第19話 再びの市川家
「申し訳ありません!」
朝のリビングで土下座するような勢いのまま頭を下げる。昭三たちの目は点になっていた。彼女の真摯な態度は、形だけで本当に謝っているかわからない人間たちとは雲泥の差がある。
「これは私の不徳が招いたしまったこと。お二人には多大なる迷惑をかけてしまった」
二人の憔悴した顔を見て、シャリアは顔を歪ませる。胸を裂かれるような痛みを感じているのだ。
全てはガデスが仕出かしたことなのだが、そんなことはシャリアには関係ない。こういう事態を招いた己の認識の甘さに怒りを抱いていた。
そもそも彼女には市川両介の肉体を奪ってしまったという罪悪感がある。事件解決のためとはいえ、大切な息子を危険に晒しているという現実。責任感の強い彼女に耐えられることではない。
「この件は必ず私が収めてみせます。父上も母上もご心配なさらずように。どうか日々を安心してお過ごしください」
「あ、ああ、そのお前は大丈夫なのか?」
恐る恐るといった様子で訊ねる。心配はしているが戸惑うのは当然だろう。昨日とは態度があまりにも違うのだから。ここ数日間の息子の変わりようは混乱をもたらすには充分すぎる。
「もちろんだよ。元気一杯さ」
胸を張って力こぶを作る。両介の肉体には筋肉が付いていないが、それでも途轍もない力を発揮できそうに見えた。
「む、無理して学校に行かなくていいのよ。どこか悪いなら休んでいいからね」
優子は泣きそうな顔で気遣っている。息子の身を本気で案じているのだ。心なしか数日前よりも痩せた気がした。どれだけの心労を感じているのか。あんな顔をさせるのはしのびない。
「安心してよ。元気だけは誰にも負けない自慢なんだ」
もうツッコむのも疲れてしまう。間違っても自分では言わないことばかりだ。
「ともかくこの件は私に任せてください。ケジメは必ずつけるよ」
「いや、しかしな」
どんなに強く言っても昭三たちから見れば、子供であることに変わりはない。問題を解決できるとは思えないし、親としての責任も関わっている。
そもそもこんな事件を起こしたことが未だに信じられないのだ。これまでの行動や強い自信はさぞ奇妙に映るだろう。
「今日の朝食は私が作る。母上は休んでくれ」
「そういうわけには」
「いいから、いいから。元気を出すにはまずは食べることだよ。楽しみにしてくれ」
優子の肩を優しく触りながら椅子へ座らせる。喜びよりも困惑の方が大きい。浮かべる視線がとても痛い。
「あまり気負い過ぎないでよ。先がどうなるかわからないし、大人しく待つのも一つの手だよ」
シャリアは誰よりも責任を感じている。ここへ至るまでにガデスを捕まえていれば、このようなことにならなかったからだ。
しかしそれを追求するのはあまりにも酷だろう。どんなに優秀な刑事でも全てに手が届くわけではない。ましてや相手は宇宙に名を轟かす大泥棒なのだ。事件をスムーズに解決できるはずがない。
「やるべきことをやるだけだよ。今できることを探してね」
もちろん彼女はそれを理由に責任を投げ出したりしない。無辜なる人々の生活を守るために全てを懸ける。彼女の背負っているものだ。
シャリアは常に前へと進んでいく。停滞とは無縁の存在だ。長所でもあるのだが困った点でもある。
「彼に変わったらどうするのさ」
最大の問題である。いくらシャリアが頑張っても、ガデスが台無しにしかねない。
「だからといって何もしない訳にはいかないよ」
「じゃあどうするのさ」
「何とかするよ。行動あるのみだ」
昨日から同じことの一点張りである。具体的な方法や対策などは返ってこない。これが他の人物なら問題を先送りにしているようにも取れるのだが、相手はシャリアである。間違っても現実逃避や誤魔化しなどはしないだろう。むしろ強い意志が伝わってくる。
ただその行動がとんでもないことになるのは困る。彼女の気持ちはわかるが違う意味で暴走が始まるからだ。本人にそのつもりがないのがかなり痛い。
「君も行き当たりばったりなところがあるよね」
真面目で勉強熱心。学校も首席で卒業しているのだから頭は良いはずなのだが、どうにもそんな片鱗は見られない。むしろ脳みそが筋肉でできているような感じがする。特に力づくで解決しようとしているところなどが。
だがそれは犯罪者にとって脅威だろう。
彼女の意志は宇宙を貫くほど固く、その力づくは惑星すら捻じ曲げそうだからだ。仮に脳みそまで筋肉だとしても、どんな鋼鉄よりも硬い。
何しろブラックホールに落ちても自力で戻ってきそうな女性である。よくもこんな相手と追いかけっこができるものだ。何となくガデスの苦労がわかる気がした。
「まずはご飯からだ。腕によりをかけるぞ」
張り切りながら豪快に食材を調理し始める。今日の朝食は腹が膨れそうなほど多くなりそうだ。
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