エピローグ
コトリ、今回のツーリングだけど、
「不満は受け付けん」
不満って程じゃないけど、ちょっと偏りがあった気がしてさ、
「鯖寿司美味かったやんか」
そりゃそうだけど、
「ソースカツ丼も良かったやろ」
ああいうのも旅の楽しみだけど、
「鹿蕎麦とか鹿カレーはなかなか食べられへんで」
たしかに。でもさぁ、でもさぁ、
「大原の温泉もなかなか入る機会無いで」
京都市内の温泉が珍しいし、神戸からなら京都市内に泊るってことがまずないものね。
「寂光院も火事になってから行ってへんやろ」
焼失したのは惜しんでも惜しみきれないけど、立派に再建されてたのは嬉しかった。でもだよ、たったあれだけの距離に時間かけ過ぎじゃない。
「そない言うけど、駆け抜けてもたらオモロないで」
おかげで熊川宿はゆっくり見れたし、朽木も行って良かったと思ったよ。
「ユリがタンデムやから無理さしたらアカン」
それもわかるんだよ。亜美さんに丁寧に解説してあげたのも。
「コースかって敦賀からは初めての道が多かったやろ」
近畿にまだこんなコースがあったのかと思ったもの。鯖街道も絶景ロードじゃなかったけど、あれはあれで気持ちが良い道だから人気があるのもわかったもの。
「それやったら文句あらへんやろ」
そうなるのだけど、このお話ってツーリングの楽しさがメインじゃない。あんなに途中停車が多くて、それもあんなに長いとリズム感は悪いと思わない。これじゃ、歴史ムックじゃない。
「今回はそういうツーリングにするって宣言してるやろ」
そりゃ、そうだけど、宣言したから問題無しって態度は良くないよ、
「歴史ムックやけど、あれでもだいぶ端折ってるねん」
たとえば、
「微妙過ぎるとこやねんけど・・・」
朝倉側から見た南の防衛線を考えるのか。そんなもの木の芽峠じゃないの。
「そやないと思うんや」
コトリが言うには木の芽峠は天然の要害になるだろうけど険し過ぎるって言うのよね。
「そうやろ。本気で木の芽峠で阻止したいんやったら城の一つぐらい作るで」
言われてみれば。最後に信長に攻め込まれた時だって、信長軍は木の芽峠を越えただけだものね。木の芽峠が越前への最終防衛線なら、もっと抵抗があったはず。だったらどこなのよ。
「敦賀は一乗谷から見たら木の芽峠を越えた飛び地みたいに見えてまうけど、そやなかったと思うんよ。当時の街道を考えたら疋壇城を抑えたら敦賀はかなり守れるで」
古代の愛発関があったところだけど、あそこは山中越も、塩津街道も、刀根越も集まって来るから近江からの防衛を考えると重要な戦略拠点だったはず。敦賀には若狭からのルートもあるけど、当時は若狭武田家の内紛に積極介入してるぐらいだから、そっち方面は守るより攻める意識が強いはずよね。
「そこを信長は利用した気がするねん」
朝倉は浅井と同盟を組んでるのだけど、北近江の浅井が信頼できる同盟国になれば、対浅井の防御兵力は薄くなるのか。その兵力で毎年のように国吉城に攻めかかり、椿峠を突破しようとしたのかも。朝倉の戦略が若狭に傾けば、後方基地としての金ヶ崎城の位置づけも重くなるよね。
「そこを弱点と信長は見たんちゃうやろか」
朝倉と若狭では朝倉の方が遥かに強いから、金ヶ崎は後方拠点ではあっても補給基地の性格が強かったぐらいと考えるのか。なるほど最前線の拠点じゃないし、
「本国からは木の芽峠があるさかい、そないに行き来しにくいやんか」
朝倉が戦力的に優位と位置付けている若狭方面から攻め込めば、朝倉防衛線の弱いところを一撃で衝けるぐらいの戦略か。
「若狭からやったら手筒山城も、金ヶ崎城も一日で攻め込めるやんか。この二つを落としたら木の芽峠は険しいけど越えるだけの峠に過ぎん」
史実もそうなってるし、浅井の離反がなければ一乗谷に向かって怒涛の進撃をやっていたかもしれない。
「ああ、怒涛の快進撃を浅井に見せつけるのが信長の意図やったんかもしれん」
そこまでになれば、浅井も勝ち馬に乗る保身に走るぐらいの計算か。でも浅井は離反してしまった。
「そこもやねんけど・・・」
浅井の動向の情報は信長も手に入れにくかったのじゃないかって。そっか、そっか、疋壇城が朝倉が抑えていると浅井の情報は、
「若狭回りになってまうやんか」
疋壇城は信長公記には、
『引壇之城是又明退候』
たぶん手筒山城が落ちてから、金ヶ崎城を明け渡したのと同時で良いと思う。疋壇城も信長に明け渡しているから、金ヶ崎城の城兵と一緒に木の芽峠を越えて撤退したはず。
「そこも微妙ちゅうか、ようわからんとこや」
なになに、信長は明け渡された疋壇城に滝川喜右衛門、山田左衛門尉を派遣して、
『塀矢蔵引下ろし破却』
交通の要衝のはずの疋壇城を利用しなかったのか。たしかによくわからないところだよ。疋壇城を抑えれば近江からのルートを遮断できるのに。
「そやろ。そやから信長公記の記述はちょっと前後しとる気がするねん」
コトリは疋壇城を信長が手に入れた時にやっと浅井の最新情報を手に入れたと考えてるのか。これを知った滝川、山田は信長に急報。信長は城を破却して撤退しろの命令を下したぐらいか。
「つうか、引き続き浅井情報を中継しながら浅井に拠点を与えんようにした気がするねん」
信長公記でも疋壇城を手に入れてから一気に浅井離反の話に雪崩れ込んでるものね。
「もうちょい言うたら、信長は手筒山城攻撃の時には滝川、山田を疋壇城に既に派遣しとったと思うねん。そりゃ、疋壇城を抑えたら浅井の防衛になるし牽制にもなるやんか。そやけど、疋壇城からもたらされたのは既に離反や」
そう読むのはそれほど無理はないか。浅井の離反は信長が椿峠を越えて敦賀に攻め込んだのがやっぱりトリガーとしか言いようがないね。そんな浅井の勝算は、朝倉軍の追撃の成果にかかっていたよね。
「史実では信長はあっさり撤退してもたけど、浅井がどれだけ敦賀情報を持っとったかは疑問や」
離反を促す朝倉の密使ぐらいは行ってるでしょ、
「そうやねんけど、浅井の戦略を決定づける情報は手に入らんかった気がする」
あっ、そういう事か。疋壇城に信長軍が迫った時点で朝倉の最新情報は浅井にも伝わらなくなるのか。そうなると浅井が描いていた戦略は、
「史実では手筒山城がその日に落ちて、金ヶ崎城は翌日に開城やけど。もうちょっと頑張るはずやと浅井は考えとった気がするねん」
頑張ったらどうなるの?
「そんなもん、疋壇城に進んで敦賀に攻め込んで姉川や」
疋壇城まで浅井が兵を進め、一乗谷から朝倉の本隊の到着を待って決戦の段取りか。でもさぁ、そうなっても信長はやっぱり逃げるんじゃ、
「信長やったら逃げそうやけど、史実とはだいぶ条件が変ってまう。疋壇城から気比神宮まで二里ぐらいやねん」
史実と違って撤退する信長軍の横腹をいつでも衝ける位置に浅井がいることになるのか。若狭に撤退するにしても、浅井をどうにかしないと大損害を被りそうだ。そうなると、
「敦賀で姉川やったかもしれん」
可能性としてあるよね。信長軍は健在だから、敦賀で快勝して撤退する戦略はありだと思う。そうなると金ヶ崎の退き口で運命を分けたのは、手筒山城と金ヶ崎城のあまりにも早い落城だった事になる。たとえ一週間でも頑張ってれば歴史が変ったかも。状況によっては信長だけでなく、家康も秀吉も一網打尽だった可能性まであるものね。
「それでも生き残ってまうのが英雄やねんけどな」
それは言えてる。もう少し言えば、そういう可能性があっても勝ってしまうのも英雄とも言える。そんなのたくさん見てるもの。よく悲劇の英雄とか、悲運の名将なんて表現があるけど、悲劇や悲運に見舞われるのは英雄でも名将でもないと思ってる。
とくに英雄というのはラッキーが団体さんで押し寄せるってこと。だからこそ時代を創れるの。あれは歴史の女神が微笑んでいるとしか言いようがない。
「それが歴史や」
逆にどんなに才知に優れ、人望があろうとも幸運に恵まれないものは歴史の荒波に消えてしまうってこと。
「光秀のことか」
三成もね。天下を争えるほどの人材であれば、ちゃんと天下を運用できるのよ。個人的には三成の天下を見たかったかな。
「あの辺は秀吉の衰えやろ。秀頼が生まれたんが遅かったんは同情するけど、ボンクラまで言わんでも、そこそこの息子やったら受け継げる形にしてへんのが悪い」
秀吉の衰えは、次は家康の機運が醸し出されていたと歴史小説家は書くけど、あれだってどこまでかは適当のはず。だってだよ、関が原で西軍に加勢した大名がどれだけいると思ってるのよ。
「コトリもそう思う。家康って言うほど人気があらへんかった気がするねん。もっともやが、家康に取って代われる人材がおったかと言われると思いもつかん。三成じゃ、荷が重すぎるわ」
あれも英雄が為すナチュラルコースよね。
「ああ、大坂の陣を戦うまで寿命があったんもな」
秀吉並みの寿命だったら、大坂の陣の指揮を執るのは秀忠になるけど、秀忠に家康みたいなカリスマ性はないから大坂城は落とせなかったかもしれない。
「というか、秀忠の才能はそっちやあらへんから、なんやかんやと丸め込んで、最後は三万石ぐらいの小大名で生き残らせていたかもな」
コトリはそういう中途半端なのは嫌いでしょ。
「まあな。散るのも歴史の華やからな」
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