焔の目覚めと怪人の意思と切なる祈り
その程度で俺を止められると思うなよ。
そう言ったはいいが、この怪人の喰らう力は厄介すぎた。
右腕の牙のような爪で引き裂かれる度にそこから力や体力が持っていかれる。
喰らうというのもあるんだろうが、ドレインのような力もあるようだった。
俺にダメージを与えることが怪人の回復に繋がっている。
すぐに回復しているわけでもなく、喰らってから消化吸収するまでに時間は多少かかるようだが、こっちは削られ、あっちは回復しているという事実に変わりはない。
つまりはジリ貧だ。
この怪人自身の戦闘能力も決して低くはないのがまた厄介だ。
おそらく常日頃から体と技を鍛えているということなんだろう。
俺もそれなりに体と力の使い方は鍛えてきたが、単純な体の動かし方をここまで鍛えてはいなかった。
どれだけの訓練をしてきたのかはわからないが、この怪人は自分の体の動かし方を鍛えてきたのが理解ってしまう。
なにかの武術や格闘術なのかもわからないが、力で強化している俺の攻撃を受け、捌き、流されるのを実感して、思い知らされる。
単純な力や速度なら俺の方が勝っているのに、その技術の部分で覆されている。
怪人の喰らう力も間違いなく要因ではあるが、それだけならなんとかなった。
そうじゃないから今俺は追い詰められている。
「どれだけ鍛えてるんだ」
つい、そんなことを聞いてしまう。
ダメージのせいもあるんだろうが、自分でも息が上がっているのがわかる。
『この世界の理不尽に対するにはどれだけ鍛えても足りないからな。こうなってからは鍛えられる時間はできる限り使っている』
「そうかよ、俺が甘かったわけだ」
『そうでもないだろう。俺もコルトとの出逢いがなければ鍛えたりはしなかっただろうからな』
「たらればの話は無意味だろうが、お前は準備していたってだけのことだ」
『ああ、この世界の理不尽にはどれだけ準備しても足りるとは言えないからな。だからこそ、できる限りの準備をするのは当たり前のことだ』
「…そうだな、当たり前のことだ」
そう言ってのける怪人の言葉に納得してしまう。
怪人は準備をしていて、俺は怠っていたというだけの話だということに。
「ポーションってやつはどれだけ使ったんだ?」
『それは秘密だ。手の内を教えないのも戦い方のひとつだからな』
「違いないな」
『だが、一応聞いておこう。まだやるか?』
怪人も理解っているんだろう。
今の俺では勝てないということが。
俺と怪人の差は大きい。
戦闘能力と持っている力にはそこまで大きい差はないが、コルトによるバックアップが大きすぎる差を生んでいる。
俺の残機が1だとすると怪人の残機は不明だが複数あるのだから。
実力にそこまで大きな差がない分、これが勝敗を分けることになっている。
このまま続けても俺に勝ち目はない。
そして俺以上の力を持つ奴らの庇護を受ける理由ができる。
だが…。
『このまま続けても今の君に勝ち目はないだろう。これ以上続ける必要があるか?』
俺の考えを見透かしているかのようなことを怪人が言ってくる。
今の俺じゃ勝てない。
それが理解っていて続ける必要があるかどうか。
その答えは…。
「『ある」』
俺と怪人の言葉が重なる。
『今の君では勝てない。だが、それがどうした?』
「それが失いたくないものを手放す理由にはならない」
『ならば、あらゆる手段を使い、理不尽に対抗するしかない』
「そのために俺はこの力を手に入れた」
『やるべきことをやり抜くために、君にはまだできることがある』
「ああ、今の俺では勝てないというのなら今の俺を超えればいいだけの話だ」
意思の力に呼応して力を発現させ、形成する。
その力を安定して使うことができるように。
ならば、その安定して形成させている力の歯止めをなくせばいい。
力はイメージだ。
この赤いオーラという形で安定して形成させている力のその先のイメージを確立させる。
燃やせ。
立ち塞がるあらゆる理不尽を。
焼き尽くせ。
大切なものを奪おうとするすべてを。
そのための焔と成れ。
失いたくないものを失わないために。
ここに地獄の焔が顕現する。
❖
赤司の瞳が赤から金へと変化した。
纏っていた赤いオーラが焔の如きものと成った。
その焔のようなものの熱量はスーツ越しにも伝わってくる。
『違うね、目を見れば理解る』
ガスマスクの通信機能からコルトの声が聞こえてくる。
その通りなんだろう、赤司の目には前に暴走した服用者とは違う彼自身の意思の光が宿っている。
『覚醒だね』
そういうことなんだろう。
細かい制御までできるのかはまだわからないが、少なくとも今までの彼とは違う。
つまり、今までの彼を超えたということに他ならない。
精神力だけでできることではない。
これまで彼が積み重ねてきたものが在ったからこそなのだろう。
それだけの下地はすでにできていたということだ。
あとは燻っていた彼がそこに踏み出した、それだけのことだ。
『車をオートドライブモードにして彼らには避難するよう伝えたよ』
『ありがとう』
『僕にできるのはこれくらいだからね、あとは頼むよ』
『ああ、あとはいつも通り、できることをやるだけだ』
赤司の動きから目を離さずにコルトとの会話を切り上がる。
「あいつらは…離れたか」
赤司も無道達のことを気にしていたようだ。
離れていったのを確認していた。
「じゃあ、続きと行くか」
その言葉と同時に赤司の姿が消える。
実際には消えたのではなく覚醒した力を使って高速で移動しているわけだが、目で追いきれなかった。
消えるまでの動きからの先読みで焔の如きオーラを纏った一撃を右腕で防いだが、こらえきれずに吹き飛ばされる。
自分で後ろに飛んだこともあって周囲を見ることはできたが、赤司の追撃は止まらない。
一撃一撃がさっきまでとは段違いだ。
確実にダメージが溜まっていく。
が、慣れてくれば見えてくるものがある。
確かにパワーもスピードも前より上がっており、焔の如きオーラの熱もダメージを与えてくる。
それでも基礎となる動きはそのままだ。
覚醒したことはあくまで力を引き出しただけだということなのだろう。
そのパワーとスピードは脅威ではあるが、それが俺が諦める理由にはならないのだから。
反撃すればこっちの攻撃は当たり、喰らうことはできている。
ポーションを使っていないこの状況でもまだ渡り合うことはできているのはアドバンテージのひとつだ。
「チッ…こうなってもまだ、か」
舌打ちする赤司もある程度は理解っているのだろう。
時間が経つにつれ、最初よりも動きが鈍っている様子を見ると消耗自体激しくなっていることも予想できる。
『消耗が激しいようだな』
「まあ、な。初めてだっていうのもあるんだろうが…思った以上だ」
律儀に答える赤司にはやはり好感がもてる。
ならば、それに対して俺も応えるべきなのだろう。
『そうか、ならそろそろ俺もやるとしよう』
「…なにをだ?」
わずかに顔を引き攣らせながら聞いてくる赤司の様子に誠実に俺は答えを返す。
『ああ、言っただろう?できる限りの準備をするのは当たり前のことだ、と』
「…言ったな」
『いつか君のような覚醒できるものと相対するときのために俺は準備してきたというだけの話だ』
「ハァ…そうかよ」
ため息をついて頭をかきながら赤司は相変わらず律儀に返事をする。
その表情が呆れたような、疲れたようなのはきっと勘違いじゃないんだろう。
準備はしてきた。
あとはいつものようにツールに意思を持って伝えるのみ。
一度覚醒すれば、あとは安定して使えるようにするだけなのだから。
―――――
起動時とはわずかに問いかける言葉が違うが口調は変えずその音声は俺に告げる。
応えはいつもと変わらない。
いつだって。
俺は俺のやるべきことをやり抜くのみ。
―――――
その声に応え、俺という怪人はさらなる力を顕現させる。
より力を増した異形の右腕だけじゃなく、異形の翼をも背に羽ばたかせて。
右腕からの覗くいくつもの金眼を輝かせ、焔を纏う男に相対する。
彼に己の意思を示すために。
『さあ、それじゃあ、続きを始めよう』
❖
モニター越しに友人の姿を見ながら男はつぶやく。
「さて、ここまではだいたい予想の範囲内だ」
ここからどうなるかは戦っている二人の友人だけに託せば良い方向には進まないのだろう。
なぜなら今の焔を纏う友人の心を本当の意味で動かすことができるのは知る限り一人しかいないからだ。
確かに秋の性質は涼斗にとって好ましいものではあるのだろう。
それでも、出逢ったばかりの相手に動かされるほど赤司 涼斗という男は甘くない。
だからこそ、ここから先がどうなるかはその一人にかかっている。
「うん、でも君ならやってくれると思っているよ」
「いや、信じていると言うべきなんだろうね」
「これはきっと祈りなんだ」
そう、これは、この世界の理不尽に人の心は負けはしないという切なる祈り。
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