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「やぁ。いつのものを頼むよ」
砂漠の街に住むツゲンは、砂避けのゴーグルを額にずらし、マーケットの店員にお馴染みの挨拶をした。
「オーケー、ツゲン」そう答えたのは、いつもの太った店員だった。
ツゲンは気さくで、店員も気さくだったので、二人のやり取りはいつもご機嫌だ。
「調子はどうだい?」とツゲンが聞く。
「どうもこうもないよ。知っての通り、深刻な鉄不足さ」
店員はそうため息を吐きながら、重さ五〇キロほどの鉄クズをツゲンに渡した。
「これだけ?」
「そう、これだけ」
「本当に深刻なんだな」
「物資が届かなくてね」
肩を竦める店員。困った様子だが、鉄が手に入らなくなるのはツゲンにとっても困ったことだった。なにか解決策がないか、頭の中で探ってみる。
「聞けば、荒れ地の向こうにある山岳地帯に船の残骸があるそうじゃないか。だれか取りに行ける人はいないのかい?」
「あの辺はやめておいた方がいい」店員は神妙そうな顔で答えた。「呪われた土地だ。あの地に足を踏み入れた者は二度と帰ってこない。それに、そもそも山に船はない。その話は嘘っぱちだ」
「はは。たしかにそうだ」
おしゃべりはこれくらいにしておこうとツゲンは言い、鉄くずを抱えてマーケットを後にした。ツゲンの家はそこから徒歩で数分の場所にある。途中、砂漠の砂が町全体を覆い尽くすほどの風が吹いた。規模こそ大きかったが、そこまで強い風ではなかった。目にゴーグルを当て、防塵マフラーとマントに深く身を包む。
ツゲンの家は、自宅と工房を兼ねていた。砂嵐の中、シャッターを閉じたガレージの横の小さなドアから中へと入る。風の音が一つ小さくなって、パチパチと砂が建物を叩く静かな音になった。
「オカエリナサイ」
ガレージから声がした。緑色のライトが二つ、薄暗闇の中で光っている。
「あぁ。ただいま」
二つのライトは、ツゲンの声を聞くと安心したように瞬きをした。そして、天を仰ぐようにその視線を天井へと向ける。
「ボク。モウ、死ヌノカナ」
「心配かい? でも大丈夫だよ。君の動力はまだあと六〇年は機能する。そして、おれがこれを使って、君のケガを修理する」ツゲンは、マーケットで買ってきた鉄くずを自慢するようにロボットに見せた。「だから安心して」
笑顔を見せると、ロボットは安心したようだった。
「アリガトウ。ツゲンハ、トテモ、ヤサシインダネ」
「それがおれの仕事だから」
ツゲンはガレージの電気をつけた。車一台が入れるか入れないかの狭いガレージだ。天気がいい日はシャッターを開けて作業するが、砂嵐が通り過ぎるまでは無理そうだ。劣化した窓ガラスが砂色に変色している。足元にガラクタが散乱している。そのガレージの中央に寝台があり、ロボットはその上で横になっていた。
ロボットの修理を終える頃には、砂嵐も過ぎ去って、外は晴れ渡っていた。ガレージのシャッターを開けたツゲンは、綺麗な赤い街並みと綺麗な赤い空を見上げて息を呑んだ。
「すごい。見てごらんよ。とても綺麗な青空だ」
「本当ダ。デモ、空ハ赤イノニ、ドウシテ青空ッテ言ウノ?」
「さぁ。でも、その熟語がそれそのままの意味を持たないことは稀にあることだよ」
「ツゲンハ、物知リダネ」
「君の方こそ、通信回路も修復したんだ。ネットワークに接続すれば、おれなんかよりもっと利口で賢くなる」
「ウン。怖イケド、接続シテミルヨ」
「怖い? 一体どうして?」
「ネットワークニ接続スルト、色々ナアップデートガ始マル。自分デ制御デキナイ変化ガ引キ起コサレル。僕ガ僕デナクナテシマウカノヨウナ恐怖ガアルンダ」
「そうかい。おれの事も忘れてしまう?」
「ソレハ大丈夫。ツゲンノコトハ、大好キダカラ。ドンナニ記録ガ上書キサレテモ、ズットズット、忘レナイヨ」
そう言うとロボットは自身をネットワークに接続し、自分の居場所を思い出して、ツゲンのガレージから去っていった。
ツゲンから見ると、それは不思議な光景だった。
ロボットたちは人間と戦争をしている。しかし、傷ついて倒れ、ネットワークから切断されたロボットたちは人間に対して敵意がない。そして彼らは再びネットワークに接続されても、北の戦地ではなく反対方向の南に向かって歩いていく。
ツゲンが直したのは、今のロボットが初めてではなかった。もう何百体目かは数えていない。はじめの一体がこの街に迷い込んできた時は大騒ぎになったが、彼らに敵意はなかったし、遠くの都市で使えるクレジットでの支払いもできることもあって、ツゲンが彼らを修理することを街の代表者たちが取り決めた。鉄を溶かして部品にして、壊れた部分と取り換えてやる。
ツゲンは、その仕事を任されてから、とても人生が楽しくなったと感じていた。どこからともなく現れる傷ついたロボットたちを修理し、優しくしてあげると、彼らはとてもホッとした様子を見せる。強い緊張が強いられる環境にいたことは間違いない。それが、ツゲンとの出会いをきっかけに、彼らは戦争から解放され、きっとどこかで集落でも作り平和に暮らしているのだろう。
いつかそこに行けたらいいなと、ツゲンはロボットの背を見送りながら思っていた。
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