第35話 宣誓
このゲームをクリアし、願いをかなえてもらう事。
しかも、今日のこの一度のゲームで。
それこそが、雛乃と都さんを同時に救う、唯一にして無二の方法だと永遠音は言った。
けれど、僕のクリア条件は残り七十ポイントで、一度のゲームで手に入れる事が不可能な数であるらしい。
たとえば悪魔になったとして、味方同士で殺し合いをさせるとボーナスがつく。これが一つ十だと予測されるから、四人の人間に殺し合いをさせて、三人が死ぬだろうから三十ポイント。最後に残った一人を殺し、四十ポイント。確かに、クリアには遠く届かない。
「何か手が……何か、あるはずなんだ」
それは、昨日から僕が考えていることだった。しかし、一向にいいアイディアは思いつかない。どうしようもなく行き詰っている。
「青鴉……さん?」
そんなとき、前から見覚えのある人物がやってきた。薄い青の高級そうなワンピースを身にまとった、派手なカチューシャをした金髪の少女だった。
「都さん」
「どうしました? 顔色が悪いですわよ?」
そういう都さんの方こそ、大分顔色が優れていなかった。顔面蒼白と表現しても、何一つ間違いはないほどだ。それに気のせいだか、僕に対して一歩引いている感じが伝わってくる。
いっそ警戒心と言っていいほどのものだろう。彼女は両手を身構えるように僕と自分の身体の間に置き、足はいつでも逃げだせるような姿勢だった。
「ぁ、そうか」
小さくつぶやいた。
都さんは、僕を騙した。つまり、僕を信頼させて、油断させるという、昨日と同じような手は使いにくい。だからこそ、この再戦が怖いのであろう。何一つ手を打っていないままどころか、不利な状態で始まる、この再戦が。
「都さん」
「は、はい」
僕は、君を救いたいんだ。いっそそう言ってしまいたかったが、それは無責任な言葉としか思えなかった。救うための手立て一つなく、彼女にいたずらな希望を見せるだけだ。
だから、代わりに僕は訊ねた。
「例えば……なんだけどさ」
「……はい」
「自分には実行不可能な課題があったとして、けれど、どうしてもその課題をクリアしなくちゃってなった時……都さんならどうする?」
「それは……決まってますわ」
都さんは、自信満々のようだった。形の良い胸を少し張り、さりげない口調で答えてくれる。
「他人にやらせます」
それは、いかにもお嬢様らしい発想だった。しかし、そのシンプルで分かりやすい答えは、僕に天啓ともいえる閃きを与えてくれた。
『まあいい。とにかくお前は崎永遠音なんだな』
『そうですよ? 永遠音は、崎永遠音ですよ?』
『自分の噂を知ってるか? ゲームクリア間際になると絶対に現れるプレイヤーであるだとか、彼女が現れたゲームは必ず不幸が訪れる、だとか』
永遠音とジミィが、初めて交わしていた会話。ジミィは噂を口にして、そして永遠音を警戒していて、ポイントの移動がないと知った時、心底安堵をしめし――。
頭の中で次々と、ジグゾーパズルのピースが埋まっていくようだった。そして現れた絵図には、『ジミィはこのゲームをクリア間際である』と描かれていた。
「自分に出来ない事は、他人にやってもらえばいい……」
呟く。
困難な茨の道に思えたが、不可能と言い切れるほどではなかった。今まで明かり一つ見えない暗がりを、一人で彷徨っていたのだ。微かな微かな光だが、すがらないという選択肢を、僕は選ばない。
「……都さん。聞いてくれないか?」
「は、はい?」
僕は、彼女と向かい会った。モスグリーンの瞳が、驚きで溢れていた。彼女の細い肩に手を置く。
「僕は君を救いたい」
想いを伝えた。それは、本当に心の底から思ったものだった。ほんの数日の短い付き合いだけれども、僕は都さんを素敵な人だと思う。人が羨むような高みにいながら、僕たちの等身大の生活に憧れた少女。
都さんは数秒、ぽかんと沈黙した。それから、ボンッと顔が真っ赤に染まった。
「え、え? えっと、えええ、ああああああ? え、え、え、ああ?」
その狼狽を、初めて会ったときのようだなと苦笑しながら、僕は続けた。
「このゲームを、終わらせるんだ」
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