神美派Ⅷ

「どうすればいいんだぁ?もうわからなくなってきたぞ」


 ひじ掛けも付け終わり、ゆらりゆらゆらロッキングチェアでリラックスしきっているモネに向けてなのか、リベルが両手で顔を覆いながら言う。その場にしゃがみ込み、動く気配もない。先ほどの青い太陽は気に入らなかったようで今度は真っ黒に染めてしまっていた。


「黒い太陽ね。いいんじゃないの?」


 陽気の抱擁の最中のモネがうっすらと目を開けてよこす。


「どこがだよ。青よりも全然太陽に合ってないじゃないか」


「そうだけど……。ね、リベル。黒ってどうやって作るかわかる?」


「とにかくいろんな色をごちゃまぜにする」


「そ。黒にはね、黒という色の名前がついてるだけで、その実、たくさんの色が混ざり合っているんだよ。そういう意味ではリベルの思う太陽に近いのかもよ」


「なんか変じゃないか?」


「そう?」


「うん。とりあえずにしても、どうしたってこの色じゃ、あの眩しさはないだろ」


「確かに。目に優しいよね。ま、私からすればなんでもいいからね。しばらく寝るから、話しかけないでねー」


 モネはリベルに向かって手をひらひらと舞わした後、寝に入った。確認のため、リベルが立ち上がってその顔を覗くにご満悦なようだ。


 まったく気楽なものだと思う。こちらはこれほど頭を悩ませているというのにだ。もちろん、自分にも本来的には備わっているだろう。だがそう思うだけ羨ましいのだ。羨ましい?もしくはこれが疎ましいというものなのか。リベルはまた一つ考えることが増えてしまった。悩むということもできないほどに至り、パンク寸前である。一度自由になるため、花壇の方に足を向ける。先には外に出てから二時間ともなろう時を花とともに過ごし続けているライがいる。


「なぁ、ライ。ちょっといいか」


「なんだい?質問かな。できうる限り最大限、対応するよ」


 随分と満開の笑顔になったものだ。


「うん。ライは太陽の色って何色だと思う?」


「えっと、それは……どういうことかな。見たままでいいなら、白、かな?」


「はぁ。もういい」


「ええ!ちょっと待って!ごめんって!ああっと、そうだ!赤とか、黄色とかもいいんじゃないかな!温かいからね!」


「うん。本当に、もういいよ」


「ごめんよ。僕は……大したことはできないから、ね」


 花はこれほどすぐに枯れるものだったか。ライはうなだれ、立ち尽くすのみになってしまった。頑強な根だけを残しているようだ。しかし、よく見てみれば、その手には見慣れないものが握られていた。中庭に入ってくるときには手ぶらだったことからして余計に気になるリベルである。


「ライの手のそれはなんなんだ?」


「これかい?これはね、虫眼鏡だよ。小さいものを拡大して見ることができるようになるものさ」


「へぇ。ちょっとやってみたい」


「いいよ!じゃ、使い方を軽く教えるね!」


 ライから虫眼鏡を受け取り、言われた通りにやってみる。ライはこれで花の細部の観察をしていたらしい。今後の絵の資料収集のため、とのことである。確かに、小さいものがよく見え、花の部分だけでなく、茎や葉の部分も様々に特徴があることが分かり、絵の平面性から脱却できそうだと思う。


「面白いな。こんなに世の中は細かくできているんだな。長い間、洞窟に居たらしいから知らなかった」


「そうでしょ!」


 ライは大げさにガッツポーズをし、喜ぶ。しかしそれも束の間で、すぐに神妙な面持ちに変わった。


「……それにしても、洞窟?居たらしいっていうのはどういうことなんだい?」


「それは——」


「ああ!虫眼鏡持ってる!いいね!それじゃ、リベルのこの黒い太陽を消してあげよう!」


 モネが割って入り、強引に会話を取り消す。さらにはリベルの手から虫眼鏡を奪っていった。


 周りに何もないかを確かめ、黒い太陽を地面に置く。虫眼鏡をその上に構えて上げ下げを繰り返す。地面には小さな白点が映る。ポイントともいうべき程にその点が小さくなった時だ。黒い太陽から火が上がった。火が広がり続ける。そして太陽の縁にまで達すると、モネが消火した。出来上がった絵をリベルに渡す。


 黒い太陽が白い画用紙から消えた。太陽だけだ。太陽だけがない。そこにあったという痕跡だけを残して消えた。


 リベルは驚喜した。


 太陽の力強さを十分に表現できていると思ったからだ。


 だが、同時に残念にも思った。


 太陽が焼いたのが自分だけだったからだ。


「どうにもやっぱり、違うんだよなぁ」

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