第8話

「ありがとうございます。むしろ、この国で過ごしたいと思っていましたから、許可をいただけたようなものですし光栄です」

「ならば、爵位と家はもらってほしいのだが。これはあくまで取引のようなものだ」

「取引と言いますと?」

「ヴィレーナ殿はブブルル王国の王から聞いていなかったのか? 我が国で聖女の力を貸して欲しいと、父上が何度も交渉に行っていたのだが……」

「初耳です」

「そうだったのか。あまりにも法外な金額を請求してくるもので困っていた」

「いくらほどで?」

「一度の聖なる力で、王金貨百枚を要求されていてな。それが毎日となれば予算が足りない」


 さすがに少しカチンときてしまいました。

 王金貨は金貨の百倍の価値がありますから、たった一度の聖なる力で十億円を要求していたことになります。

 私の年棒は、金貨一枚+残り物の晩餐+小さな部屋での寝泊りでした。

 もちろん侍女などもいませんので部屋の掃除なども自力です。


 仕事としては、毎朝聖なる力を使うことと、王宮の掃除などをこなすことでした。


 私が一年で金貨一枚しかもらえなかったのに十億円も他国に請求していたとは、ブブルル王国はどれだけぶんどっているのか。

 メビルス王国に嫌がらせのようなことまでしていたと思うとムッとなります。

 こんなに優しくしてくださるキーファウス殿下を見ていたら、ついついそのまま言ってしまいました。


「――ですから、毎日残り物の晩餐、それから昨日泊めてくださった部屋よりもっと狭い部屋でいいので住居をください。それさえ承認していただけるのでしたら、年に金貨一枚で毎日この国で聖なる力を使いますよ?」

「なななななななっっっっっっっ!?」


 あー、やってしまいました。

 私からこんなに要求してしまうなんて、欲に飢えた女だと思われてしまったことでしょう。

 キーファウス殿下が信じられないと言った表情を浮かべているではありませんか。

 でも、私だって生きていかなければなりませんし、お金と住む場所は必要です。

 一応聖女というお仕事としてブブルル王国では仕えていたので、これは交渉です。


「安すぎる!!」

「え?」

「あまりにも釣り合いのなさすぎる取引だ! そこまでブブルル王国の王たちに我が国の財政難を聞かされていたのか?」

「財政難?」

「このままでは我が国の財政は破綻する。つまり、国として機能しなくなるということだ」

「はい!?」


 初耳でした。

 ブブルル王国で聞かされていたのは、『メビルス王国はお金を稼ぐためには貴重な国』と……。

 もしかして、ブブルル王国がこの国のお金をぶんどっていたのではないかという疑惑が浮上してきました。


「ちょっと待ってください。では今いただいた金貨と銀貨は!?」

「それは受け取ってくれて構わない」


 そう言われましても、国が破綻するかもしれないほど追い込まれている状態で素直に受け取れる気にはなれません。


「おいしい食事とお風呂、ふかふかのベッドで寝かせてくれた恩もしっかりとお返ししたいのです。そのお礼ということで、毎日聖なる力を発動するというのはどうでしょうか? 決して安すぎだとは思っていません」

「しかし……」


「次期国王陛下なのでしょう? 国家破綻する前に少しでも対策をするという意味でも、私に対しての報酬なんていりませんよ」

「ヴィレーナ殿は欲がなさすぎる。たしかにヴィレーナ殿の聖なる力は喉から手が出るほど、今の我が国にとっては欲していることは事実だが……」


「一日一度でしたらちょっとだけジョギングする程度の負荷です。それだけでごはんとお風呂、寝床を要求してしまうこと自体が図々しいかなと……」

「そんなことはあるまい。ヴィレーナ殿は自分の凄さが理解できていないような気もするが……。だがこのままではヴィレーナ殿も納得しないだろう」


 そうなんです。

 ブブルル王国の報酬を基準に考えていますので、キーファウス殿下が無理をしているとしか思えません。


「しばらくの間、この王宮にて過ごすが良い。昨日の客間を無期限で貸し出そう」

「あのスウィートルームを!?」

「すうぃーとるーむとはなんだ? ともかく……、せめてこれくらいはさせてもらいたい。むろん、食事、入浴、専属の侍女は配属させよう。金貨などの報酬に関しては必要になったら言ってくれればいつでも渡す」

「そんな至れり尽くせり……。せめて王宮の掃除や王族への食事作りはさせていただ――」

「全くもって無用! 自由にしてくれて構わぬよ」

「は、はぁ……」


 メビルス王国の待遇、交渉をこんなに断っているのに良すぎませんか!?

 王都にモンスターが現れないようにすることなんて、聖女として当たりまえの行為ですしここまでしてもらうほどのことではないのですが……。


「ヴィレーナ殿の力はそれだけ我が国にとっては重要だということだ。本来ならばブブルル王国に王金貨を何百枚と支払う覚悟すらあったくらいだ。今も父上がブブルル王国へ出張し、交渉しているのだよ」

「私はもうあの国にいませんからね」

「父上が帰られたら、さぞ喜ぶであろうな」

「喜ぶ? わかりました。しばらくの間、お世話になります」


 昨日、カイン騎士団長とキーファウス殿下があんなにも喜んでくれたことは、私も嬉しかったのです。

 私がここにいるだけで国王陛下までもが喜んでくださるのであれば、一度その笑顔を見てみたくなりました。

 神様からも、幸せになってほしいと言っていましたし。

 私は、この国の人たちの笑顔を見て幸せを掴みたいなと思えるようになってきました。

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