敦賀決戦
決戦の地は敦賀だけどユリも行かないとならないのよ。亜美さんの介添人として行くこと自体は文句はないけど、決戦に引き続いて、コトリさんたちとのツーリングに誘われてるから、バイクで行かないとならなくなってる。
敦賀はコウと東北ツーリングに行った時にフェリーに乗ったから知ってるから、敦賀までのツーリング自体には不安はない。むしろ久しぶりのロングツーリングで楽しみなぐらいだけど、問題は亜美さんだ。
敦賀だから神戸から新快速で行けるのよ。だからユリさんにはJRで行ってもらい、ユリがバイクで行って敦賀駅ぐらいで落ち合おうぐらいのつもりでいたのよね。だって一緒に行くとなったらタンデムになるじゃない。
バイクってね、二人までは乗れるのは乗れるけど、やっぱり一人用だと思うのよね。ユリのバイクでも二人乗りになると正直なところ重く感じるし、スピードも落ちるし、なにより運転がしにくくなる。
でもそれ以上に辛いのは後ろに乗る人のはず。あれはクルマの助手席に乗るのとは異次元のところだ。そんなところに亜美さん乗せて敦賀まで行くのはチト無謀な気がするじゃない。だけど、
「どうかお願いします」
気持ちはわかる。あの歳であれだけ怖い目にあってるから、一人になるのが怖くなってるのよね。そこまでしないと思ってるけど、敦賀駅で待ち構えていて捕まえられるとかね。追い詰められると悪いことばっかり考えるのはユリも経験したもの。
だけどだよ、タンデムで行くとなると、他にも問題が出てくる。荷物を載せるのに後部座席が使えなくなってしまう。あそこが使えないとバイクって荷物を載せるところがホントにないもの。
それもだよ、タンデムだから荷物も二人分じゃない。荷物だけなら宅急便で送る手もあるけど、ツーリングもあるからそうはいかないよ。仕方がないから、大型のサイドバッグを取り付けた。そこに無理やりみたいに荷物を詰め込んで、
「しっかりつかまっていてね、落ちたら死ぬよ」
朝は五時に出発。岩屋の陸橋のところから阪神高速に乗り、西宮から名神に入り大津SAで一休み。米原から北陸道に入り賤ヶ岳SAで一休みして、敦賀ICで下りて、ナビを確認。目指すは美容室。そこで大急ぎでセットとレンタルドレスに着替えて気比神宮に。
これもね、将棋対決と言っても将棋倶楽部だとか、せいぜいホテルの一室ぐらいでやるものだと思ってたのよ。それがなんと気比神宮てやるって言うのだから腰を抜かしそうになったもの。もっともコトリさんに言わせると。
『結婚式場もやってるから問題あらへん』
貸ホールじゃないっつうの。それもだよ対局だって午後からと思ってたら十時からだって言うのよね。そうなるとライディングウェアじゃTPO的に拙いじゃない。タンデムだからドレスまで持って行けないから、美容院で調達してもらった。対局会場に入ると、亜美さんは誰かを見つけたみたいで、
「お父さん」
「無事で良かった」
この人が従兄弟叔父の道夫さんなのか。ちなみにお母さんは定番の、
『締め切りが厳しくて』
年中行事だろうが!
「なんだそこの白人女は」
カチン。なんだよ三匹の子豚の出来損ないみたいな野郎は、
「部外者は出ていけ」
誰が部外者だ、名乗ると、
「ああ、外人と不倫して出来たクズか」
てめえにクズ呼ばわりされる覚えはないぞ。なるほどこいつが本家の三男坊の晋三郎で、
「こんな一族の恥さらしがいるだけでもご先祖様に申し訳ないのに、同席しないとならないなんて災難だよ。ホントに目障り」
なんだとこの女郎。こいつが噂のママンか。退院してやがった。見るだけでヘドが出そうな顔だよ。対局場は本殿と言うか正式には拝殿らしいのだけど、鳥居を潜って真正面にある大きな建物。
石段を三つあがったところに賽銭箱があり、そこから先は柵があって入れなくしてあるけど石畳になってる。そこが外拝殿らしいけど、その奥に木製の舞台がある。四段の階段がり、周りに欄干みたいなのが巡らしてあるけどこっちが内拝殿で良さそうだ。
なんか巫女さんが舞いそうなステージだけど、その奥が本殿なんだろうな。対局場は内拝殿のステージに設けられていて、畳が敷かれ、将棋盤と座布団と脇息、さらに将棋盤の手前には横長の机が置いてあるから、あそこは記録係の人が座るのだと思う。ひやぁ、これは本格的だ。ここで宮司さんみたいな人が出てきて、
「双方の譲れぬ議により神前にて将棋対局を取り計らう」
そこに現れたのがコトリさんとユッキーさん。
「エレギオンHDの月夜野と如月が立会人を務めさせて頂く」
ママンも晋三郎も文句を言わないところを見ると話は付いてるようだ。宮司が司会みたいな役割みたいで、
「持ち時間は一時間、チェスクロック方式で、持ち時間がなくなれば一分以内に指すものとする。では双方の代表を」
出て来たのは若いイケメンだよ。
「晋三郎側の代理人をさせてもらう茶谷史郎です」
茶谷史郎って聞いたことがあるぞ。えっと、えっと、そうだそうだ四段で加古川青流戦、五段でYAMADAチャレンジ杯、四段から六段まで新人王戦三連覇をやったって取り上げられていたはず。
加古川青流戦、YAMADAチャレンジ杯、新人王戦は若手用の棋戦らしいけど、三つとも取ったのは初めてらしくて、付けられた呼び名が、
『若き天才』
プロ棋士になるだけで天才みたいなものだけど、その若手を根こそぎなぎ倒してしまったようなものだから、天才集団が認める天才みたいな扱いかな。次世代を背負って立つ若手のバリバリのホープとして良いはず。
プロも出て来る可能性があるとは聞いていたけど、こんな隠し玉を持っていたとは驚いた。というか、茶谷六段を代理人に雇えるから将棋勝負なんか持ち出して来たってことで良さそうだ。
晋三郎の野郎が余裕の薄ら笑いをニタニタと浮かべてやがる。ママンもだ。そりゃ、そうなるか。茶谷六段に勝てる人間はアマチュアには存在しないし、プロだって確実に勝てるのはそうはいないと思う。
まだ八大タイトル戦や早指しの一般棋戦での優勝やタイトル挑戦こそないものの、今期の王位戦リーグや王将戦リーグに入っているはずだし、タイトル戦への挑戦も時間の問題とされているぐらいの実力者だもの。
あれっ、こちらの代表はまだなのか。まさかの遅刻だとか。えっと、えっと、将棋対局で遅刻の場合はどうなるのだっけ。そう思っていたら、バイクの音がする。ここは諸車通行止めのはずだけど、走り込んで来たのはKATANAだ。
バイクを下りてメットを抱え、黒のレザーのつなぎのライディング・スーツのままで、外拝殿の中に入ってきたけど、女が見ても美人だよ。でも彼女を美人棋士とか、美しすぎる棋士なんて陳腐な呼び方をする者はいない。
そういう呼び方をするのは、『美人ではあるが・・・』みたいな含みがあるのだけど、彼女の圧倒的な実力がそれを封じ込めてるとして良いと思う。
「私がお相手する」
そう言うと、ブーツを脱いでそのまま対局場に上がったよ。さすがの貫禄だ。誰にも文句を付けさせないオーラがあるもの。宮司は少し慌てて、
「先後番を決めるのに振り駒を」
「時間の無駄です。茶谷先生の先手番でけっこうです」
宮司は困ったように、
「立会人の方々、それでよろしいか」
「竜王の意向に異存などありません」
将棋でも先手の方が有利と聞いたことがあるけど良いのかな。茶谷六段の顔色が変わってるよ。晋三郎もママンもそうだ。そりゃそうなるよ。KATANAで来た女は茅ヶ崎竜王だもの。
茶谷六段も強いのだけど、若手対象棋戦であれほどの成績を残せた理由とされているのが茅ヶ崎竜王が若手棋戦に出場しなからの陰口を叩かれている側面はあるのよね。だから、
『鳥無き里のコウモリ』
こんな陰口もあるそうだ。茶谷六段も猛烈な勢いで勝ち進んでるけど、茅ヶ崎竜王となると桁が違う。なにせ茅ヶ崎竜王は、アマで竜王戦に参加してそのままタイトルを取ってしまってるんだもの。
竜王になったからプロ入りもしたのだけど、とにかくアマでも現役竜王だものだからプロ入り言っても四段じゃない。いきなり八段でプロ入りなんだよね。だから新人でもタイトル、それも竜王の八段だから若手棋戦はプロ入りした時から出場資格は無いのよね。
プロ入り後もタイトルホルダーを始めとするトッププロを蹴散らし続け、連勝街道を驀進中の無敵の女王だものね。今は何冠だったっけ。将棋界の注目は誰が茅ヶ崎竜王の連勝に待ったをかけるかとされてるぐらい。
茶谷六段は対局したことあるのかな。対局していなくたって茅ヶ崎竜王の実力は百も承知してるものね。茅ヶ崎竜王は向かって右側に座ったけど、そっか竜王が上座なのか。茶谷六段や記録係も席に付き、駒が並べ終わると、
「お願いします」
一礼して対局が始まるみたいだ。ちなみに舞台に上がれるのは対局者と記録係と宮司だけみたいで、ユリたちは石畳の上に置かれたパイプ椅子。真ん中に立会人のコトリさんとユッキーさんが座り、これを挟んで晋三郎側とにらみ合う感じ。
舞台の方が高いから将棋盤の駒が見えないのだけど、なんとだよ、天井に小型カメラが設置されていて、大きなモニターに映し出してくれている。対局は始まったけどどれぐらいかかるのかな。
持ち時間が一時間ずつだから最短でも二時間ぐらいはかかりそう。プロの対局ってとにかく長いはずだから、お昼休憩とかあるのかな。そんなことを考えてたんだけど、ふと見た亜美さんの顔が真っ青だ。そりゃそうだよね。もし茅ヶ崎竜王が負けようものなら晋三郎の玩具にされかねないもの。
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