた私はソファーに座り寛ぐ。そして幽霊の少女の方を見る。
黒髪の短髪に白い着物を着た少女。身長は私の腰の高さ程度で、身体は細く綺麗な肌をしている。
「というか、あなた小さくなってない?」
初めて会った時はこんなに小さくはなかった。
私と同じくらいの身長で大人の幽霊だった。しかし、今は小学校低学年程度の大きさだ。子供だ、ロリだ、ロリになってしまった。
「あなたとあの屋敷では霊力が違いますからね。取り憑いたものの霊力に対応して、私の身体も変化するみたいです」
「ということは、私の霊力は子供並みに元気で溢れ出てるってことね」
「逆です。極端に少ないんです。ほとんど私の霊力で今の状態を保っている状態ですし」
どうやら子供のように小さくなってしまったのは、私が原因らしい。
「しかし、なぜレイさんに取り憑くことができたんでしょう。もしかして遠い親戚とかだったりするんですかね?」
「私は育ち日本だけど、生まれは海外よ。日本人の血縁にいるって聞いたこともないし」
「そうなんですか。じゃあ、何が理由なんでしょうね……。後は境遇とか……?」
私たちがそんな話をしていると、インターホンが鳴る。
「ねぇ、あんた出てきてよ。私今座ったばっかりだから」
「幽霊が出て行ったら普通の人ならびっくりしちゃいますよ!!」
私はめんどくさがりながらも立ち上がり、玄関の扉を開けた。
そこには誰もおらず、コンクリートの壁が目の前に広がる。
「あれ? ……誰もいない」
私が扉を閉じて部屋に戻ろうとすると、再びインターホンが鳴らされた。
だが、またしてもそこには誰もいない。
もう一度扉をしてると、今度は連続でインターホンが鳴らされる。
「うるさあぁぁぁぁい!! 近所迷惑になるでしょ!!」
私は叫んで扉を開けると、インターホンのところに黒猫がしがみついており、びっくりした顔でズリズリとズリ落ちていた。
「…………え、ねこ?」
「ねぇ、リエ、私にもその子抱っこさせて」
「嫌です。久しぶりのモフモフです。もうしばらく味合わせてください」
幽霊の少女リエは黒猫を大切そうに抱き抱える。そして私に取られないように身体を横にして逸らした。
私はリエから猫を取り返そうと姿勢を低くしてゆっくりと近づいていく。ゆっくり……ゆっく〜り…………
「遊んでるところ悪いが、そろそろ喋っていいか?」
突然男の人の声が聞こえてきた。その声に驚いた私とリエは部屋中を見渡すが、男の人の姿なんて見当たらない。
だが、その声は部屋の中から聞こえた声だった。
「ここだここ……。お前の抱っこしてるミーちゃんだ」
その声は黒猫の口から聞こえていた。黒猫が突然喋り出したことに驚いたリエは猫から手を離す。
黒猫は少女の手から落ちると、身体のうまく回転させて綺麗に着地した。
「危ないな。ミーちゃんを投げ飛ばすなよ」
黒猫は四本の足で地面を踏み締め、身体の向きを変えて私たちの方を向いた。
「俺は金古 高平。お前達に依頼に来た」
テーブルの上で座っている黒猫に、リエが皿に入れた水を持ってくる。
「お水です」
「どうも……」
私は腕を組んで猫と向かい合っていた。
「リエが見えているってことは、ただの猫じゃないのね」
私が真剣な顔で言うとお水を出し終えたリエが私の隣で、呆れた顔で呟く。
「喋ってる時点で普通じゃないんですけどね……」
「それでタカヒロさん。依頼って言ってましたけど、どういったご用件なんですか?」
私が聞くと黒猫は姿勢を低くして尻尾を足の裏にしまった。
「俺のミーちゃんを保護して欲しい」
「保護……ですか?」
「はい。俺は元々このミーちゃん……いや、この黒猫の飼い主なんです…………」
一人暮らしをして15年。心細かった俺の側には、ずっとこのミーちゃんがいた。
ミーちゃんは俺の全てだった。
家に帰ればミーちゃんがいる。仕事の疲れもミーちゃんと居れば吹っ飛んだ。
ある日。俺は病気にかかった。家の中で一人寂しく布団に包まる。
入院することもできたが、ミーちゃんを一人にすることができなかった俺は、病気を軽くみて家で治るのを待った。
そんな俺の側にミーちゃんはいてくれた。俺が死ぬ時まで……。
俺は死んだ。流石に死ぬとは思ってなかった。病を軽くみすぎていた。
俺が死んだ時、俺は魂となった。生前とは違い、まるで風船のように軽く。何処かに飛んでいってしまいそうな状態。
このままふらふらとどこかに行ってしまうのか。そんな時だった。
俺の視界にミーちゃんが映った。このまま俺が死んでしまったら、ミーちゃんはどうなるのだろうか。
ミーちゃんを置いて、俺は死ぬのか……。
天へと向かいそうになっていた、俺の魂は行き止まった。
このままミーちゃんを置いていくことはできない。俺は幽霊にでも妖怪にでも何にでもなるつもりだった。
だが、そんな俺にミーちゃんはかぶりついてきた。
飛び上がると俺の魂を咥え、着地したミーちゃんは俺のことを飲み込んだ。
愛猫に魂になった俺は食われた。
「そうしたら俺はミーちゃんの身体で動けるようになった。というよりもミーちゃんが今は制御権を俺に与えてくれている」
「猫に魂が食べられて、そしたら今の状態になったと…………信じられないけど、信じるしかなさそうね……」
目の前にある光景が真実だ。これを否定することはできない。
「警察とかに相談はしたが化け猫扱い……それに捕まって実験なんてされたらミーちゃんが可哀想だ。ここが最後の頼みの綱なんだ!!」
黒猫は必死に頼み込んでくる。
私が迷っているとリエが話に入ってきた。
「私もお願いしたいです。ペット、欲しいです」
ペットが欲しいだけか!!
だけど、このまま放っておくわけにもいかない。私を頼ってきてくれたんだ。
「分かりました。その依頼、この霊宮寺 寒霧(れいぐうじ さむ)が引き受けます!!」
私はこの依頼を引き受けることにした。それを聞いた黒猫は立ち上がる。
「ありがとうございます!! ありがとう……」
そして私に尻を向けると、丸くなって寝始めた。
「待ってミーちゃん!! まだまだだから、もう少しだけ我慢してーーー!!」
タカヒロはミーちゃんに身体の制御を取り返されて眠ってしまった。
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