第6話 約束

 時は少し巻きもどる。


 すっかり汚い仕事から足を洗い、まっとうな仕事を始めたエリオ。

 聖女様に出会ってからすこぶる体の調子が良く、いくら走ってもまるで疲れなかった。

 それを活かして物の運搬をする仕事を行っていた。



「エリオ、今日も精が出るね」

「うん、頑張ってミーシャに精のつく物を食べさせてあげたいからね」

「そういえばミーシャちゃんの病気、治ったんだってね。本当によかったね」



 エリオの妹、ミーシャが病気で床に伏せっていることは貧困区域では知られている事実だった。



「聖女様のおかげだよ」



 エリオは嬉しそうに笑みを浮かべながら言う.

 いつか 恩返しできる日を夢見ながら。


すると そんな時にあまり見かけない 白いマントを羽織った人物が現れる。



「君か、聖女の治癒魔法を受けたというのは」

「えっと、おっちゃんだれ?」



 エリオは不思議そうに男性のことを見る。



「おっちゃんとはひどくないか? 俺はこう見えてもまだ27だ」

「じゃあお兄ちゃん、一体何の用?」

「この辺で聖女様に病を治してもらった人間がいると聞いてね。ぜひその聖女様に会いたいなと思ってここまできたんだ」

「それは残念だね。僕たちも聖女様にお礼を言いたいと思っているのに、あれから姿を見せてくれないんだ。本当は神の使いだったのかもしれないよ」

「そうか……。(やはりこの町に『無色の魔女』がいると言うのは本当のようだな)」

「もしお兄ちゃんが聖女様にあったら伝えてくれないかな? 僕たちがお礼したいって言ってたことを」

「あぁ、構わないよ。そうだ、ぜひその話を俺たちの長にもしてくれないか?」

「もちろん構わないよ。それならパッと仕事終わらしてくるね」



 エリオはそう言うと荷物を担ぎ走り出した。




◇◆◇




 ルルを見たエリオは目を大きく開け驚きの表情を見せていた。

 まさか、自分の探していた聖女がこんなところにいるなんて思いもしなかったからだ。


 そして、ルル自身も驚いてしまう。


 この街で唯一、直接治癒魔法を使った人物、それがこのエリオなのだから。


 しかも当てつけのように治癒を付加した水まであげている。

 まさに証拠のオンパレードとはこのことであった。



「なんじゃい、知り合いかい?」



 老婆が確認してきたので、ルルは頷く。



「宿へ行く前に会ったんですよ。軽く話をしただけなのでもう一度会えるなんて思わなかったのですよ」



 もしかしたら、エリオから何かしらの情報が漏れてしまうかもしれない。ルルは必死に目配せを送っていた。


 それがうまくいったのかエリオはルルに向けて頷く。



「うん、前にお姉ちゃんから薬をもらったんだよ。おかげで妹の病気がよくなったんだよ」



 エリオは合図通り自分のことは何も話さずに妹のことだけを伝える。

 ただ、伝えられたその中に聞き流せない情報がいくつもあり、アルタイルは目を光らせる。



「そうか、この子のおかげで君の妹の病気がよくなったんだね」



 アルタイルの言葉にエリオは余計なことを話したのでは、と口を噛みしめていた。



「えと……、その……」



 視線を泳がせて困惑するエリオ。誤魔化そうとしていることが目に見えてわかる。

 ただ、今から下手なことを言ってもアルタイルには通じないだろう。

 それならむしろ一部だけ情報を隠してあとは本当のことを言う方が良いかもしれない。


「実は門兵さんに地図を貰った日、うっかり貧困街へ迷い込んじゃいまして。そのときに門兵さんからもらった水をわけてあげたんですよ。あはははっ……」



 治癒魔法を使ったところだけ黙っていたが、あとは素直に答える。

 その返答後にアルタイルはエリオの方に振り向くと彼も首を縦に必死に振っていた。



「なるほど。確かに貧困街では水は貴重だ。それで病気がよくなることもあるでしょうね」



 ドキドキと心臓の鼓動が早くなる。

 まるで何か悪いことをしたみたいに……。



「そうですね。先ほどの掃除の話ですが、明日とかいかがでしょうか?」



 笑みを浮かべるアルタイル。



「どうするのじゃ? 条件はすごくいいが、お主の気持ち次第じゃ」

「えっと……」



 ルルの気持ち的には断りたい。

 そもそも掃除に行く場所は相手の本拠地である。

 そのまま捕らえられてなし崩し的に……、ということも考えられる。


 そんな場所に一人で行くのはどう考えても危険な行為である。



――それなら人を連れて行くのはどうだろう?



 もらえるお金が一枚だけであることを考えると割に合わない仕事にはなるだろう。



「お金は私が貰ってもいいのですか?」

「もちろんじゃ。お主が働いて稼ぐ金じゃからな」

「それなら君、えっと……」

「僕? 僕ならエリオだよ」

「エリオ君だね。よかったら私のこと、手伝ってくれないかな?」

「手伝う?」

「さすがに私一人で掃除するには大変そうだから……」

「うん、僕にできることだったらいいよ」

「ありがとう、助かるよ。お金は貰った額の半分渡すからね」

「半分?」

「うん、あまり多くなくて悪いんだけどね」

「そんなことないよ。力になれるなら嬉しいよ」



 さすがに一日の宿代にもならない金額なのだからどうだろうと思ったが、無事に引き受けて貰えてルルはホッとしていた。



「わかりました。では明日、伺わせていただきますね」



「ありがとうございます。では、明日ここにお迎えに上がりますね」

「はい」



 アルタイルが騎士を連れて帰って行く。







「エリオくん、巻き込んでごめんね」

「それはいいよ。聖女様のおかげで僕も妹も助かったんだからいくらでも力になるよ!」

「せ、聖女様はやめて……。私はルル。名前で呼んでくれたらいいからね」

「ルル様だね。うん、覚えたよ。みんなにも言っておくね」

「……みんな?」

「うん、貧困街のみんなに僕やミーシャを治してくれたのは聖女様って言っちゃったからルル様だって伝え直しておくね」

「そ、そこはそのままでいいよ」



 思いもかけず名前が広まってしまう。

 そんなことはルルは望んでいなかった。



「ところでエリオとやら。嬢ちゃんがお前のことを治したと聞いたが本当なのか?」



 老婆が困惑気味に聞く。



「誰だ、婆ちゃん?」



ドゴォォォォォォン!!



 流石に子供は蹴らなかったようで、店の壁に穴が開く。




「あわわわっ、そ、掃除したのに……」

「儂はまだまだピチピチと言っておるじゃろ!」

「わ、私も婆ちゃんって呼んでるけど、それも直した方が……」

「それは構わんわい。お前さんのような孫のような子に言われるのは歓迎じゃ」



 どうにも老婆の中にも基準があるらしくルルだけは満たしているようだった。



「ともかく先ほどの話は一体どうなんじゃ?」

「あっ……」



 流石に老婆には黙っておくわけにもいかないだろう。さっきの騎士みたいに変なところへ連れて行かれる心配もない。



「はい、確かに私は治癒魔法が使えます」



 それを聞いた老婆は思わず手を頭に当てる。



「わかった。それを大々的に明かす気はない、ということじゃな。なら、あの騎士団長にその魔法を使ったのが間違いじゃったな」

「目の前に死にかけてる人がいたんですよ!? 見捨てられないです!」

「儂も医者の端くれじゃ。その気持ちは痛いほどよくわかる」

「と、とにかく、私はまだ身を固めるつもりもないですし、幽閉とかもされたくないです」

「わかった。それならばお主が帰ってきたらすぐにここを出られるように儂もいろいろと手配しておこう」

「何から何までありがとうございます」

「お礼は無事にこの町を出られたときで構わんよ」




◇◆◇




「アルタイル様、どうしてあの少女をお呼びに?」

「どうにも気になるんだ。何かを隠してるような」

「しかし、探している『無色の魔女』とはまるで違いますよ?」

「おそらくは……違うはずなんだけどな」



 そのはずなのだが、どうにも引っかかる。

 薄れゆく意識の時に聞いた言葉と彼女の声が近い気もする。



「それを判断するためにも詰め所に呼ぶんだ。もし本当の魔女様なら失礼があっても困る」

「もし、彼女が本当・・の『無色の魔女』様ならどうなさるおつもりですか?」

「順当にいくなら王子の婚約相手が妥当ではないだろうか?」

「し、しかし、ライヘン第一王子は既に婚約者がおります。さすがにそれが変わるとなると大問題になりかねないのでは?」

「いや、第二王子のほうだ」

「アベル第二王子は原因不明の病で明日ともしれないお命ではなかったですか? あっ、だからこそですか」

「そうだ。ただでさえ色を冠する者には公爵なみの権限が与えられる。さらに第二王子の命を救っていただいたとなると、国王様でも首を縦に振るだろう」

「しかし、アルタイル様はそれでよろしいのですか?」

「んっ、どういうことだ?」

「あれだけ熱心に探されていたのですからアルタイル様が婚姻なさるのかと思っておりました」

「はははっ、さすがにあの子だと私とは親子ほどの差があるわけだからな。魔女様を怒らせてしまう可能性がある」



 そういうアルタイルの表情はどこか寂しそうではあった。

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