本当の目的
それにしてもよく敦賀まで来てくれたものだ。
「そりゃ、コウとユリの頼みじゃないの。これぐらいお安い御用よ」
ありがとうユッキーさん。涙が滲んで来そうになったのだけど、
「ウソ吐け、鯖寿司に魅かれてきたんやろうが」
「コトリだって、久しぶりに本格歴史ムックがしたいからじゃない」
はぁ、これだけの会場をセットアップして、茅ヶ崎竜王まで呼び出して本当の目的が鯖寿司と歴史ムックだって。
「だからちゃんとしたでしょ」
「休みを取ってツーリングする言い訳も作れたし」
ちゃんとはしたよな。それは認めるけど、どっちがオマケだったの。
「そんなもん小さい方がオマケや」
「短い方でも良いよ」
こいつらぁ・・・と思ったけど、この二人がいなかったら亜美さんがいつまでも家に帰れなかったのは間違いなかったからヨシとしよう。道夫さんに亜美さんをしばらく借りて日本史の課題の手伝いをすると言うと。
「そんなことまで・・・」
「ええねん、ええねん。それをやるために来たようなもんや」
「ユリも付き合うから配しないでね」
道夫さんも泡を食ってたけど了承するしかないよね。
「ところでユリは福井県が越前と若狭で出来てんの知ってるやろ」
それぐらいは。
「福井県を二つに分ける時にどうするか知ってるか」
えっと、えっと、そしたら亜美さんが、
「嶺北と嶺南です」
「ああそうや。嶺とは木の芽峠のことで、これを木嶺とも呼ぶさかい、木の芽峠より北側を嶺北、南側を嶺南としてるんや。そやったらもう一つ聞くけど、敦賀はなんで越前なんか知っとるか」
敦賀って嶺南になるけど、嶺北が越前で嶺南が若狭じゃないの? 亜美さんも、
「それは昔からそうで・・・」
「亜美さん当たりや。昔からそうやねん」
でも言われてみたら不思議だよな。国境って川とか、山で仕切られることが多いはず。木の芽峠って高速から見えたあの山あたりのことのはずだから、そこを境にしそうなものだけど。
「この辺は推測もテンコモリ入るさかい話半分で聞いて欲しいんやが、古代の国は若狭と敦賀にあったはずやねん」
敦賀の歴史も古いなんてもんじゃなく、それこその古代から湊として繁栄していたとされてるぐらい。
「この敦賀の国やけど西側に若狭があったから東に伸びたんよ」
「これもたぶんばっかりの話だけど、木の芽峠を越えたところに広がった部分を『こし』と呼んでたと思うの」
高志の国とも書かれていたそうだけど、語源的には『越す』から来てる可能性はありそうな気がする。古代なら敦賀から木の芽峠を越えた部分を山を越した地方ぐらいに呼んでたのかもしれない。
「そやけどあくまでも敦賀の国が広がった部分のはずやってんやが、越の国はやたらと巨大化してしもた」
古代越の国はなんと敦賀から新潟県まで広がったのか。言われて見れば新潟県は越後のちりめん問屋だ。
「そやから敦賀の国やのうて、越の国と呼ばれるようになった気がするねん。大きさからしたら敦賀なんか端っこにあるようなもんやからな」
なるほど。その越の国だけどあまりに巨大すぎるということで分割されることになり、
「まず越後、越中、越前とわかれたんや。越後は新潟県、越中は富山県や。そやけどそれでも越前がまだ広すぎるって事になって、加賀と能登が別れたぐらいや」
「ちなみに加賀が旧国では一番最後に出来た国よ」
ここもより正確には越中から能登が分離し、越前から加賀が分離したとか。越の国の始まりみたいなところが敦賀だから、すったもんだで越前の一部になったのか。
「明治になって旧国の代りに福井県が出来たんやが」
「あれが越前と若狭との組み合わせ以外だったらどうなってたかなかぁ」
たまたま福井県は今の形になったけど、ひょっとしたら木の芽峠が県境になってた可能性もあるものね。
「そやからかもしれんが、敦賀は木の芽峠を越えても戦国時代は朝倉領や」
「これは亜美さんの宿題に関係するよ」
亜美さんの課題で問題になっていた歴史小説は、
「司馬遼太郎の尻啖え孫市やろ」
これってよく考えなくとも下品なタイトルだ。
「発売当初もそんな声があったそうや」
「子孫みたいな人からも抗議があったとか」
話は和歌山市ぐらいにいた豪族の雑賀孫市って人が主人公だってさ。孫市って人は雑賀党と呼ばれる鉄砲集団を率い、石山合戦にも参加した人だそうだけど。
「とにかく鉄砲の名手とされて馬に乗っていても撃てたとなってるわ」
馬に乗って鉄砲を撃つのは騎兵ならあたり前だし、西部劇でも普通にあるじゃない。
「まあそうやねんけど、当時は火縄銃や。あれに馬上で装填して撃つのは不可能とまでされとった」
それは凄そうだ。他にも信長相手に痛快な戦いをやったり、ひたすら女の尻を追いかけたりって、豪傑ってやつなの。
「読めばそう書いてある。作品としてもおもろいけど、あれを歴史小説とするのは無理がある」
でも司馬遼太郎って言えば歴史小説家でしかも超が付く有名作家のはず。
「コトリも嫌いやない。司馬遼太郎の書き手としての能力は卓越しとる。あまりに巧みやから、作品の内容を史実だと勘違いして覚えた人間もゴッソリおるはずや。それをこれからツーリングしながら亜美さんとムックするんや」
「そして鯖寿司を食べるのよ」
どうも聞いてると、今回の件に乗り出してくれたのはコウからの要請だけでもなかったみたいなんだよ。話の始まりは次のツーリングにどこに行こうだったで良さそうだ。その時に鯖寿司の話が出てきてユッキーさんが乗り気になっていたところに、
「亜美さんが金ヶ崎の退き口の課題に困ってる話があったやんか。合わせたらばっちりツーリングが出来るって話になったんや」
聞くんじゃなかった。でもね、この二人の秘密を少しだけ知ってるんだ。コトリさんの稀代の策士の呼び名はダテでもなんでもなくて、とくに投資の世界では神のように扱われてるそうなんだよ。腰が抜けそうな逸話は本に出来るぐらいあると言われてるぐらい。
とにかくハイどころかウルトラリスクの投資を何度も行い、一度も損していないどころか天文学的な利益を上げてるらしい。投資の世界なんてリアル生き馬の目を抜くようなところだから、日頃の行動も、言動も世界中の投資家が注目し続けてるとか。
コトリさんが少しでも動く気配を見せただけで世界経済が動揺するってのもウソではないらしい。そこまで注目されても、コトリさんの本心とか、本音を見抜くのは不可能とされてるんだって。
でもね、敦賀まで来たのはやはり亜美さんのためで、たまたまこっちでツーリングする話もあったから便乗しただけのはず。
「そう思うやろ」
「だから人は操りやすいのよね」
せっかく人が綺麗に話をまとめてるのにコンチクショウ。
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