ラルプ・デュエズの風に成りたくて

刃口呑龍(はぐちどんりゅう)

第1話 序章

「とりあえず、1000万ある。行くぞ!」


「はい?」





 僕の名は、近藤信義。自転車ロードレースの屈指の名門校、日海大学の一年だ。高校時代は、高校総体なんかでも勝って、推薦入学で入った。言っちゃ悪いがエリートのつもりだった。


 だけど、入学して自転車部に入部すると、3年生の栗谷先輩や、同学年の山賀真一、伊勢一臣、平田疾風。といった化け物がいた。もちろん高校時代競った事はあった。しかし、大学に入ると、その差は顕著になっていた。プライドは、ズタズタになった。



 結構、持久力はあるつもりだったが、機関車のようなパワーで、ひたすら平坦を引き続けるTTスペシャリストの栗谷先輩には、持久力でも、パワーでも及ばず。


 体重が軽いから坂は登れるが、最大パワーはないから、いわゆる坂バカの山賀には、坂の途中で引きちぎられる。


 そして、ゴール前のスプリントは、問題外だし、丸太のような脚をぶん回してゴールを駆け抜ける平田のようにはなれない。


 だったら、坂も登れて、タイムトライアルも出来てというオールラウンダーとしてと思ったのだが、これは、高校時代から絶対的エースとして君臨した、伊勢がいた。



 長身で筋肉質だが、極限まで無駄を削ぎ落とした痩せて見える肉体。そして、ストイックな性格。文字通り、日本のロードレースを背負っていく存在だと言えた。



 僕は、どうにも中途半端だった。なので、僕の立場は、こういったエース級の奴らを勝たせる為に、捨て身でエースを引くアシストが仕事になった。



「よしっ、次のレースだが、Aチームのエースは伊勢で行くぞ」


「はいっ」


 日本だと、平坦なコース、アップダウンのコースがあって、タイムトライアルがあって、数日に渡るレースというのは、なかなか無い。


 大学のレースで多いのは、クリテリウムと言って、アップダウンのある周回コースをひたすら回って、ゴールを争うというレースだが、これに関しては、圧倒的に山賀が強い。


 しかし、年間ポイント争いには、タイムトライアルや平坦レースでの順位ポイントもあり、タイムトライアルに弱い山賀はその面でポイント争いにからんでいなかった。平坦レースでは、ゴール前スプリントで、平田のアシストをやったりするんだけどね。



 そういうわけで、年間ポイント争いもあり、今回のレースは、伊勢に勝たせるというのだが、あいつが言う事聞くかな~?


 この間も、言う事聞かずに、逃げてそのまま独走で勝ったのだ。アップダウンのあるレースでは強い、そして、ゴール前は、圧倒的だった。



 山賀の脚質は、パンチャー。山賀が言うには、山岳パンチャーと平地型パンチャーがいて、山賀は山岳型パンチャーなのだそうだ。



「俺は、日本にいるべきでは無い。俺は、新城さんのようにヨーロッパに行くんだ」


 あいつの口癖だった。



 山賀は、まあイケメンというやつだった。だが中性的なイケメンでは無く、男らしいイケメンというのだろうか。俳優の綾野剛に似ているとか言われていた。切れ長の目にクールな表情。まあ、モテる。本当に、忌々しい。


 そして、性格も最悪だ。目立ちたがり屋で、気分屋。やる気のある時はちゃんと走るが、やる気のない時は、本当にダラダラと走る。


「今日は、俺の日じゃない、後はよろしくね」


 本当に、嫌なやつだ。まあ、嫌いだが、憎めないやつで、あいつからは、僕は親友って呼ばれている。



「それで、山賀!」


「……」


「山賀! いないのか? いないな」


 監督は部屋を見回して、山賀の存在を確認するがいない。あいつ〜。



「また、バイトじゃないっすか?」


 先輩の誰かが、そう言いうと、


「また、バイトか? いい加減にしろ! 退部させるぞ!」


「まあまあ、先生。俺が厳しく言っておきますので」


「そ、そうか? 頼むぞ栗谷」


「はい」


 栗谷先輩は、本当に山賀に甘い。


「山賀は、天才だ。それにちゃんと練習している、それ以上何が必要なんだ?」


 一回、山賀について聞いたら栗谷先輩はそう言っていた。ちゃんと練習しているって、夜遅くまで、ローラーに乗っている先輩に言われたくないよ。



 そして、翌日、山賀に会うと。


「昨日、練習来なかったな」


「ああ、バイトだ」


「バイトって何やってんだ?」


「ん? ホストクラブだ」


「はあ? ホストクラブって、何考えてんだ?」


「短期間で金稼ぐには最適だぞ?」


「あのな~」


「この容姿だぞ。有効活用して何が悪い」


 こいつやっぱり嫌い。


「それよりもだ」


「あ?」


「とりあえず、1000万ある。行くぞ!」


「はい?」


 どこへ行くんだ?


「ヨーロッパだ。ヨーロッパで武者修行するぞ」


「へっ?」



 こうして、無理矢理休学届けを出させられた僕は、山賀と共に、2年になることなく、春休みに渡欧したのだった。



「なあ、つてはあるのか?」


 山賀の尊敬する新城さんも若くして渡欧した。しかし、それはお父さんの知り合いの名選手福島さんという知り合いのつてで渡欧していた。


「ない」


「はあ?」



 そう言いながら、パリに降り立った、山賀は、テキパキとフランス語で話しながら、レンタカーを借りて、荷物を詰め込む。荷物は、もちろん自分達のロードバイクと、整備用品や、替えのタイヤなど、諸々だった。



 そして、バンタイプの車に乗り込むと、ハンドルを握る山賀。


「それで、これからどうするんだ?」


「レースに出る」


 そう言って、山賀はメモを渡して来た。そこには、びっしりとレースの日程と、場所、そして、コースプロフィールが書かれていた。


「アマチュアが出れて賞金もある、俺が勝てそうなレースだ。アシストを頼むぞ」


「は?」



 こうして、僕達は、ヨーロッパ各地のアマチュアレースに参戦する事になったのだが……。



 まずは、フランスアルプスの山岳レースだった。結果は惨敗。途中で引きちぎられ、先頭争いに絡む事も出来なかった。



 そして、転戦を開始する。スペインのピレネーの山々に、イタリアの山々、ベルギーや、オランダの激坂に、また戻って、フランスアルプスに、フランスのピレネー山脈。



 出場するうちに、こつが分かったのか、徐々にちぎれることなくついていけるようになった。しかし、本当にアマチュアかね~?



 僕は、視線を上に、上げる。視線の先には、上へ上へと延びるつづら折りの道。こんなの日本だと、日光ぐらいでしか見た事がない。しかも、斜度は20%近い。こんな山道が20km以上続いているのだ。


 そして、残り2km。僕は、スピードを少し速め、列の先頭に出る。すぐ後ろには、山賀がいた。他には10人ほど。ほとんどが、苦しそうにもがいていた。


「山賀行けるか?」


「もちろん」


 僕は、山賀の顔を想像する。目を輝かせ、獲物を前にした獰猛な猟犬のような顔をしているのだろう。


「じゃ、行くぞ!」


 僕は、ダンシングしてスピードを上げる。同じく、山賀もダンシングして、スピードを上げると、僕の脇をすり抜けるように、一気にトップスピードで走り始める。


 斜度20%近い山道とは思えないスピードだった。3人程が、慌てて山賀を追うが、スピードが違うみるみる差が開く。


 そして、僕は、ダンシングを止めて腰をおろす。僕の仕事は終わり、後は、ゆっくりとゴールを目指す。僕は、徐々に遅れ、列の最後方に陣取る。



 そして、ゴール付近で歓声が沸き起こる。


「勝ったみたいだな」



 それからは、出るレース出るレース、ほとんど山賀が勝った。まあ、ゴール前の坂が予想よりきつくないレースや、スペインなどで、坂がきつすぎてさらに、直登のコースだと負けたりもしたけど。相手は、アマチュアなのだ。勝って当たり前と、山賀は言っていたが。



 だけど、これだけ勝ったものの、所詮はアマチュアレース、賞金と言っても、たかが知れていた。そして、半年ほどで資金が付きかけ、帰国について話し合っている時だった。



 フランスアルプスでのこと、レース前に若いフランス人女性が話しかけて来た。


「ムッシュヤマガ、ムッシュコンドー。私のチームに入りませんか?」


「えっ」


 その女性は、自分のおじいさんが作ったプロチームを引き継いだばかりだそうだった。そして、有望な選手がいないか、アマチュアのレースを見に来て、僕達が目に止まったらしい。


「他のチームの方々も、あなた方の事を噂してました。ただ、日本人だから、チームに誘わないと言ってましたが、私は、そんな事にはこだわりませんよ」


 だそうだ。確かに、あれだけ勝っていれば、アマチュアレースとはいえ、目立っていただろうね。だけど、日本人だからか〜。


 ヨーロッパで活躍する日本人は、少ない。新城さんや、別府さんくらいだった。その別府さんも引退されて、残ったのは新城さんくらいだった。


 もちろん、他にもいるにはいたが、数年で日本に帰国してしまう人が、ほとんどだった。


 僕達が、ヨーロッパの人間だったり、南米の人間だったら、すぐにスカウトされたんだろうね~。


 だけど、そう言えば、僕達は大学生。しかも休学しているだけだった。どうしよう?


「是非、よろしくお願いします」


「えっ」


 山賀は、あっさり了承し、僕達のプロチーム入が決まった。これで、生活には困らないけど……。


 給料は少ないが、寮もあり、三食食事付き、しかも、しっかりと食事管理もしてくれるそうだ。



 この時、僕達の運命は変わった。



 そして……。数年後。



「マジか~、えっ、えっ、うお〜、すげー」


「なんと日本人初優勝〜!」


 テレビで、自転車普及協会の会長さんと、日本人とドイツ人のハーフの実況者が絶叫する。

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