旅の終わり
朝風呂と朝御飯を頂いて出発。大原から出町に出て、
「ここが鯖街道の終点となってる」
ここに塩鯖市場があったとか、
「そこまで調べてへんけど、行商人やからお得意さんのとこに行ったんちゃうか」
それとこれも推測でしかないとしてたけど、塩鯖を売り払った後に京都で仕入れもしてたんじゃないかって、
「当時の京都ブランドは高いなんてもんやないからな。たとえば小浜を出る時に頼まれた物を買って帰るのはありやろ」
行きは塩鯖を売って儲けて、帰りは京都の奢侈品を小浜で売っていたはありそうだ。商売人ならそれぐらいは誰でも思いつきそう。でもさぁ、やっぱり当時でも塩鯖は贅沢品だよね。
「やったと思うで。いくら人件費が安い時代でも若狭から運び込むんやからな」
江戸時代版のクールじゃないけど宅急便みたいなものだよね。
「ほいでも塩鯖が定着したってことは・・・」
京都は海から遠いから新鮮と言うか、生に近い海の魚はまず食べられないし、食べようと思ったら贅沢品だったはずだって。でも運び込んだら、運び込んだだけ売れたんだろうって。
若狭から見たら塩鯖を運べば儲かるから、鯖の行商人も増えたはず。というか、小浜の塩鯖があれだけ儲かっているのを見て、高浜の塩鯖も売り込むために西の鯖街道も出来たとして良いはず。
「そうなったら運び込む塩鯖の量が増えるやんか。増えたら値段が下がるのが市場ってやっちゃ。そやけど値段が下がる分、買える客も増えるのが市場や。そうなった結果が京都のそこそこの家でもハレの日に鯖寿司食べる習慣が出来たんやと思うわ」
てなことを最後に話しながら向かったのは京都駅。ここで亜美さんを下ろして、
「もう北井本家の連中は心配あらへん。なんかやりよったらユリに相談したらエエ。もしユリの手に負えんかったらコトリらがなんとかしたる」
「歴史の課題も頑張ってね。コトリったら、なんとか亜美さんを歴女の世界に引っ張り込もうと懸命だったもの。少しでも参考になってくれたら嬉しいわ」
亜美さんは新快速で敦賀に向かい、コトリさんたちは、
「亀岡から篠山まわって帰るわ」
ユリは高速で帰る事にした。これで一連の騒動もおしまい。コトリさんたちに感謝してる。ユリだけなら北井本家をなんとかするのは無理だったもの。それにしても茅ヶ崎竜王がよく来てくれたものだ。
「あれか。まあ旅の仲間ってのもあるけど」
「竜王に指してもらうのだから誠意を見せたよ。結衣ってね、ああ見えてゼニに転びやすいのよ」
「ああ、タイトル戦の賞金が安いってボヤいとったからな。コトリも竜王戦や名人戦はともかく、他のタイトル戦の賞金聞いて笑たもんな」
いくら払ったかは聞かない方が良さそう。そうそう亜美さんをタンデムまでしてツーリングに連れて行った理由も聞いたんだけど、
「ツーリングの楽しさを味わってもうてバイク好きを増やしたいのもあったけど」
「魔除けね」
コトリさんたちとこれだけ親しい仲であるのを見せつけるためだって、ここまで見せつけられて亜美さんに手を出したら、北井グループが潰されたっておかしくないか。
「ユリもね」
「こっちはついでや」
はいはい。ところでコトリさんの歴史ムックは面白かったんだけど、一つ抜けてる気がするんだよ。あれをどうして話さなかったのかな。
「時間があらへんかった。若狭の情勢の話だけでも煩雑やったのに、そこまでやったら長すぎる」
「それに全部推測の積み重ねだけの話だもの」
「またコウも交えて話するわ」
今回は尻啖え孫市批判が多かったけど、
「歴史小説家は歴史研究家やないねん。歴史小説は史実を基にした物語やけど、別に史実の真相を追求するわけやない」
「そうよ司馬遼太郎が甫庵信長記を史実としたのを批判するのは良くないよ」
ただ、
「やっぱり司馬遼太郎の持ち味が発揮されるのは時代小説やと思う」
「代表作はそっちに傾いている気がする」
ヒット作が多すぎてどれが代表作かは意見が分かれると思うけど、ユリがパッと思いつくのなら龍馬が行くとか、燃えよ剣とか、峠かな、
「峠の河井継之助は渋いな」
「でもだよ。ユリが挙げた作品って、主人公の足跡が断片的にしかわかってないものなのよ。つまりは史実という点と点の間がやたらと広いのよ」
そこに作者が思う存分、腕を発揮できるのか。
「そやけど歴史小説家というより、歴史研究家に傾いて行ったよな」
「ああなってしまうのもわかるけど、坂の上の雲は無理があったんじゃない」
「正岡子規でやめるべきやったかもな」
坂の上の雲も代表作だけど、この頃の一連の大長編への評価は辛そう。
「重いんよ。司馬作品のホンマのおもしろさは軽やかさやと思うねん。次の展開にワクワクしながらページを突き進んでいく魅力や」
尻啖え孫市はそうだった。
「あの辺は歴史探求に重心が移ったのもあると思うけど」
「ああ、どうしても出るやろ。いや、あれでもマシな方や」
司馬遼太郎は従軍経験がある。そりゃ、現役陸軍少尉で終戦を迎えてるもの。敗戦の経験は大きな影響を誰にも及ぼしている。それぐらい巨大なものだったらしいけど、
「あの時代の空気は、あの時代を生きた者しか最後のとこはわからん。それが時代や」
「その時代の正しさってのがあるけど、時が過ぎればわからなくなるものよ」
こいつらどれだけ知ってるんだ。
「戦争って重いよね」
「ああそれに絡む政治もな。あんなもんに二度と触れたないわ」
「わたしも。やっと縁が切れたものね」
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