第46話 勇者トックと交渉
その後、コウキの指示でシーカーのマイナが斥候役として先頭を歩き前進する。
案の定、すぐにモンスターの出現を察知し事前に知らせてくれることで、敵の奇襲を受けることなく撃退していった。
せっかく仲間が活躍したというのにトックは不満気に仏頂面であり、仕方ないので私が代わりに感謝し褒めてやる。
「ありがとうございます、ミオ様……わたし、そっちに行けば良かったなぁ」
マイナは嬉しそうに微笑み小声で呟いている。
私としては今更感だけど、そう思わせるトックに問題があるわ。
眷属達は主に忠実だからいいけど、契約を施されてない彼女の本音が最もなんでしょうね。
(甘いねぇ、リトルフちゃん! 美桜のバディはこのあたしぃ!)
『そして有能女神であるわたしもですぅ!』
香帆とアイリスが勝ち誇ったテンションで思念を飛ばしてくる。
よくわからないマウントだわ。
しばらく移動すると村が見えてきた。
私達は勇者だとバレないよう、王都に入るまで冒険者の振りをする。
今日は宿を取り、明日行動に移すことした。
宿屋にて、私はある一室の扉をノックする。
「……ミオ? なんだよ、オイラに何か用か?」
そう、トックの部屋だ。
「少し話していいかな?」
「ああ? ちょっと待ってろ」
トックは一度扉を閉めると何か片付け始めたようだ。
1分もしないうちに再び扉が開けられる。
「入っていいぞ」
「ありがとう」
私は部屋に入り一望する。
ぱっと見は変哲ないが何か違和感を覚えてしまう。
ふっとベットの方をチラ見すると、下に藁人形の端っこが見え隠れしている。
こ、こいつ……呪術の真っ最中だったのか?
もう色々な意味でアウトかもしれないわ。
「適当に座れよ」
「わかった」
私はベッドの上に腰をおろした。
武士の情けで藁人形の件は見て見ぬ振りをする。
トックは椅子に座り、じっとこちらを見据えてきた。
「んで、オイラに話ってなんだよ?」
「ああ、最近ハルデ君と上手くいってないんじゃないかと思えてね。以前はあんなに慕って仲良く見えてけど」
「お前とは10ヶ月くらい会ってなかったからな……そう見えるか?」
問われた私は素直に頷く。
「……そうか。まぁお前も奴に散々罵られていたよな? ならぶっちゃけていいか」
トックは納得して見せ、一拍言葉をため込む。
「――オイラは以前からハルデのことを嫌っている。いや憎んでいると言ってもいい……異世界に召喚される以前からだ」
「出会った頃はあんなに彼を慕っていたのにか?」
「あんなの演技だよ。いずれ奴の寝首を掻いてやるため近づくためだ。んで異世界でもずっと奴の隙を伺っていたってわけさ」
やっぱりね。
きっとトックのユニークスキル《フェイクフェイス》もそこから影響されているのだろう。
「どうしてそこまで彼を憎む? 同じ高校で同学年だろ?」
「そうだ。しかも同じクラスだった……ミオ、お前好きな女はいるか?」
女じゃないけど、弟なら大好きよ。
他の異性には一切興味ないわね。
「まぁ年頃なんでそれなりに」
「お前モテそうだからな……別にいいや。俺には大好きな幼馴染がいたんだ。幼い頃だけどよぉ、結婚の約束だってしていた仲だ。付き合っているまではいかなかったが、中学まではいい感じだったんだ。それなのに高校に入ったらハルデがよぉ……」
「ま、まさか寝取ったってやつか?」
うわぁ、所謂NTRね。
最悪だわ。意外とどろどろした関係だったのね。
問題はハルデがトックと幼馴染の関係を知っていたのか。
それ次第であいつは呪い殺されても文句言えないわ。
「……寝取るか。ちょっと違っているけど奪ったことに変わりねぇ」
「え?」
「ミオ、お前『ハルチンちゃんねる』って知ってか?」
「ハルチン? いや知らないけど、何それ?」
「超有名な動画サイトの配信サイトだ。ハルデの奴、そこの配信者で登録者30万人を誇る下手な公務員の年収より収益を得るほどの人気者だったんだ」
そ、そうなの?
まぁチャラく陽気な性格だしね。
遠くで眺める程度なら愉快な珍獣に見えるかもしれないわ。
「んでオイラの幼馴染はずっと奴の動画を見て憧れていたんだ。最初の頃は雲の上の存在、アイドルみたいなもんさ。だからオイラもファンとして幼馴染と応援していたんだが……」
「だが?」
「そいつがよぉ、ある日突然、目の前に現れたらどうする? しかもオイラと同じクラスだったらよぉ……」
「声くらい掛けても良いと思うかな……自分で言えなきゃ、同じクラスのトック君に紹介してもらうとか?」
「その通りだ。幼馴染の要望に応え、オイラはハルデに近づいた。奴の機嫌を窺いながら三下の腰巾着を演じてな。んである程度、仲良くなった時点でいざ幼馴染を紹介した途端だ」
「ハルデ君に取られたと?」
「ああ、当時のハルデは人気配信者ってこともあり学年カーストもトップで、あの陽キャだろ? イキり全開で靡く女と遊びまくっていたんだ……幼馴染もその一人になっちまったってことさ」
「だったら紹介しなきゃ良かったんじゃ……」
「今思えばそうだな。けど、あのキラキラとした眼差しでお願いされるとな……オイラも取られてから、ハルデがそういう野郎だと初めて知ったんだ」
それからトックと幼馴染は疎遠となったらしい。
ハルデとしては一人の靡くファン程度の関係で、特に付き合うこともなく別のファン達と代わる代わる遊んでいたようだ。
そういやあいつ、当初もセフレがいっぱいいるって豪語していたわね。
この辺が本物のアイドルとは違い、自重することもなく好き放題ってわけだ。
それからもハルデは何食わぬ顔でトックをパシリにして軽んじ、自分だけ美味しいところを何度もかっさらっていたと言う。
「けど、トック君もそんな目に遭ってよく今の関係続けているよね?」
「言ったろ? 機会を待っていると……現実世界じゃ奴に靡く味方が多く、難しいと思ったけどよぉ。この異世界じゃ同じ立場だ、しかもオイラのユニークスキルなら不可能じゃねぇ! 本当ならよぉ、今でも実行したい気分なんだぁ! けどただ殺すだけじゃ飽きたらねぇ! それに後先のことも考えている! ハルデ如きにオイラの人生をオワコンしてたまるか! 目指すは完全犯罪なんだよぉぉぉ!!!」
私にそれ言っている時点で完全犯罪は未成立だけどね。
でも憤るトックの気持ちはわかる。
つーか、ハルデはトックに殺されるべきね。
けど今殺されるわけにはいかない。
皮肉な話、ハルデの《モノポリーマーチ》は今後激化を予想される魔王戦には必須よ。
私の『肉の壁』計画もあるし、そう簡単に失うわけにはいかないわ。
「――トック君。その憎しみ、しばらく僕に預けてくれないか?」
「なんだって……どういう意味だよ、ミオ?」
「せめて、この『
「……なるほど、悪くねぇな。たった10秒間でもお前の時を止めるスキルは暗殺に適任だ。それにお前の眷属も
「当然の要求だ。僕もトック君の気持ちは理解しているつもりだからね」
こうして交渉を終え、私はトックの部屋を退出した。
つ、疲れたわ……色々な意味で
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