第13話 結界治癒の弱点

「あわわわわっ、高い高い……」



 リッテがギュッとルルを掴みながら震えていた。

 その様子を見ていたルルは自分の昔を思い出しながら苦笑を浮かべていた。



――私も昔は怖がってたよね。



 実際は今でも怖いのだが、それでも自分より怖がっている人がいるとそれが緩和されていた。



「だ、大丈夫だよ、リッテ。死にはしないからね」

「ぷー♪」

「死ななくても怖いものは怖いですよー!?」



 二人して恐怖に震えながら目的地へ向かって行った。







「こ、ここでいいのかな?」



 ふらつく足取りで周りを見る。

 リーリシュの町と似た工業区域。


 職人たちが作業をしていた途中に魔石病を発症してしまったのか、鍛冶屋では炉の火がついたまま。洋裁屋はちょうど服を縫っているときに魔石化したのか、針を持ったままの人が魔石化していた。



「ひどい……」



 リッテが思わず口を押さえていた。



「今から魔法を使うよ。リッテも良いよね?」

「はい、わかりました。私はみんなが怪我しないように動きますね」

「万が一怪我したら私の所へ連れてきてね」



 覚悟を決めたリッテの瞳を見た後にルルは手を空に掲げる。

 イメージするのはマリウスの結界。


 それを工業区域を全て覆う感じに。

 ついでにマリウスにも単体で結界を覆うイメージを。



「えいっ!」



 ルルの声と共に工業区域の人たちに治癒魔法がかかる。



「リッテ!!」

「はいっ!」



 作業中の人の魔石化が解ける。

 重たい体のまま、同様の作業を続けようとすると怪我をしかねないので、それはリッテにフォローしてもらって作業を止めてもらう。

 しかし、それでも怪我をする人はあとを立たなかった。



「痛ぇ……」

「はい、順番に並んでくださいね。みんな治してくれますから」



 綺麗に列を作ってくれるリッテ。

 そのおかげですごく治療がしやすかった。

 ただ、それだけでは治療は終わらなかった。



「ど、どいてくれ。こいつが石みたいになっちまったんだ!」

「ど、どうして!?」



 運ばれてきた男性は確かに体が魔石のように硬くなり光り輝いていた。



「地下室を見たらこいつが石のようになって倒れていたんだ!」



――地下!?



 ルルの結界のイメージはマリウスの作り上げていたものだった。

 地上の建物などを覆い、そこにいる人たち全てを治療する。


 冷静に考えると地下までは設定できていなかった。

 そもそも地下を設定するというイメージがルルには難しかった。



「す、すぐに治します! 他にも地下に人がいないか確認して貰えませんか!?」

「俺が行くぞ!」

「俺もだ!」



 数人の男の人たちが建物という建物を調べだしてくれる。

 その結果、やはり数人の人たちが魔石になったままであった。



「やっぱり……」

「どうしますか? 他にも治す人が出てくるかも。でも、次にも行かないとですよね?」

「リッテは一旦このことをケイトさんに伝えてくれるかな? それで次に住宅街へ行ってほしいんだよ」

「ルルさんは!?」

「私はこのまま貴族街へ行くよ。あそこも治さないと行けない人がいるはずだから」

「大丈夫? マリウスさんが言うにはあそこは急がなくて良いって事だけど……」

「なにか理由があるんだろうね。でもそれが治さないには繋がらないから」

「わかりました。でも、必ず戻ってきてくださいね」

「もちろんだよ!」



 こうしてルルとリッテは一旦別行動をすることとなった。


 貴族街へと向かうルル。

 



「地下……。やっぱり行かないといけないよね」



 ルルの瞳には貴族街の地面からとてつもない黒靄が発生しているのが目に見えていたのだ。




◇◆◇




「な、なにがあったんだ。どうして……。これだけじゃ何も起こらないはずじゃなかったのか?」



 地下の下水道で体の半分が魔石になりながら、グーズは驚愕の表情を浮かべていた。



「えぇ、もちろん。あの石はただそれだけじゃなんの効果も出ないのですよ。でもあの石にちょっと負の魔力を混ぜてやると……、たちまち魔石病をまき散らす瘴気に早変わりですね」



 男はここに来て初めてフードをとってみせる。


 やや黒い肌に二本の角、赤い目と鋭い牙。

 その姿はどう見ても人のそれではなかった。



「お、お前は一体……」

「くかかかかかっ!! まさかここまであっさり騙されてくれるとは思わなかったぞ。あのマリウスのクソやろうが俺を近づけなくさせるために結界を張ってるせいで、俺はこの町だと限られた場所でしか姿を表せなかったんだ」

「くっ……。俺は騙されたのか……」

「騙してはいないだろ。マリウスのクソ野郎に一矢報いることが目的だったはずだ。約束は違えてないな」

「しかし、俺が魔石病に罹るなんて話は……」

「あぁ、言ってないな。言うはずないだろ。いつ漏らすかわからないような奴には」

「くっ……」

「まぁもう時期お前も魔石に変わる。痛みを感じなくなって良かったじゃないか!」



 そう言いながら人ならざる男はグーズの魔石化した下半身を踏みつける。



 グーズの下半身はあっさり砕け散る。



「お、俺の足がぁ……」

「痛くないだろ。でも、全てを知ってるお前にここから出られるのも困るんだ。このままここで朽ちてくれ」



 男は笑い声を上げながら消え去っていく。

 後に残されたグーズは騙された悔しさと後悔で口を噛み締めていた。



「だ、大丈夫ですか!?」



 そんな時に少女の幻を見た。

 まるで魔女のような、その割にはあの時グーズが騙そうとした少女のような、なんとも言えないチグハグの姿をした少女だった。



「う……、お、俺はなんということを……」

「しゃ、喋らないでください。今治しますので……」

「お、俺はもうダメだ……。それよりもあいつを……。魔族の男を追ってくれ……」

「……嫌です」

「なっ……」

「目の前で治せる人がいるのですよ!? そっちを優先するに決まってるじゃないですか!?」

「でも、あいつを放っておけばきっとあいつは……」

「それならしっかり治療した上で自分で追ってください」



 それを言うと少女の体から透明の光が放たれる。

 それはとても優しく温かい光。


 そして、次の瞬間に魔石病が治っていく。

 しかしそうなると目立つのは先ほど砕かれた足下である。


 魔石状態だったからこそ砕かれてもなんとも思わなかったが、それが治ってしまうと足がない違和感をすごく感じてしまう。



「ぐっ、俺の足が……」

「ちょっと待っててくださいね。えいっ!」



 少女からより強い光が発せられる。

 するとなくなったしまった足の部分がぶくぶくを泡のようなものがあふれだし、それが次第に失ってしまった体を形成していく。



「う、嘘だろ? お、俺の足まで治っただと!?」

「これで追うことができますね。私はまだ貴族街の治療をして回らないと行けないので失礼しますね」

「ちょ、ちょっと待て。お、俺も一緒に――」

「どうしてですか?」

「今回のは俺が引き起こしたことなんだ。せめてもの罪滅ぼしがしたい。それだけだ」

「……わかりました。そのくらいでしたら――」



 まさか自分が助かるとは思わなかった。

 本当に夢にしか思えない出来事。

 でも、どうして自分たちの商会が取り潰されたのか、その理由もはっきりとわかった。



――俺が彼女に手を出そうとしたからだ……。この神のごとき力を持つ魔女様に……。



 むしろ商会の取り潰し程度で済んだのがましだったのだとわかる。

 そのことに気づかずに自分はなんということを――。

 いや、まだ終わりじゃない。

 せめてこの騒動を抑えて、あの男に復讐をする。



――今の俺にできるのはそのことだけだな。

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