第32話 裏切り

 扉を叩くと、室内で姉が身体を動かすのが分かった。ガタリ。大きく身じろぎしたその音は、動揺の大きさを物語っている。


「お姉ちゃん、ちょっと良い? ――例の、ゲームの話なんだけど」

「――――っ」


 扉越しなのに、息を飲む音が聞こえた。僕は、それ以上言葉を続けずにずっと待っていた。長い長い沈黙のあと、「直くん……」と微かな姉の声が聞こえた。


「直くん……ゲーム、やめてないの?」

「やめられないよ……。このゲーム、途中でやめると消えるらしいんだ」

「え――?」


 驚きの声が聞こえた。そのルールを、どうやら彼女は知らないらしい。それからまたしばらくの沈黙のあと、


「……そうか、わたしが出たから……だからあの子は……ルールを変えて……」


 と、独り言のような言葉が聞こえた。


「直くん」


 姉にしては大きな声だった。そして、その後に足音が聞こえてきた。一歩、一歩、踏みしめるような歩みだった。時折ぺたっと裸足と床が音を鳴らした。

 そして――かちゃりっと、鍵の音。


「……久しぶり」


 扉が開き、姉の姿が現れた。

 髪が伸びている。とくに、前髪が伸びている。しかし、妹以上に小さな背丈も、やせ細った身体も、そのままだった。ただ――肌が異様に白くなっており、顔色が悪い。


「入って」


 僕は姉に言われるまま、彼女の部屋に足を踏み入れた。僕が中に入ると、姉は鍵を閉めた。薄暗い部屋だった。遮光カーテンを閉め切っており、明かりと言えば三段階で一番暗い蛍光灯が一つきりだった。見える範囲で姉の部屋を観察すると、あまり整っているとは言えない部屋だった。雑多に物が重ねられており、そのどれもが薄汚れて見えた。そもそも部屋自体が埃っぽい。空気を入れ替えることがないのだろうから、当然と言えばそうなのかもしれないが。


「適当に座って」


 姉は自分のベッドに腰を下ろしていた。気温は快適とは言えないのに、タオルケットを身体に巻き付けている。


「……嘘つきゲーム」

「うん」

「わたしは……あのゲームに、参加していたの」


 姉の告白に、僕はそれほど驚きを覚えなかった。予想していた事ではあった。


「そこでわたしは……ひどい裏切りにあった」

「……裏切り」

「あれは……あのゲームは、そもそもがそういうルールだけれども……それよりも、ずっとずっと、ひどい裏切り」


 暗い顔で姉さんが言う。顔は蒼白で、何かに怯えているようでもあった。その何かから逃れるために、彼女は自らの部屋に閉じこもったのか。


「わたしはそう、あのゲームの……『製作者』に、会ったの」

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