第11話 色環の賢者
なかなか帰る機会を見つけられず目の前の男性の話に付き合わせるルル。
――早く王子様を治しに行かないと行けないのに……。
ただ、この人も相当命の危機だったのでそれを治療することができたのは行幸だった。
黒い靄の度合いで考えるなら一番危なかったのはこの人だったから。
ただ。今治した人が目的の第二王子だということにルルは全然気づいていなかった。
「あの……、そろそろ私は――。えっと、アベルさん、ですか? まだ治ったばかりですからゆっくり体を休めてください。あと……、念のためにこれもどうぞ。治癒魔法を込めた
『アベル』という名前にどこか聞き覚えがあるもののそれがどこであったのか思い出せず、どこか喉の骨がつっかえた覚えをするが、それを飲み込み、カバンの中からポーションを取りだし笑みを見せながら渡す。
見る人によってそれは引き攣った笑みに見えただろう。
しかし、アベルにとってはまさにそれは慈愛の微笑みに等しかった。
両手で宝石でも受け取るかのようにそれを取ると、先ほどネックレスが入っていた引き出しに大切にしまっていた。
その後、急にアベルは体が重くなる。
病気は治ったとはいえ、それまでに溜まっていた疲れや精神的な消耗はルルの力で癒せるものではない。
安心したことにより、今まで溜まっていたそれらが一気に溢れ出たのであろう。
倒れそうになるアベルを支えようとして、そのままもつれ込むようにルルは押し倒されていた。
「わわっ……」
「す、すまない……」
倒れた際にフードが脱げ、顔があらわになる。
顔と顔が今にも付きそうになるほど近づいている。
病気を患っていたアベルの顔はやややつれているものの、少し伸びた金髪と整った顔立ち、長く綺麗なまつ毛にすら視線がいき、恥ずかしさのあまりルルは顔を真っ赤に染め上げる。
アベルが離れてくれた後、ルルはすぐにフードを深々と被り、照れた表情を隠していた。
「その……、お見苦しいものをお見せしました……」
「いや、結構なものを見せてもらった……」
お互い、緊張からか言葉遣いがおかしくなってしまう。
一瞬二人とも固まり、そして、二人して笑い声を上げるのだった。
ただ、それも一瞬ですぐに部屋の扉が叩かれる。
「王子、部屋からすごい音がしましたが大丈夫ですか!?」
その音でルルは自分がこの部屋に侵入していたことを思い出す。
このまま下手な人に見つかっては捕まってしまう。しかも侵入先は王城の一室。
極刑すらあり得るだろう。
当然ながら黙ってそれを許容するルルではなかった。
「行かないと!」
「ま、待ってくれ! せめて名前だけでも聞かせてくれないか?」
「わ、私はルル・アトウッドです」
それだけいうと来たときに使った窓から飛び降りる。
「ふぇっ!?」
ただ、その際にここが高い位置にあることを忘れており、そのまま地面へ目がけて落ちていく。
「き、きゃぁぁぁぁ……」
悲鳴を上げるルル。辛うじてスライムがパラシュート状の姿になってくれたおかげで一命は取り留めるものの、木の枝に引っかかりあられもない姿にはなるのだった。
◇◆◇
アベルの部屋の扉が開く。
「大丈夫ですか、アベル様」
「あぁ、問題ない。心配させて済まなかったな」
「はっ! えっ!?」
病気で意識ももうろうとしており、明日とも知れぬといわれていた。
そんな彼が体を起こしている。
あまつさえ自分に返事をしてきたものだから驚かずにはいられなかった。
「アベル様、その……、お身体のほうは……」
「問題ない。前よりも調子が良いくらいだ」
「では、このことをすぐに知らせて……」
「いや、それはまだだ。それよりもアルタイルを至急呼び戻してくれ。話したいことがある」
「それがその……」
兵士は少し言いにくそうな表情を見せる。
それを見たアベルは彼に何かあったのでは、と不安に苛まれる。
「アルタイルに何かあったのか!?」
「実はアルタイル様はアベル様を殺害しようとした疑いで現在投獄されております」
「何をバカなことを。今すぐに釈放しろ!」
「ですが……」
「俺の命が聞けないのか?」
「いえ、そんなことありません」
「ではすぐにアルタイルを釈放してここに連れてこい!」
「はっ!」
兵は大慌てで地下にある牢屋へ向かって走って行く。
兵に指示をした後、アベルはため息を吐く。
――どうやら俺の手駒を削ごうとしているやつがいるようだな。一体誰が……、いや、考えるまでもないな。
第二王子派と呼ばれるアルタイルを害して一番利する人間は誰だろうと考えると、同じく王位を争っている第一王子ライヘン派の人間であろう。
そもそも直情的なアルタイルがアベルを害しようとするならこんな回りくどい方法をとる必要がなかった。
アベルとしてはさっさとライヘンが王位を継承してくれるほうがよかった。
日々の仕事は激務。
他国や自国の貴族からの軋轢を耐え、得るものは人々からの賞讃。
正直割に合わないと考えていた。
「全く……、面倒ごとを――」
ため息を吐きながらルルが飛び降りていった窓を眺める。
先ほどの出来事はまるで夢のようであった。
しかし、引き出しに入っているポーションが先ほどの出来事は夢ではないと証明してくれていた。
◇
「失礼します。アルタイル殿をお連れしました」
しばらくすると兵士がアルタイルを連れてくる。
その顔はやつれており、それなりの期間、牢に入れられていたのだろうと予想ができる。
「はははっ、アル。酷い顔じゃないか」
笑い声を上げるアベルを見た瞬間にアルタイルの目から涙が流れる。
「アベル様、よくぞご無事で」
「さすがに死を覚悟したがな」
「どうやって病を治されたのですか? 私が持ってきた『女神の秘薬』を使われたのですか?」
「アルも薬を持ってきてくれていたのか。それなのに牢などつなぎおって……」
アベルが憤慨する。その様子を見て自分が持ってきた薬で治ったのではないと予測が付く。
「私の薬でないとすると一体どうやって……。はっ!?」
現状、唯一と言っても過言ではない方法を思いつく。
――そんなことがあるのだろうか? ここに魔女が現れたなどと。
しかし、それ以外に考えられることはなかった。
「おおかたお前の想像通りであろう。ここに例の少女、無色の魔女が現れた」
「やはり……。それで今彼女は?」
「もう行ってしまったよ。あまり人に会いたくないみたいだったからな」
「そう……か。彼女の力があればアベル様の地位は盤石だったのだけどな」
「そんなことをしたら彼女は逃げて行くだろう? 彼女にあったアルにはわかると思うが」
「私のときは血を流しすぎまして、一命は取り留めたもののすぐに意識を失ってしまったのですよ」
「なるほどな。それならしばらく話しをした俺の方が優勢か」
アベルがニヤリ微笑む。
「それにしてもアル、お前の書いた人物像とまるで違ったぞ」
「なっ!? どのようなお方だったのですか?」
「とても謙虚で優しい方だな。見た目はまるで子どもだが、あれはおそらくエルフの類いであろう。ずっと年上だと言われても納得できる」
「そもそも今までなかった魔法の確立とそれを自在に使いこなす魔力の両方を兼ね備えているお方ですからね」
「お礼に白金貨を渡そうとしたのだが、一枚以上受け取ってもらえなかった。一応俺預かりと言うことで縁は切れないようにしたが――」
「んっ? 一枚?」
どこかその単語で引っかかりを覚える。
しかし、霞がかったかのように思い出せなかった。
「あと『無色』のエンブレムはしかと渡しておいたぞ。これで正式に色を冠したと言えるだろう。まぁ、父上の説得はこれからだけどな。しかし、俺が治ったことが彼女が賢者と言われるべき能力を有してる最たる証拠であるからな。問題は――」
「彼女がすぐに姿を消してしまうことだな。捕まえてくるか? 色環の賢者なら第二王子の婚約者として釣り合いがとれるだろう?」
色を冠した頂点の魔法使いは全員合わせて『色環の賢者』と呼ばれていた。
それぞれここに名称がつき、全員が賢者呼びされるわけではないが。
ルル自身が魔女と呼ばれているのも、そのほうが彼女に合うという理由からであった。
「いや、そんなことをしては彼女自身の心が離れてしまうであろう? いずれ頼むにしても今は縁が持てただけで十分だ」
「あとは色環の賢者として周知させるのに必要なのは『名前』だな」
「いや、それも教えてもらった」
「なんだと!?」
まさかそこまで話してくれているとは思わずにアルタイルは驚きの声を上げる。
するとアベルは悪戯をしたかのようにニヤリと微笑む。
「当然であろう? 色環の賢者とするためには必要なのだから」
「それで彼女の名前は?」
「ルル・アトウッドだ」
「アトウッドだと!?」
アルタイルが驚愕の顔をする。
神様がこちらの世界では平凡の名前だと言っていたそれは、あくまでも神様からしたら、だった。特に意味はなく何度も送っていることから、それなりにこの性がつくものは多い。
そういう意味では平凡な名前とも言えるものだった。
それでも神様が力を授け転生させた『アトウッド』が一様に活躍をしており、その皆が神の使いであったいう伝承が残っているのだから信に足る情報であろう。
「まさか、本物か?」
「いや、わからない。ただ、彼女の能力を見るにその可能性は高いと言えるであろう?」
「神の使い、アトウッドか……。確かに下手に手を出すのも危険ではあるな。そっと手を貸すくらいでちょうど良さそうだ」
「ただ彼女の動向だけは探りたい。下手に手を出されて神の怒りに触れるのも嫌だからな」
「わかった。なるべく気づかれないように後を追うことにする」
「頼んだぞ。ただ、彼女は空に消えていったからまた行方を捜すところから頼んだ」
「ちょっと待て! 空に消えただと!? それでどうやって探すんだ?」
「それを探すのがアルの仕事じゃないか」
「俺の仕事はお前を守ることだ!」
「俺なら大丈夫。魔女様から万能の薬をもらっているからな」
引き出しからポーションを取り出してぶらぶらとする。
そのアベルの表情はまるで無邪気な子どものようだった。
「ただ、まずはゴミ掃除からだ。アル、力を貸してくれるな」
「あぁ、もちろんだ!」
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