第76話

 花火大会が終わって、もうすぐ夏休みだった。電車から見える夏の鮮やかな青い海の方を見ると……花火大会を思い出す。


 千陽ちはるさん、なんかいつもと違って、笑っていてもどこか寂しそうな感じがした。気のせいかな?そして………カッと頬が赤くなる。夢!?夢だったのかな!?現実だよね!?


 抱き寄せてくれたことを思いだす。……でも、帰ろっかと言ったときにはいつもの千陽さんだった。私はやっぱりそんなとき、まだまだ子どもなんだなって思う。


 大事件だったって私はなってるのに、千陽さんにとっては恋人同士のなんてことない仕草の1つだったんだよね。大人だし。一人で動揺してる自分に落ち着いてと言い聞かせる。


 こんな子どもの恋愛で千陽さんはいいのかな?大人の恋愛をきっとあの綺麗な女の人としていたはずなのに、私に合わせてくれてる。うんと背伸びしても大人の女性になれない私。こんなんでいいのかな?

 

 緑の色が多い外の流れる景色を見ながら、はぁ……と小さくため息が出た。


電車が駅に着く。日が長くなって帰り道は明るいからホッとする。


 千陽さんにも言ったけど、なんとなく最近、嫌な視線を帰り道に感じる。時々、後ろに人がいる気配がするから振り返るけど、誰もいない……不気味で気持ち悪い。


 駅から家までは近いのに、帰る時、嫌な気持ちになる。蝉の声がすると思った瞬間だった。


「おい」


「キャア!」


 いきなり声をかけられて私は振り返る。


「なんで悲鳴?久しぶりだな」


栗栖くるす先輩!?びっくりしてしまって……」


 久しぶりに見た栗栖先輩は日に焼けていて、筋肉もつき、一回り大きくなったような気がした。


「たまに家のメシ食べたくなって帰ってきた」


 用意できるまで、待っててやる。家まで行くだろ?と私の家の前で待っててくれる。慌てて学校の物を片付けて、服を着替えて出る。


「すいません!おまたせしました」


「そんなに待ってない。兄貴には言ってある」


 行くぞとさっさと歩く。……ん?あれ?やっぱり……と私は振り返る。気のせい……かな?なんか家の斜め向かいの壁に黒い人影がいて、動いた気がした。ゾッとする。


「どうした?変なやつでもいたか?」


「はっきり見えなかったけど……あそこの壁の影が動いた気がして……」


 栗栖先輩がバッと走る。……が、誰もいないと首を横に振る。やっぱり勘違いだったかなと私はすいませんと謝る。


「……いや、どうかな?新居が気になるなら、気をつけることは悪いことじゃない。何かが起きてからじゃ遅いからな」


 それに……と言って栗栖先輩はこれを拾ったと見せる。


「定期券?」


「落ちてた」


 やはり駅からつけてきていた!?少し震える。いったい誰なんだろう……。


「当分、兄貴に迎えに来てもらえよ」


「そんなのだめです!夏場はとても忙しいし……」


「馬鹿か?なんか起きて、怖い目に合うのはおまえだぞ!?それで悲しむのも兄貴だからな!」


 迷惑かけれません……と栗栖先輩の大きい声に負けて、小さくなる私の声。千陽さん、毎日、暑いのに朝早くから頑張ってるのを私は知ってるもの……負担になる。


「まあ、兄貴に任せるか……とにかく気をつけろよ?」


「ハイ。油断しません!」


 私は気合いをいれて答えたものの、その次の日から、千陽さんは駅に迎えに来るようになってしまったのだった……。

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