第四話 二度目の学校生活。
記憶が戻ってはじめての朝を迎える元男の少女、夏月杏子は長期休暇明けのような憂鬱な気分であった。
「あーつれー。」
大きな目を覆う瞼も半分しか開かず、無理にでも開けなくてはと洗面台で冷たい水を叩きつけるように顔へぶつける。
鏡に映る顔をよく認識できるほどに目が冴え始める。
「やっぱり今日も俺は可愛いな。」
自分の顔を見て憂鬱な気分が僅かに吹き飛ぶ。
朝食を済ませ、制服に着替えて玄関の扉を開ける。
「おはよう。」
玄関の前には隣に住む妻であるスタイル抜群の少女が立っていた。
「おはよう!」
妻に会えた安心感からか声が普段より大きかった。
「昨日家で何かあった?」
表情から妻が読み取る。
「色々心配してた事もあったけど家族とはうまくやれそうだよ。」
「ならよかった!」
妻も嬉しそうに答える。しかし、杏子には心配事はまだあった。それは家族のこと以上に大きなことである。
「問題は学校だよな。」
ため息をつきながら、小さな肩が弱々しく丸くなる。
「うちの学校はあなたには合わなさそうだものね。」
と妻も薄々気づいてたのであろう。小さく頷きながら答える。
彼女たちの通う学校は私立華ノ宮学院という名門の小中高一貫校であり、金持ちの集まるセレブ高であった。
「ボンボンの連中なんかと俺が合うと思うか?それに…」
杏子はそこから先を話すのを止めた。
この学校で妻が男子生徒から人気があり、近づこうとしてくる輩がいるのではと懸念している。今の所、妻は才色兼備の有名資産家の令嬢という事で、皆恐れ多く話しかけられないという現状だ。
「それに私が他の男子生徒のものになるんじゃって心配してる?」
妻が憎たらしい笑顔でこちらを見る。
「ち、ちげーよ。心配なんかしてねーよ。」
心を見透かされているのか、思わず恥ずかしくなり顔が赤く染まる。
「安心して、どんなことがあろうと愛し合うでしょ。」
妻の顔が近づく
「え?え?」
元男の少女の唇に少女となった妻の唇が小さく当たる。
「杏子ちゃんの初キスゲット!」
妻が悪戯に笑った。
「おい!何すんだよー!」
りんごのように頬を赤く染めた少女が怒る。
「夫婦なんだから普通でしょ?」
「それに杏子も学校中の男子生徒のアイドルだよー!」
杏子は嘆き叫ぶ。
「やめろー!!!」
桜子がキャッキャと笑い、春が過ぎどんよりと湿気た空気の通学路はいつもより爽やかなものとなった。
クラスが違うため桜子と別れて教室へ入る。
妻と離れ離れになり心細くなった、自分に気の小ささを自覚したが、友達が話しかけてくれるだろうと淡い期待を持って席に座る。
しかし、おかしい誰も話しかけてこない…
「忘れてた俺って友達いなくね?」
重大なことに気づき顔を伏せ、ホームルームが始まるのを待った。
記憶が戻る前の杏子の記憶を巡った。典型的なおとなしい陰キャで、人嫌いではないが特に他人に関心がなく積極的に人に話しかけるわけでもない。男子とよく目が合う。
「典型的なボッチか…」
「はぁー」とため息を吐きながら担任教師が扉を開ける音ともに顔を上げると、数人の男子生徒がこちらを見ていだのだろう、目線を外すように前を向いた。
「これモテてるよな。勘弁してくれよ。」
学校生活に自信をなくし、午前中の授業は心ここに在らずであった。
昼休み妻は生徒会の仕事だかで、普段一緒に食べている昼食を一緒に食べれないとのことだ。
これをいい機会にしようと、クラスの一番イケてそうなグループに話しかける。
「俺のルックスなら、これ位のグループに所属しないとな。」
かつての不良だった中学時代に学校にほとんど行かず不良仲間と遊んでいた彼でも、学校のヒエラルキーを理解していた。カーストが低いグループの人間やぼっちなどは搾取される側で、この小さな人間社会ですら、弱肉強食であると。
「あの!俺…いや、私と一緒に食事しない?」
杏子は自分がカワイイからどのグループにも歓迎されると思ったが、現実は違った。
「何さんだっけ?わからないけど、あそこのゲーマー男子集団と食べれば?姫みたいに扱ってもらえると思うよ?」
ポニーテールの運動部っぽい女子があからさまにアナタのこと嫌いですと言うように答える。
「いつも一緒のお姉さんみたいな?人にも嫌われたのかな?」
一緒に食事している女子も続けた
元不良の少女は思わず、怒鳴って言い返そうとしたが、なぜか声が出ない。
居た堪れなくなった少女はお弁当を持ったまま走り出した。
中庭にあるベンチに逃げ、ちょこんと座ってお弁当を膝に乗せた。お腹が空いてたはずなのにご飯が喉を通る気がしない。
「少女の記憶を辿っても虐められていた記憶はなかったけど、そうだよな。」
少女は自分が周りからどのように見えているかをなんとなく悟った。
無口でいて、人と積極的に仲良くしようともしないのに、かわいくて男子からは人気、そして綺麗で資産家の令嬢とは幼馴染。
「憎まれない方がおかしいよな…」
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