運命
「私が攫われたら吹雪が天狗を皆殺しとかにするかもしれないんですよ…。攫ったの紅丸じゃなくても関係なくてもやりかねないから…どうにか天狗の里を助けてくれませんか」
塔子は食後のコーヒーをエンジョイする紫苑に、おずおずと切り出した。
「お前さあ、どっちサイドなの?」
「私の為に誰かに死んでほしくないだけ」
「ふーん、そうゆう系ね」
あまり興味なさそうに虚空を見ながら紫苑は答える。
「紫苑さんは、その仲間の天狗とかが吹雪に皆殺しにされてもいいんですか…」
「あれ!俺名前教えてないよな?マジすげえ」
そんなことどうでもいいから、紅丸に危険がないのかを知りたい。
「九尾の狐はいけすかないヤツだけど、そんなサイコパスじゃねえだろ。無関係な奴らを皆殺しにはしねえだろ、それ相応の理由がなきゃ…」
言いかけて、紫苑は塔子に向き直る。
「あんた自信があるんだな。九尾にとってお前だけは特別って」
紫苑は塔子のいるテントに入ってきた。押し倒し、無作法に着物を剥がそうとする。
「なんで!天狗ってすぐ発情するの!もういや!」
紫苑から逃れようとする私がもみくちゃになる。
「中途半端な夢見の能力だけで、お前に執心!ってのイマイチ理由付けとして足りないんだよ。なんか他にもあるだろ」
紫苑ののしかかる体から逃れられない。
「やめて…アンタが吹雪に殺されるから…」
(酔っ払いに初体験奪われるぐらいなら、吹雪に助けてもらいたい)
「だってあの魔性の九尾を虜にしてるんだろ、試してみたいって」
ペンダントをぎゅっと握りしめる。乱暴で痛いのには慣れてる。時間が過ぎるのを祈ればいい。私は目を閉じた。
「何してんねん」
その時テントの外から懐かしい声がした。その声に思わず安堵の涙が溢れる。
「あー、邪魔すんなって」
興を削がれたように、紫苑は私を離してテントの外へ出ていった。私はテントの奥、隅に逃げて毛布にくるまった。外にいるのは紅丸だ。
(紅丸は死んでない、生きてる)
それだけで安堵の涙は止まらない。
「里に九尾の狐がきて花嫁を返せと言っとる」
「で?」
「で、やないやろ!返せ。里はもうめっちゃくちゃやぞ。狐は、その娘と里の者の命が交換やゆうてるんや」
私の懸念した通り、吹雪は紅丸のところへ行ったのだ。
「あーもう、めんどくっさいなあ」
テントの入り口から四つん這いで入ってきた紫苑の手が私の手首を掴む。
「もう襲わないからさあ、出なよ、紅丸に送ってもらえ」
「いや。紅丸に送られるのがいや」
「出てこいって」
紫苑に襲われて、乱れた着衣を紅丸に見られたくもなかった。
「大丈夫だ。俺が運ぶ。紫苑が出るとややこしい」
紅丸は塔子の気持ちも知らずに、好き勝手に言う。テントの隅で毛布にくるまっているまま、塔子は答えた。
「吹雪を呼んで、吹雪ならすぐ来る」
紅丸は烏の紙鳥を飛ばし、すぐに吹雪は迎えにきた。耳は出てるし、尻尾は9本で、髪も逆だっている。
「誰も殺さないで」と塔子は鋭く言った。
「分かってるから、まだ誰も殺してない」
塔子と吹雪のやりとりを見た紫苑が驚いている。
塔子は吹雪に抱えられる。
「命が惜しくば花嫁には2度と手を出さないことだ」
吹雪の眼差しが紅丸に向けられていることに気づく。
何故私を襲った紫苑ではなくて、紅丸に向けられているのだろう。怖くて震える塔子の手は無意識にペンダントを握る。
それに気づいた、吹雪は傷ついた顔をする。
「怖い思いをさせてすまなかったな、私が目を離したばっかりに」
吹雪は無言のまま、屋敷まで真っ直ぐに飛んだ。土で汚れた私を自らお風呂へと運び、服を脱がせる。狐面の女がやっていたように当たり前に。足先から湯をかけてあらいながす。
後ろから私の首にキスをする。耳元に吹雪の吐息がかかる。
「塔子。お前をもう二度と離しはしない」
吹雪は誰にも危害を与えずに私を助け出した。それは事実だった。紅丸は里の天狗たちの命と塔子を天秤にかけ、当たり前だけど、里の天狗たちを選んだ。
(あの時も里の命と私のどちらかを選べるとしたら、私を選んでくれただろうか。私を愛した紅丸はもうどこにもいないから永久に分からない)
温かい掛け湯で身体についた泥土を流してゆき、綺麗になった私を湯船にいれる。
「風呂でも外さないのか?」
吹雪に言われて、私は枝垂れ桜のペンダントを外して吹雪の差し出す手にのせた。吹雪はお風呂の外へ持っていく。
完全に裸なことに気がついて今更恥ずかしくなった私は鼻で呼吸できるギリギリまで湯船に沈む。お風呂の扉の向こうから吹雪が着流した着物を脱ぐ衣擦れの音が聞こえる。
「山なんぞ登って山狗どもを相手にすると、泥土で汚れた気がするな」
何も纏わぬ姿の吹雪が現れて、直視できない。
吹雪も湯浴みをし、湯船に入ってくる。ふわりと水の中で身体が浮く。吹雪が私を膝にのせる。
どうしても向き合う形となった。私は胸を隠しながら目の前の美しい彫刻のような顔を見る。濡れた白銀の髪が煌めき、いつもは口腔内が赤くチラチラ見えるだけなのに、今夜は濡れた唇が薄桃色にそまっている。そして、月のように輝く金色の眼差しは私を射抜くようにみていた。
「塔子。何から伝えればいいか分からない」
長いまつ毛が憂うように眼差しに被さる。告げるべきか迷っている様子だった。悩みながら、吹雪は言葉を繋げる。
「生きていてくれてありがとう」
手を伸ばして塔子の濡れた髪を撫でた。
私はなんで答えたら良いか分からなくなって、困った顔で微笑む。
「紅葉丸からもらった枝垂れ桜をはずしてくれてありがとう」
温かい湯船に浸かっているけれど吹雪の言葉は塔子を凍らせるのに充分だ。
金色の眼を見て塔子は悟る。
吹雪は全てを知っている。
きっと私が死に戻りしていることも。
「これでも神さまなのでね」
私の心を読んだかのように、吹雪は言葉を返した。
「怒ってはいないよ、それでもいいと思って塔子の魂を呼び戻したのは私だから」
吹雪は塔子の額に口づけをした。そして頬に。最後に唇に。湿った唇は甘く、ざらついた舌が私の舌に絡む。私は注がれる唾液が私の唇の端から漏れるのを拭う。
「飲んで」
吹雪は言った。
「他の男には2度とさわらせたくない」
(吹雪は全部知っていたんだ。私が愚弄するような結納品をねだったのも、紅丸を守ろうとして画策していたのも、分かってて許してたんだ)
お風呂で吹雪はそれ以上話さなかった。私も聞かなかった。
湯上がりに布団に寝かされて、吹雪はまた寝かしつけのように私の胸にトントンと手を当てる。
「前はどうやっても塔子を助けられなかったからね」
(吹雪の視点ではそうだったのだろう。どれほどの力を持ってしても、私を取り返せなかった。私を雑に扱う天狗たちに怒りを覚えていたのかもしれない)
悲しげな眼差しが、長いまつ毛の影を頬に落として美しい。
「塔子の記憶を消すつもりもないよ。もう感情を操ることもしない」
穏やかな声で吹雪は話し続ける。
「安心したらいいよ。あいつを殺したら、お前は2度と私を許しはしないだろう?お前を抱けても心は遠くなるばかりだ。だからお前の好きな男は、ずっと生かしておくつもりだ」
不安を断ち切るように吹雪の胸な顔を埋めた。
「お前が私に惚れるまで、いつまでも待つ。いいか一目惚れするのだぞ」
沢山愛してもらっているのに、他の男の幸せを願いづけている裏切り者は私だった。
傷ついた顔で私をみつめる吹雪が愛おしかった。だから塔子は自分から望んで吹雪にキスをした。
それが全ての答えだった。
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