第48話 裁きの矢と尋問

 しばしの沈黙後、タフミル王は玉座から身を乗り出して「え? マジで?」と切り出す。


「勇者ミオよ、其方らがあの魔女をヤッてくれるのか!? いや、しかしどうやって奴らの駐留地に向かう? 言っとくが近づくことすら容易ではないぞ」


「どういうことでしょうか?」


「フレイアの眷属に『裁きの矢を射る者ジャッジメント・アーチャー』と異名を持つ大弓使いがおる。そいつはどんなに遠く離れた場所で潜み、高度の《隠密》スキルで身を隠しても必ず正確に大弓で撃ち抜かれてしまうのじゃ……しかも放たれる矢は、ドラゴンの鱗すら貫通する破壊力を持つ。実際、ワシが放った隠密部隊もそいつに全滅させられてしまったのじゃ」


 まさに一撃必中の精度ってことね。

 下手な魔法やスキルじゃ誤魔化しきれないって感じかしら。


「ならば陛下の方から交渉の使者として、私達勇者を送り出すよう先方に申し出てみては?」


「それは無理じゃ。あの魔女、自分からバンバン使者を送って来るくせに、こちら側から出向くことは一切応じようとしない。それこそ敵対行為として認め、一気に攻め込むとまで言われている。理不尽極まりないのじゃよ」


 タフミル国王の言う通りだわ。

 しかし随分と用心深い勇者ね。

 わざわざ山岳に陣を張っているのも、見晴らしの良い位置でこちらの動きを観察するためと見たわ。


 一見、隙がないようだけど、まだ打つ手はあるわ。


「陛下、この僕に考えが――」


 私が立案した作戦に、タフミル国王と周囲はどよめく。

 さらに同じ勇者であるトックとコウキも同様だ。




「――まさか、お前がこんな作戦を考えるとはな。見かけによらず大胆な野郎だぜ。なぁ、ミオ」


 馬車を操作するトックは振り返り、荷台に座る私達に向けてニッと笑う。


「……今は作戦行動中よ。私語は慎んでよね」


「おっ、女言葉も様になってるな。全然、気色悪くねぇぞ。バッチ女装もハマってるぜ!」


 そう、今の私は元の姿に戻っている。

 といっても全身をローブで覆い隠し素顔が見えない状態だ。

 向かい側には香帆が同様の姿で座っている。

 一方のトックは《フェイクフェイス》である人物の姿に変身していた。

 

 ――フレイアが定期的に送り込む使者だ。


 使者はフレイアの指示で国王に伝達を届けるだけでなく食料や生活用品を要求してくるらしい。

 でなければ、ずっと山岳地で駐留は不可能だからだ。

 けど無償や強要ではなく、きちんと相応に見合った金品と交換した上での交渉だとか。

 妙なところで律儀な魔女ね。


 そして二日ほど待ち、使者が王城へとやってきた。

 コウキが《マジックイリュージョン》で罠を張りそいつを捕え、トックがスキルで成り代わったのだ。

 今頃、本物の使者は牢獄で投獄されている筈よ。


 作戦はこうだ。

 使者に成り代わったトックが私達を駐留する『氷帝国』まで案内すること。

 あれからトックも《隠蔽》スキルを習得しカンストしており《鑑定眼》を持ってもそう容易く見破られることはないだろう。

 そして私と香帆は、タフミル国王がフレイアの提案を全て飲むフリをして気を利かせて献上した「奴隷の召使い」という設定だ。

 なので、この姿ってわけよ。


 ちなみにコウキは、反対側の国境付近で駐留するハルデとマーボを呼び出してもらっている。

 奴らには私達の回収と、状況によってはオクタールの軍と共同して奇襲を仕掛ける算段だ。

 この三人のユニークスキルが揃えば、たとえ相手が多勢だろうと負けることはない。

 私の《タイマー》もあるしね。


 あとは私がフレイアと会って話をつけるだけよ。

 どう交渉を持っていくかは、その魔女勇者の出方次第ね。



 こうしてしばらく荷馬車を走らせると次第にそれっぽい山が見えてきた。


(……美桜ぉ。なんかあたしの《索敵》スキルがビンビン反応しているんだけどぉ)


(なんですって?)


 直後



 ドォォォォォン!!!



 突如、何かが飛来し地面に激しく衝突する。

 鼓膜を突き刺すような地響きと共に、私達を載せた荷馬車は大きく揺さぶられてしまう。


「うっ、うわぁぁぁぁ! なんだよぉぉぉぉ!!?」


「まさか、もうバレた!?」


 驚愕し悲鳴を上げるトックを他所に、私は荷台から顔を覗かせる。

 すると、荷馬車からすぐ隣の地面が円形のクレーター状に大きく陥没していた。

 丁度、穴の中心部に見たことのない巨大な矢が深々と刺さっている。


「……こ、これが『裁きの矢を射る者ジャッジメント・アーチャー』? 嘘でしょ、まだ10キロ以上は離れているわよ……」


 その凄まじい精度と威力を前に、この私でさえ戦慄してしまう。


「ミ、ミオ……オメェ、よくこんな時に女口調を維持できるな。作戦失敗だぁ、もう完全にバレてるって! 今からでも引き返そうぜ! なぁ!?」


「待って、まだ早いわ……何かわざとっぽい。その気になれば命中できた筈よ。何故それをしないのか、知る必要があるわ」


 私は考察し、そのまま待機するよう指示した。

 トックは「クソォ! 最悪、俺だけでも逃げるからな!」と叫び、一応は従う姿勢を見せている。


〔――ゲルマン、これはどういうことだ! 聞いてないぞ!〕


 どこからか威勢のいい女の声が響き渡る。


『魔法による言霊です。思念とは異なりますが、離れた場所からでも言語による意思疎通が可能となります。どうか言葉使いに注意してください。特にギャルエルフぅのふわふわ口調禁止~ぃ!』


(うっさい、駄女神ッ! あんたもアホ言動禁止ぃ!)


『いつわたしがアホ言動しましたぁ!? あと駄女神、ゆーな!』


(どっちもどっちね。けど教えてくれてありがと、アイリス。気をつけるわ)


 てことは声の主はまだ遠くにいるってことね。

 けどこの威力と精密性……完全にこちらが不利な状況だわ。


 そしてゲルマンとはトックが成りすましている使者の名前だ。

 尋問しても中々口を割らなかったから、向こう側の情報も少ないわ。


 私はトックにジェスチャーを交え「何か言いなさいよ」と指示する。


「オ、オラァ、ゲルマンだべぇ……いきなり何すんだぁ?」


 もろ田舎丸出しの口調だけど、ゲルマンは元々こういうキャラだ。

 トックの《フェイクフェイス》は記憶のコピーはできないが、対象者の癖・臭い・気配など完璧に成りすますことができる。


〔お前、尋ねてもいないのに自分から名前言うとか可笑しくないか? それ誰かのモノマネする時の前フリみたいだぞ? どうしたのだ!?〕


 不味い、めちゃ怪しまれている。

 考えて見れば、既に顔見知り相手に名乗るとか変な話だものね。


「そ、それはアレだべ……いきなり矢が飛んできたから、そのぅ、オラは敵じゃねぇぞアピール」


〔……なるほど、筋は通っているな。では続きだ、これはどういうことだと聞いている!〕


「ど、どういうことって何だべ?」


〔荷台に乗っている二人のことだ! 持ち込むのは食料と要求する品物のみ! 生き物は駄目だと指示を受けた筈だ! しかも人間とは……貴様ぁ、我が主の申しつけを無視するつもりか!?〕


 相当慎重な性格みたいね、フレイアって魔女。

 しかも、この距離で私達の存在に気づくなんて……。


 トックは目を泳がせ、「なんて言えばいい?」と無言で助けを求めている。

 クソォッ、下手に耳打ちでもしたら聞かれそうね。

 コウキと違い、こいつとは思念のやり取りはできない。


 仕方ない、あの手を使うわ。

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