怪人少女
終わってみれば、思った以上に順調だった。
準備しすぎたかもしれないが、備えておくことは悪くないことだと思っているから問題はない。
なにかの拍子にやられてしまえば、やるべきことができなくなる。
そうならないために準備しすぎるのは当たり前のことだ。
服用者だった男は瀕死になってはいたが、ポーションを飲ませたから命は無事だ。
あとは放置してヒーロー達に任せればいいだろう。
『そうだね、持ち帰ってもいいのかもしれないけど、犯人を確保させておかないとこの状況を上手く収めることも大変だろうしさ』
ということで、犠牲者のギャル達とも少し話をしておいた方が良さそうだ。
ギャル達の方を見ると怯えられているように見えるのは気のせいじゃないんだろう。
それも俺には関係ないことだから話をしておくわけだが。
『体の具合はどうだ?ポーションを飲んでからおかしなところはないか?』
「あ、ああ…まだ痛みはあるが、動けるから大丈夫だ」
『そっちのお嬢さんは?』
「え、あ、はい、私も痛みは残ってますけど動くのに支障はないです」
『そうか、なら良かった。そっちのギャルの子と最後まで付き合ってくれた友達の方も怪我はなかったか?』
「あ、うん、私は大丈夫、です」
「俺も怪我はない、です」
『ああ、そうだと思うが一応の確認だ。後日会いに行くから、ポーションを飲んだ二人は後遺症が出たりしたら言ってくれ。飲んでない方の二人は…精神的に病みそうなら言ってくれ』
「あ、はい…」
『あとヒーロー達や警察が来たら、君達が見たことは正直に話してくれれば良いからな。この状況だと言葉だけでは信じてもらえないかもしれんが、街に設置されている監視カメラの映像を見てもらえば大丈夫だろう、多分』
「話しても、いいのか?あんたに迷惑がかかるんじゃないのか?」
『問題ない。君達は君達の都合を優先すれば良い。その結果どうなるとして、俺はこれからも俺のやるべきことをやり続けるだけだからな』
「そ、そうか…わかった」
『では、俺はもう行く、またな』
「え、あ、あの!」
『なんだ?』
「助けてくれてありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「ああ、そうだな…ありがとう」
「ありがとうございました!」
ポーションを飲んだ少女に続いてお礼を言ってくるが、その勘違いは修正しておくべきだろう。
『彼にも言ったが、俺の目的は君達を助けることではなく彼の力だ。結果として助かったが、それは流れの上の偶然に過ぎないから礼を言う必要はない。むしろ、こっちこそ彼に手を出す理由とポーションの実験ができたことに礼を言わせてもらう。ありがとう』
「あ、ああ、それでも俺達が助けられたのは間違いないからな、礼くらいは言わせてくれよ」
『そうか、好きにしてくれ。では、今度こそ、またな』
そうして、ギャル達と別れてコルトのところに戻ったときには日付が変わっていた。
それから数日は
❖
あれから数日が過ぎたが、あの怪人はまだ姿を見せていない。
「なんかさ、夢だったみたいだね」
「まあな、なにもなかったみたいだ」
「でも、夢じゃないんだよね」
「だよなぁ」
透真と彩を見るとあの怪物にやられた傷がまだ薄っすらと残っている。
それを見るとあれは夢じゃなかったんだって思いしらされる。
「透真、彩…ごめんね。あと海斗も…」
「俺はついでかよ…」
付け加えるような言い方は悪かったかもしれない。
「ごめん…」
「いや、いいけどよ、実際なにもできなかったし…」
「バカなこと言うな、お前がいなかったら俺は律達のところまでいけなかったかもしれないし、あの怪人との対話もできたかわからないんだぞ」
「そうだよ、海斗ありがとうね」
「透真、彩…泣かせるなよ…」
涙を浮かべる海斗を見て、こういうときに言う言葉を教えてもらった気がした。
でも私が言ってもいいのかわからないとも思える。
「そんなに後ろめたく思うならもうやるな、独りじゃないんだよ」
透真のそんな言葉に泣かされそうになる。
「お前まで泣くなよ…俺が虐めてるみたいじゃねえか」
「なにも知らない人から見たら、そうとしか見えないよね」
彩が笑いながら透真を茶化すのを見てると笑いたくなってくる。
だからちゃんと言っておかないといけないんだって思えた。
「みんな、ありがとうね」
「おう」
「うん」
「気にすんなって、ダチだろ?」
そう言ってくれる相手がいるのは幸せなことだよね。
「んで、とりあえず俺とのことはどうするんだ?このまま続けるのか?それともやり直すか?」
そう言われると言葉に甘えたくなってしまう。
「うん、良かったらお友達からお願いします」
「おう、わかった、よろしくな」
私達は笑い合いながらそんなことを話していた。
こんなことが言い合えるのはきっとあの怪人のおかげなんだと思う。
あれから音沙汰もないし、私達のことはもう忘れてしまったのかもしれないって思えてくる。
「おい透真、見てみろよ。ほら、あの子」
「ん…どいつのことだよ」
「ほら、あの赤い目の可愛い子だよ」
赤い目、その言葉に一瞬だけ体が震えてしまった。
「律」
彩がそっと手を握ってくれた。
大丈夫、うん、大丈夫。
「お、こっち来るぞ、誰か知ってる子か?」
「いや、知らねえな…」
「私も…」
「見たことないかな…」
赤い目、それだけで透真と彩も警戒しているみたい。
海斗は気にしてないみたいだけど、その子は私達の方に近づいてくる。
背筋が冷える、あのときのことが思い出されてしまう。
あの怪物になる前の男と同じ赤い目。
綺麗で可愛い子だけど、見た目がそうだとしても危険かもしれないことを私達は知ってしまったのだから。
「おい、みんな、どうしたんだよ?」
「お前…数日前に赤い目を見たの忘れたのかよ…」
「え、あ、ああ、うん、でも可愛いし…」
「お前…」
その少女がもう私達の目の前まで来てしまっている。
まだ昼間で周りにはまだ人はたくさんいるけど、それが安心できる理由にならない。
世界は理不尽に満ちているのだから。
けれど、少女の言葉を聞いてそれは杞憂だったことを教えられる。
そして、それ以上に驚かされることになる。
「どうした?ポーションの副作用でも出たならアフターケアの準備もできているが、どこか具合が悪いなら言ってくれ。あと来るのが遅れてすまなかった。俺もあの後、検査やなんやで時間がかかってしまってな。いや、これは言い訳だな、すまない」
ポーション、来るのが遅れて、そして見た目だけじゃなく声も可愛いけどこの口調。
透真達も信じられないような顔をしているけど、この言葉の内容から多分そうなんだと思う、けど。
「えっと、ガスマスクの怪人さん、ですか?」
彩が最初に切り出してくれた。
こういうときの判断力と行動力は流石としか言いようがない。
「ああ、そのガスマスクの怪人の中身だ。背格好はだいたいそのままだろう?」
「あ、うん、そこはそうだけど…」
「そっかぁ…」
「は?え、嘘だろ?あれの中身がこれって…」
「マジかよ…」
怪人少女、私、彩、海斗、透真の順に言葉が出てくる。
「それで具合はどうだい?少し様子がおかしかったようだけど、アフターケアが必要そうなら準備はできているし、遠慮なく言ってくれればいいよ」
「あ、はい、まだ少し傷が残ってますけど、痛みはもうないです」
「俺もだな、このくらいならもうしばらくしたら治るだろう」
私達が驚いていることを気にせずに話を進めてきたのはなんとなくこの子があの怪人なんだって思わせてくれた気がした。
「そうか、ならメンタルの方のケアだけで良さそうか。あんなことが起きたんだ。平気そうに見せているようだが、なにかしら影響は出ているだろう?」
「それは…」
「まあ、なぁ…、あれは簡単に忘れられねえよ。もしかしたらダチが死んでたかもしれないんだし、な」
「・・・っ!」
海斗の言う通りだ。
私のやったことのせいで彩と透真が死んでいたかもしれないんだ。
そのこととあの赤い目が夢に出てこないわけがない。
「だろうな、なら行くとしようか。着いてきてくれ」
「…どこにだよ?」
「トラウマというものは原因を判明させて、それを解決すればいいものだ。時間が解決してくれることもあるが、俺達も関わったことである以上アフターケアはしておくべきだろう。ああ、もちろん、要らないというなら断ってくれても構わない。着いてきたとしても解決しない可能性もあるわけだからな」
「なんだよ、それ…」
「やってみないとわからないということだ」
「まあ、そうだけどよ…」
「そして、やらなければできもしないということでもある。おそらくだが気になることもあるだろう?出来る範囲で説明もするが無理強いはしない。だが、俺達は俺達で今後やるべきこともあるからな、今決めてくれ」
気になることはあるし、メンタルがやられてるっていうのも間違ってないけど、今決めろって言われたらどうしたらいいかわからない…みんなはどうするんだろうって思っていたら、すぐに返事をしたのがいた。
「行きます」
「行く」
しかも二人、なんで即決できるの?
「え、なんで二人共そんなすぐ決めれるの?どう考えてもヤバイよ?わかってるの?」
海斗が言いたいことを言ってくれたことに内心感謝してしまう。
「このままにしておいても寝覚めが悪い、いつまでもあれとダチをなくす夢を見たくねぇ」
「うん、解決できるなら早く解決したいよ」
「それは、そうなんだけど…ああ、うん、私も行くよ、元々私のせいだし…」
「えぇ、この流れで俺だけ行かないなんて言えないじゃんよ…」
「いや、自分の意思を押し通すのは悪いことじゃない。君だけ行かないという選択肢も俺は尊重しよう」
「いえ!行きます!行かせてください!」
「そうか、なら全員行くんだな、なら着いてきてくれ」
そう言って歩きだしていった怪人少女の背中を追って私達は着いていった。
これがなんのはじまりかなんて、このときはわかっていなかったけれど、怪人少女の迷うことのない歩みは私達を引っ張ってくれていたんだって思うんだ。
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