閑話 密談

 体調が戻ったアベルはすぐさま国王、ユーキリス・グランファイゼンとの面談を求めていた。

 もちろん内容は『無色の魔女』についてだった。


 そして、それはすぐに叶うこととなった。


 人払いされた王の執務室。

 向かい合うように座ったアベルと国王。

 緊迫した空気が二人を包んでいた。



「無事に快調して安心したぞ」

「ご心配おかけしました。俺はこの通り、もう大丈夫です」



 つい先日まで寝たきりだったことは王の耳にも入っている。

 それがまるでなかったかのように本調子に戻っている。

 その様子を見て国王は安心して少しだけ笑みをこぼした。



「それで儂に伝えたいことというのは? お前が治ったことと関係しているというが」

「はい、七人目の色環についてのご相談を、と思いまして――」



 アベルは目を光らせる。

 それで真剣な相談事であることがわかり、国王も仕事モードへと戻る。


 国王に知らされていた『無色の魔女』の情報はアルタイルに聞かされていたことのみ。

 『無色』の魔法が本当であるならば色環の賢者として名を連ねる許可は与えたが、どうせそんなものはない。

 おそらくはアルタイルの勘違いであるだろう。

 一人しか見ていないところを見るとその可能性が高いであろう、と思っていた。


 しかし、アベルのこの真剣な表情。

 『無色の魔女』について新情報を得たのかも知れない。



「お前や騎士団長からの報告で聞いてはおったが、本当に間違いないのだな?」

「この目でしかと拝見いたしました。『無色の魔女』は実在します」



 アベルの瞳は嘘をついているものではなかった。

 そうなるとアベルの病気は怪我が由来のものであったのだろうか?



「魔女の名は?」

「ルル・アトウッドと申しておりました」

「まさか!?」



 国王は思わず立ち上がる。

 しかし、すぐに座り直すと顎に手を当てて自身の考えをまとめる。



――アトウッド……。今では大して珍しい名前ではなくなったが本来は神の使いが名乗っておった名前。しかも一人ではなく、ほぼすべての使いが同様の名前を名乗っていた。つまりこのルルという少女も神の使いの可能性が? いや、そうじゃなくても彼女の持つ『傷を癒やす』魔法は十二分に価値がある。



「神の使いアトウッドか……。大して珍しい名前でもないが、特別な名前でもあるな」

「おそらく彼女は特別な方でしょう。私の病気を治したのがその証拠かと――」

「そういえば、騎士団長の報告では『無色の魔女』の魔法は他人の傷を癒やすものと聞いておったが?」

「いえ、違います。詳細をお聞きになりますか?」



 確かにそのような魔法があるなら、こぞって各国が使い手を捜し回るはずである。

 今まで見つかっていないのだからそういう魔法はない。

 そう結論づけて正しかったはず。

 ただ、アベルの自信たっぷりの表情が嫌な予感をかき立てていた。

 ここから先は聞きたいような聞きたくないような。

 おそらく聞いてしまっては後に引けないであろう。それほどまでに重要な機密であることが理解できた。


 国王は息をのみ、冷静さを取り戻すとアベルに対して頷く。



「では、彼女の魔法ですが『傷を癒やす』程度で収まる魔法ではありませんでした。病で今にも死にかけていた私がこうして生きているのがその証拠かと」



 その言葉を聞き、国王の表情が驚愕のものへと変わる。



「ま、まさか、怪我に限らず『病気』すらも治してしまう魔法というのか? そのような魔法が存在するとでも言うのか!?」

「そのようです。しかもそれを本人はなんとも思っていない様子でした」



 国王は話を聞いたあと、しばらく黙ってしまう。


 それほどにルルの持つ魔法の効果は凄まじかったのだ。何に対しても、どんなことでも使える魔法。

 色環の中でもその有用性は群を抜いて高い。

 それと同時にもし他国に流れられでもしたら、それはどれだけの損失になってしまうのか。


 それを一度に解決する方法。それは一つしかなかった。



「ルル、といったな? どのような魔女だったのだ?」

「それが見た目は普通の子供のようでした。年齢は十二歳前後でしょう」

「なるほどな。その歳ならどうとでもなりそうか……」



 国王の考えがアベルにはすぐにわかる。

 しかし、それが愚策であることは彼女に直接会ったアベルにはわかっていた。



「俺も一度はそれを考えましたが、おそらく彼女の正確でしたらそれをすると煙のように消しまうでしょう。彼女は極端に人前に出ることを嫌がっていた節があります。今まで彼女の噂すら聞かなかったのはそういう事情があるからでしょうね」

「お主の婚約者にするのは無理……か」

「すぐには無理でしょうね。俺自身も動いてみるつもりではありますが――」



 アベル自身はまんざらでもない様子だが、問題はやはり『無色の魔女』のほうにあるようだった。

 王として命じてもいいが、それをしてしまうと他国へ逃げられてしまう。

 しかも、彼女に恨みをかって一切治療を行ってもらえないとなるとその損失は計り知れない。

 それならアベルのこれからを応援する方が建設的か。



「わかった。お前は『無色の魔女』を最優先で動いてくれていい。そのすべてを儂の命ということにしておく」

「はっ、ありがとうございます」

「ただ問題は他国に先手を取られる可能性があることか」

「その点は対策済みです。本来なら色環の賢者に認定されてから渡すエンブレムですが、私の名の下に・・・・・・彼女に渡しておきました」

「くくくっ、そういうことか」



 アベルもなかなか知恵が回るようになったものだった。

 すでに一国の王子の庇護下に入っている『色環の賢者』を他国が干渉しようとは思わない。それは『他の色』のものたちも同様である。


 基本的には一人で小国の軍隊ほどの力を持つとまで言われる『色環の賢者』はどの国においても公爵と同等の扱いを受ける。

 それほどの力を持つ故に囲い込みと引き抜きが多発し、『色環の賢者』を巡って過去には戦争が起きたこともあった。


 それ故に国家間で『色環の賢者』について同盟が組まれることとなったのだ。



『色環の賢者は自由人であり、国が縛るものではない。しかし、色環の賢者が国を選んだ場合は別である』



 要するに国側からは強要することはできないが、色環の賢者が自分から「この国に所属してます」といえば他国はそれに干渉できない、ということに他ならなかった。


 つまり、『無色の魔女』が自分で「アベルの庇護下にいる」と言えば、彼女を引き込むことはできないというわけだ。



「彼女が身分証を持っていなかった、という情報もあります。おそらくはエンブレムを見せることになるかと」

「なるほど、彼女から堂々と見せてくれるなら好都合だな。しかも、あっさり町へ入れるようになったとなればお前の評価も上がるな」



 一石二鳥の作戦である。

 問題は彼女が身分証とする前に、木に引っかかって、助けを呼ぼうとして時に何も起きなかったせいで、アベルの評価がストップ安してるということくらいだった。

 致命的な作戦の欠陥である。



「ただこれもあくまで時間稼ぎにしかならんな。まだ囲い込めてないとわかると他国が一斉に彼女に選んで貰おうと迫るはずだ。それまでになんとしても彼女を手に入れるんだ!」

「はっ!! この命に代えましても」



 こうしてグランファイゼン王国から『無色の魔女』捜索隊が結成されることとなった。

 アベルを筆頭にアルタイルや騎士の面々。

 アベル以外に気に入る人間がいたら引き留めの役に立つかも知れない、と選出基準に『顔の良さ』が入るほどであった。

 女性の方が好みであった場合も考え、女性も数人加えられたが。



 そして、すぐさま彼女の足取りについての情報収集が行われることとなった――。

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