怪人少女は光の如く
サトー
そんな世界
街中に警報が鳴り響いている。
獣が吼えるような声が響き渡る。
いや、獣というには大きすぎるそれは、まさしく魔獣と呼ぶにふさわしい。
人々は逃げ惑う。
ひとり、またひとりと魔獣の爪牙によって蹂躙されていく。
ヒーローも魔法少女も存在する。
けれども、魔獣は一体ではない上に、さらにそれを統率する巨大な敵も存在する。
それ故にヒーローも魔法少女も足りず、またひとりと犠牲者が増えていく。
老若男女の区別なく、魔獣はその理不尽な暴力を振るう。
そして、今まさにとある少女にその蹂躙の爪牙が襲いかかろうとした。
兄弟姉妹だろうか。
少年は少女を守ろうと魔獣との間に割って入り、さらにその少年を庇おうと少年より年上の制服を着ている少女が少年達を抱きしめる。
現実は優しくはなく、もろとも魔獣の一撃で吹き飛ばされ、転がっていく。
庇っていた制服を着ている少女の周りに血の水たまりができていく。
庇われていた少年と少女も痛みで動けない。
それでも声を上げるのは大切な存在の死が近づいているからだろう。
ヒーローも魔法少女も人々を救うために戦っている。
ただ、圧倒的に手が足りないのだ。
こうなるように魔獣達は準備をしてきたのだから。
今、この街にいるのは中堅以下のヒーローと魔法少女のみ。
エースやレジェンドと言われるようなもの達はこの街から引き離されている。
そうしなければ、より多くの犠牲が出てしまうから。
取捨選択、より多くを生かすための犠牲。
苦渋の決断、どうしようもないこと。
見捨てられたわけではない。
残っているヒーローと魔法少女は間違いなくいるのだから。
それでも、救われない、救えない。
悪と言われる存在は容赦しない。
それが彼らなのだから。
ここはそんな世界なのだから。
そんな世界で少年達は声を上げる。
無力な自分には守れないと自覚してしまったが故に。
大切な人を助けてほしいという願いが故に。
「お姉ちゃん!嫌だ!誰か!助けて!」
そんな悲痛な声に応えられるヒーローも魔法少女もここにはいない。
けれど、応えるものは現れる。
それはなにかが潰れるような音と共に現れた。
それが現れたと同時に今までそこにいた魔獣は姿を消した。
そこに残っているのは赤い液体に沈むなにか。
現れたのは異形の右腕と翼を持つ黒尽くめの怪人。
その見た目だけなら制服を着ている少女よりも小柄だ。
ただ、その右腕はその身よりも大きく、そこからいくつもの金色の眼が覗いている。
さらにその背の悪魔を思わせる翼がその小柄な体格を錯覚させる。
顔にはガスマスクのようなものが付けられていて、素顔が見えない。
どう見てもヒーローや魔法少女という見た目ではない。
まさしく怪人と呼ぶにふさわしい。
何が起きたのか?
単純な話だ。
その翼で空を飛び、上空から速度を加えたその巨大な拳の一撃で魔獣を殴り潰したのだ。
あまりに急に起きたことに少年達は事態を把握できなかった。
それでも大切な人を想う気持ちが少年達を突き動かした。
「お姉ちゃんを助けて!」
怪人はその声に答えない。
「お願い!なんでもするから!」
それでも怪人は答えない。
なぜなら魔獣がまた現れたからだ。
少年達もそれに気づいたのだろう。
怪人が少年達の姉を助けるためにここを離れれば、少年と少女が死ぬということに。
世界は残酷だ。
なにかを選べば代わりになにかを捨てることになる。
『助けたいなら、お前達ができる範囲で応急処置をしろ』
ガスマスクのようなもの越しで聞こえてくる声は変声されており、男なのか女なのかもわからない。
それでも、助けようしているのはわかった。
痛む体を動かして少年達は姉の元へ行き、出血を止めるためにできることをする。
その間に、怪人は右腕から砲弾のようなものを放ち、魔獣を吹き飛ばしていた。
また別の魔獣は右腕の爪で引き裂かれ、そのまま右腕に喰われていく。
その喰われていく様は見ていて気分の悪いものだったのだろう。
咀嚼でもしているのか、取り込んでいると思われる音がまた悪くなる気分を煽っていく。
その様子を見ている人々の中には嘔吐するものもいた。
どんな姿であったとしても救われているのは確かだが、生理的に受け付けないのは仕方がないことなのだろう。
怪人もそれはわかっている。
それでも、使える力は使い、やると言ったことを成していく。
現れる魔獣をその右腕の形状を変化させ、潰し、引き裂き、撃ち、貫き…喰らう。
戦い方はともかく、その力はエースと呼ばれるヒーローや魔法少女に匹敵するものがあったのだろう。
それだけの力を持つ怪人が知られていないわけがない。
だから、知っている人々がその姿を見て、あるものは眼を焼かれ、あるものは恐れおののく。
数多いるヒーローや魔法少女、そして魔獣や怪人の中で二つ名で呼ばれる存在のひとり。
その怪人の二つ名は
あらゆるものを喰らう右腕を宿す化け物。
如何なる理屈よりも己の理屈を優先し、状況次第であらゆる悪と言われる組織だけでなく、ヒーローや魔法少女とも、ときに敵対し、ときに共闘する。
現実を見据え、理不尽を知り、されど折れず、曲がらず、ただただ己のやるべきことをやると進み続けたモノ。
そのために必要であるならと数多の犠牲を生み出し続けた理不尽を喰らう理不尽。
その在り方に魅せられたものはダークヒーローと評し、その被害を受けたものは憎むべき怪人と評す。
そんな評価を受ける怪人の手で魔獣が殲滅させられていくのは人によっては複雑なものもあっただろう。
それでも目の前のことは現実だ。
潰される音が、血の匂いが、燃える火の熱さがそれを教えてくれる。
魔獣がすべて倒された後、残された人々は喜んでいいのかわからなかった。
少年達もまだ姉が助かってはいないのだから。
『まだ息があるならさっさと病院へ行くぞ』
そう言って歩き出す怪人に助けられた人々の中から声をかける男がいた。
「あの…」
怪人は男の方を見て、聞き返す。
『なんだ』
男は怯えながらも言葉を出す。
「病院はそっちじゃないのですが…」
怪人は一瞬考えてから言葉を返す。
『俺はこの街に詳しくない。わかるやつがいるなら場所を教えてくれ。もしくは先導してくれてもいい。そこまでは付き合おう』
男はホッとしたような様子で自分が先導しますと、前に出て怪人と共に病院の方へ向かっていく。
ついてくる人々の様子を見て怪人は言葉を告げる。
『病院以外にも行きたい場所があるやつがいるかもしれんが、命が惜しかったら今は諦めろ。病院にはヒーローか魔法少女がいるはずだ。なら、そこに人は集まるだろうし、生きているならそこで会える可能性はある』
緊急時に病院に集まるのは避難マニュアルにも記載されている。
その言葉には納得せざるを得ない。
大切な人に会うためには自分も生きていなければ会えないのだから。
先導する男と怪人と共に人々は病院へと辿り着く。
辿り着き、病院にいるヒーロー達に人々を引き渡すときには、やはり一騒動起きてしまう。
世界的にも有名な二つ名持ちの怪人なのだから仕方がない。
だが、ヒーロー達も怪我人がいる以上、その対応をせざるを得ない。
なにより、怪人が本気になれば、ここにいるヒーロー達では止めることはできないことも理解している。
だから怪人が飛び去るのを止めることはできない。
怪人がこれから街で暴れている魔獣を喰らいにいくこともわかっているのだから。
そんな怪人の姿を見て、少年は声を上げる。
「イーター!ありがとう!」
ヒーロー達はそれを聞いて複雑な顔をするが、少年達を救ったのは間違いなく怪人なのだということもわかってはいる。
ただ感情がせめぎ合っているだけだ。
怪人は一度だけ振り向いたが、何も言わずに飛び立っていった。
飛び立った先でこぼした声は誰にも届かない。
『後悔はいくらでもしてきた…俺は俺のやるべきことをやるだけだ』
これはそんな世界のひとりの怪人の物語。
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