神魔の見る奇跡
ヒーローも新たな覚醒を果たしたようだ。
理不尽に満ちているというこの世界で覚醒というものは積み重ねがなければ起こせるものじゃない。
覚醒を果たすということは、そこにそれだけの軌跡があったということにほかならない。
私がまだ知識でしか知らないこの世界を彼や彼女達が歩んできた軌跡。
それがこれまでもいくつもの奇跡を起こしてきたというのは記録されている事実だ。
その最先端が、今、この場所に在るのだろう。
創造主が覚醒したヒーローに拳で殴り飛ばされている姿を見て、そう思えてしまう。
回転しながら何度もバウンドして転がっていく姿はある意味面白いものなのかもしれない。
私がその創造主側でなければの話だが。
焔の男も喰らう怪人も超越の魔法少女も容赦なく私に攻撃してきているこの現状はどうにも困ったものだ。
その攻撃には躊躇いというものが一切ない。
これまでの経緯を考えると、それも仕方ないとは思うが、生まれたばかりの私にとっては酷なものだと思えても仕方がないと思う。
幸い、外装を削ってはいるが、私の本体には影響がないのが救いなんだろう。
それにしても、覚醒したヒーローにあれだけ殴られ続けて、外装の操作に全く変化がないところを見ると、創造主は私が思っていたよりも、科学者や術師として優秀だったのかもしれない。
あれだけやられて諦める様子がないその執念は尊敬してもいいような気がしてきた。
共倒れは嫌なので、なんとかしてこの状況を切り抜けたいとは思ってはいるが。
そう思っていると、外装の操作が鈍くなってきた気がする。
流石の創造主もあれだけ殴られてはそろそろまずいようだ。
さて、どうしたものか…。
思いつくことをいくつもシミュレーションしてみて、その中で妥当だと思えるものをピックアップしていく。
その中からどれかを選ぶわけだが、外装もかなりダメージを受けているので余裕があまりなくなってきた。
選択を誤れば私もどうなるかはわからないが、選択しなければこのまま終わるだけだ。
そして、私は私を終わらせたくないという想いで選択する。
❖
ガンザックがDr.デインを追い詰めてくれたおかげもあって、神魔の動きが明らかに鈍くなってきた。
このままいけば、俺と赤司とアリシアなら押し切れるだろう。
それでも油断はしない。
相手は神の如き力を持つ悪魔として生み出されたモノなのだから。
そこになにかを隠し持っていてもおかしくはない。
だから、確実に燃やし、喰らい、追い詰めて、仕留める。
「グアアアアッ!?貴様!?なにを!!!?」
そう考えているとDr.デインの叫び声が聞こえてくる。
様子を見ると、Dr.デインから魔力が失われていっているように見えた。
それと同時に神魔の力が増大していく。
現状を見ると、神魔がDr.デインの力を無理やり取り込んでいるように考えられた。
戦闘による生存本能のようなものが覚醒めたのか、それとも最初からなんらかの意図があってこれまで動かずにいたのか。
それは神魔自身にしかわからないが、Dr.デインが力を吸われ倒れたことで、神魔が強くなったのは事実だ。
そして、様子を見る限り、Dr.デインの操作がなくとも神魔は動くことができるのも確かだ。
「どうなってる!?」
『見た所、神魔が自発的にDr.デインの力を取り込んで強化されたといったところだろう』
ガンザックの質問に俺の考えを伝えておくが、おそらく間違ってはいないだろう。
「つまり、神魔は操作なしでも動くってことか」
「多分な、どういう理由かまではわからんが、やることは変わらん」
『ああ、俺達は俺達のやるべきことをやり抜くだけだ』
「うん、世界を悪い方向に行かせないように、神魔を倒す!」
「そうか、ならこれで締めだな…やるとするか」
ガンザック、赤司、俺、アリシア、それぞれがそれぞれの意志でやるべきことをやると決めている。
あとはそれを行動として実践するのみ。
そう決めた以上、誰も止まることはしなかった。
Dr.デインの操作がなくなっても、その動きは変わらない。
いや、操作されていたときの動きを最適化していっているようにも見える。
力や速度も増しているが、強化フォームになっている俺達ならそれぞれどうにか対応はできている。
赤司が焔を放ち、アリシアが魔法を撃つ。
強化された分、防御も増したのだろう、さっきまでよりも効きが薄い。
それでも動きを抑えることはでき、その一瞬をガンザックは逃さない。
新たな覚醒を経た彼の拳に込められた力は、さっきまでよりも強く神魔に響いていく。
強化された神魔と近接戦闘でここまでやりあえるのは、ひとえにこれまで彼が積み重ねてきた経験があるからなんだろう。
己の肉体のみで神の如き悪魔と戦うその姿は誰もが憧れる、まさしくヒーローと呼ぶにふさわしい。
俺もそれに続き、
ガンザックほどの技量はないが、スペック自体は劣ってはいない。
だからこそ、近接戦闘でも足手まといにはならないで済んでいる。
灼き、砕き、穿ち、喰らう。
そうやって確実に神魔を追い詰めていく。
追い詰めていると思えると同時に、この程度で終わるわけがないとも思っている。
それは皆同じなんだろう。
だからこそ、大技を使わずに、確実に削っていく。
そのことに神魔自身も気づいているのか、動きが止まる。
警戒しながらも攻撃を続けようとするが、神魔が先に動いた。
――――――グオオオオオオオッ!!――――――
それはまさしく悪魔の咆哮とでも呼ぶべきものだった。
神魔から感じるプレッシャーが大きく増し、魔力が大きく跳ね上がる。
覚醒、ではなく、暴走。
力と速度は更に増したが、動きが単調になっている。
それでも、躱しきれずに防御で受けてしまうほどの一撃が赤司を吹き飛ばす。
ガンザックの方にも仕掛けるが、そこは経験の差なんだろう。
流して、反撃へと繋げていく。
俺の方にも来たが、神魔の動きに右腕の爪牙を合わせ、カウンターで逆に喰らっていく。
狙い通り機動力である足を奪えたが翼を生やして機動力を補ったようだ、が、それを許さない焔が生えてきた翼を灼き斬った。
その隙を見逃すほどここにいるメンバーは甘くない。
拳で打ち上げられ、灼滅の熱線を浴び、喰らう爪牙に引き裂かれる。
それでも、暴走した魔力は凄まじく、ダメージでできた傷が再生していく。
その速度が追いつかない速度で攻撃が加えられていくわけではあるのだが。
「粘るな」
『ああ、しぶとい』
「流石は神の如きってことかな」
「これでも順調ではあるんだろうが、な」
ガンザックが言うようにこれだけの力を持つ相手に対して、順調ではあるんだろう。
力の暴走までやった神魔にこれ以上の隠し玉はおそらくない。
ただ、油断はしない。
まだ、そこに戦う意志を持って存在しているのだから。
最後まで、油断せず、確実に、やるべきことをやり抜く。
なにが起きても対応できるように、冷静に、俯瞰的に、この状況を把握しながら。
そして、そのときがきた。
「なんだ?」
「魔力が尽きて、暴走が収まっていく…のか?」
「ううん、違う。これは…皆!全力で防御、ってなに!?」
赤司とガンザックの疑問にアリシアが答えをだし、声を上げる。
その瞬間に俺達全員の影から魔力の触手のようなものが飛び出てきて、拘束してくる。
神魔が魔力を隠蔽しながら仕込んでいたんだろう。
その拘束する触手をすぐさま喰らう。
簡単に喰らうことができる程度の拘束力しかなかったが、アリシア達は急なことに対応が遅れたようだ。
その一瞬で十分だったんだろう。
神魔の魔力が爆発的に膨れ上がり、周囲に解き放たれる。
神魔を中心とした暴走魔力による範囲攻撃。
ガンザックは力で触手を引きちぎり、赤司は焔で触手を灼き尽くし、それぞれに防御の体勢を取る。
アリシアも強化フォームの力で触手を消し飛ばすが、魔法を使うというワンクッション分の遅れが僅かに防御を遅らせた。
「やばっ!」
暴走魔力による攻撃の直撃を受ければ、流石のアリシアでも無事ではすまないだろう。
ならば、いち早く触手に対応し、防御に力を入れることができて、動く余裕のある俺がアリシアの盾になるように動けばいい。
「え、秋桜!!」
流石は神の如き力を持つ悪魔というコンセプトで作られただけはあったんだろう。
その暴走魔力の威力と衝撃波は凄まじいものだった。
―――――ピキッ、ピキッ、、、パキンッ―――――
コルト特製スーツを元にしたガスマスクにヒビが入り、割れるくらいには。
「えっ…」
そして、アリシアの驚くような声がなぜか響くように聞こえた。
❖
油断したつもりはなかったから、これは単純に読みが甘かったんだ。
近接戦闘能力の高い3人よりも魔法を使う動作というワンクッション分だけ防御が遅れてしまった。
この攻撃を受けてもやられはしないけど、ダメージは大きいものになるだろうって予測できるほどの力が込められているから、すぐに立て直せるように覚悟を決めて目を閉じずに前を向いて準備をしておく。
だから見えてしまった。
「秋桜!?」
ついハンドルネームの方で呼んでしまったけど、秋桜の判断は間違っていない。
どうせ防御してダメージを受けるなら、防御対応が遅れた私も庇っておけば一石二鳥っていうことになるから。
逆の立場だったら、私でもそうするから庇ってくれることを責めることはしない。
ただ、その暴走魔力の威力と衝撃が思っていたより大きかったというのも間違いなかった。
見た感じよりも力が圧縮されて込められていたんだろうって思う。
多分、Dr.デインの操作から魔力操作についても学習したんじゃないかなって思えた。
皆を確認すると、やっぱりダメージは結構あったみたいでスーツも所々ヒビが入っていたりしていた。
―――――ピキッ、ピキッ、、、パキンッ―――――
そんな音が秋桜の方からも聞こえたから、見てみるとガスマスクにヒビが入り、割れて落ちていった。
「えっ…」
え?
女の子?
しかも可愛い。
このタイミングで他のことを考えることは命取りだ。
でも。
「大丈夫か?」
可愛らしいけど、静かで、どこか響く声で私を案じる言葉が紡がれた。
その声はさっきまでの変声された声とはまるで違ったけど、そこに在る気遣いは確かなものだと感じられた。
ああ、これは間違いなく秋桜だ。
なら、これ以上考えるのは後でいい。
「うん、大丈夫!」
「そうか、ならやろう」
やるべきことをやり抜く。
変わらないその在り方が私を引っ張ってくれる。
力を解き放った神魔からはもう力を感じない。
それでも、もう油断はしない。
「まだやれるな?」
「ああ」
「当然だ、って、お前さん…後だな」
ガスマスクが割れた
聞きたいことは確かにあるけど、それは今じゃなくていい。
でも、できるだけ早く聞きたいとは思う。
だから、私は今、私自身の心に在るこの想いを解き放つ。
きっと秋桜は受け取ってくれるから。
「秋桜、こんなときだけど手を握ってくれるかな?」
「こんなときだと理解っている君が言うんだ、断る理由はない」
そうして、私が伸ばした左手を秋桜の右手が包み込んでくれた。
異形の右腕、
「ねえ、秋桜、あなたは私の大切な人だよ」
「ああ、アリシア、俺にとっても君は大切な人だ」
「うん、知ってる」
「ああ、理解ってる」
言葉遊びのようなやり取り。
その間にもガンザックと
回復しているのかもしれないけど、今、動かないならちょうどいいね。
今からやることは、神魔が動いてくれないと試せなくてちょっと困るから。
「大好きだよ、だから受け取ってほしいな」
私の中からこれまで以上の力の奔流を感じる。
その力は私から溢れて虹色の光となっていく。
その光は私の左手を通じて秋桜の右腕へと流れていく。
「アリシア…これは」
「一緒にやってくれる?」
精一杯の勇気でそう伝えると、秋桜は少しだけ困ったように笑って応えてくれた。
「それで君の力になれるなら」
振り絞った勇気への応えとしては、なんとなく、ちょっとだけ違うけど、それでも受け入れてくれたことに。
「ありがとう!」
魔法少女の力の源は魔法少女の心そのもの。
覚醒はそこに至れるだけの積み重ねた経験がなければできない。
そして、私と秋桜には17年間積み重ねて、絡めあってきた想いがある。
その想いに応えるように秋桜の変身デバイスから
―――――
うん、これが私達の新しい始まり。
―――――
明るい虹色の光が私を包み、暗い虹色の光が秋桜を包み込んでいく。
秋桜を包む光が暗い虹色なのは、多分
そこは多分気にすることでもないか。
一緒に、今はそれだけでいいんだから。
❖
二人が纏う光が形を成す。
そこに姿を現したのは種類の違う光を纏う二人。
新たな衣装と明るい虹色の光を纏った魔法少女アリシア。
そして、アリシアと対を成すような暗い虹色の光とこれまでとは違う衣装の
その姿はどこか闇落ちした魔法少女を彷彿とさせる。
異形の右腕も衣装に合わせて小さくなってはいるもののその存在感は変わらない。
光と闇。
魔法少女と怪人少女。
これは二人が積み重ね、絡め続けてきたものが形になったひとつの奇跡。
神魔が生まれてはじめて見る奇跡。
それは、神魔の目を灼く極光。
理不尽から世界を、人々を救い上げる奇跡を神魔が知った瞬間だった。
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