神美派Ⅹ
翌日、ホテルにて軽く朝食を済ませ、またアートアカデミーをぶらつく。依然として謹慎期間は終えていないため、ただただ歩き回るのみだ。謹慎はいつ解けるのかと聞くと、ライは二日三日でもいい気はするも、なんだかそれだと甘すぎる気がするからとのことで五日後と言われた。珍しくモネは歯痒い顔をしたものだが、一晩寝て忘れたのか、先を歩く彼女は鼻歌を歌っている。心地よい。
「モネ、今日はどこか行くのか?」
呼びかけに翻ってこちらを向き、人差し指を顔の輪郭に沿わせる。
「んー、なーんにも特に決まってないね。リベルはどこか気になるところあった?」
「いいや」
「そか、意外だね」
「どこがだよ」
「リベルは知らないことが多いから好奇心の化身かなんかだと思ってたからさ。じゃ、やっぱり昨日と同じく適当に見て回るしかないかー」
「うん。うん?」
「お、いいね」
指針を決めかね鼻歌をする気が失せてしまったモネであったが、それも束の間で済んだ。特段に興味の持つものがないと言っていたリベルの視線は一点に注がれている。
それは写真を撮り合う少女たちであった。
「ねぇ、ちゃんと盛れてる?……ぜんぜんダメじゃん」
「えー、けっこうかわいいと思うよ」
「いやヤバいでしょ。この目とか、小顔にもなってないし」
「はいはい、じゃあもう一回ね」
そうしてまた写真を撮る。今度も納得いってないらしい。
「モネ、あれは何をしてるんだ?見た目と写真が全然違いすぎて別人だぞ」
「うわぁ、他人の画面覗きこんじゃうタイプなの?リベル。やめた方がいいよ」
「見えちゃうんだから仕方ないだろ。不可抗力?だ」
「そうはそうだけど、マナー的にさ」
「なんだそれウマいのか?」
リベルの顔は存外にしわが深い。
「そんなわけないでしょ」
「とにかく、あいつらは何をしてるんだ」
「あれはまぁ、自撮りじゃないの?もしくはポートレートかな」
「自分を撮るにしたって、あれは自分じゃないだろ」
モネはいつもと違ってさらりと答えない。何かためらっているようだ。
「あー確かに、別人だね」
「おかしいだろ」
「うん……かもね。でも、せめて写真の中だけでも綺麗にしたいんじゃないかな」
「それが目的なのか」
「どうだろ。もしかしたらその写真を見せて……いや、ここは美の価値域だからね、その美しい写真を物と交換して暮らしているんじゃないのかな。美しければ美しいほどもっといろんなものと交換できるわけだからね。うん。私ながら良い答えだね」
「それなら納得がいくな」
「でしょ。よし、今日の一歩も進めたね。後は気ままに散策しよう」
また移動する。
グラウンドに出てみると先日見かけた扇状の舞台に人々が集まっていた。モネによればここでこれから演劇が始まるらしい。荘厳なセットが出てきて、役者たちが演技を始めた。物語を現実に再現している。元の物語がどんなものかは知らないにせよ、とても情感のこもったものだと思う。しかしはリベルは思う。
「なんか、綺麗とか美しいっていう風には感じないな」
モネは隣でこの価値域に来てから一番まっとうに熱心に見ているようで、リベルは発言したはいいものの若干の後悔を覚える。すぐに返事はなかった。耐え切れずリベルがモネの視界に手を挟み込むとようやく反応してくれた。
「どうしたの」
ささやくような声だ。距離もさらに近くなってこそばゆい。
「いや、その、綺麗っていう風には、思わないなって……思って……」
モネは何度か目を瞬かせ、破顔一笑する。
「そうだね。ここには綺麗なもの、美しいものしかないから、視界だけでなく頭もそれでいっぱいにすれば何も思えないかもね。大抵の言葉っていうのは対となるものがないと画定しないものね」
ふるふると震えるリベルはそれでも何とか声を出せた。
「うん。それにさ、ここって神美派だろ。なのにあんな連中ばかりなのはどうなんだ」
「おお、もっともな疑問。その答えは……答えの足掛かりとなるものは近いうちに見れるよ。美の秤ノ守のパレードが開催されるからね。その時、また今日のことを思い出してみなさい。あんまり話し過ぎると怒られるからここらへんでね」
モネは口元に指でバツ印を作って舞台に向き直した。やはりこの価値域はとんと奇妙である。
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