夜明けの世界

 眼前に広がる一面の白に驚き目を覚ました。

「あら。起きた? おはよう」

 少し放心状態になっていたシロに明るい声がかけられた。

「あ。クロおはよう」

 はっと意識を取り戻したシロは慌てて黒に挨拶を返した。

「どうしたの? そんな顔して」

 クロはシロの顔を不安そうにのぞき込んだ。

「ごめん。なんだか起きる直前、白一色だったことにびっくりしただけだから大丈夫だよ」

 シロは、クロを安心させるように笑みを浮かべながら答えた。

「そっか。この世界だと朝になると、瞼に日光が透けて真っ白に見えるもんね。そりゃあ初めてだと驚くか」

 クロは安心したように微笑んだ。そして窓辺によると一気に開いた。寒いのかと身構えたシロだったが、流れ込んできた風はほんのりと温かい、柔らかみのあるものだった。

「どう? 気持ち良いでしょ」

 クロの楽しげな声に白はそっと頷いた。

「それに、耳を澄ましてみてよ。……私この音好きなんだよね」

 クロの言う通り耳を澄ましてみると、さわさわという木々の揺れる音に、歌うような小鳥のさえずりが聞こえてきた。

「きれいな音」

「そうでしょ? 毎朝この音が聞こえるのがこの家の利点の一つだね」

 クロは自慢するように胸を張った。そんなクロだったが、少しシロを窺うような表情になり、おもむろに口を開いた。

「大丈夫? すごい髪形になってるけど」

 クロの申し訳なさそうな声色に、シロは自分の頭を触ってみた。すると、長い黒髪が孔雀の翼のように広がっていた。

「あっ‼ ごめん‼ こんな恥ずかしい所見せちゃって……」

 シロは雪の様な頬を赤く染めた。シロの様子とは裏腹に、クロは少しほっとしたような表情を見せた。

「良かった。失礼かなって思って、伝えるかどうか迷ってたんだ。シロが怒らなくてちょっと安心したよ」

「いや、このまま出かけた方がもっと恥ずかしい思いをしてたと思う。だから教えてくれてありがと」

 シロは恥ずかしそうな表情を残しながらも、クロと目を合わせてお礼を述べた。

「もー可愛いこと言いやがってー」

 クロは茶化したように言ったが、頬や耳が薄灰に染まっていて、シロから見ても照れ隠しで言ったのがバレバレだった。

「……クロって感謝され慣れてないんだね」

 耳を染めたまま、机の引き出しをいじるクロの背中に小さく囁いた。

「……あった。ほら、髪梳くよ」

 こちらを向いたクロの手には木目のある櫛が握られていた。クロはそのままシロのもとまで近寄ると、ベッドに乗り、シロの背後に座り込んだ。

「え? クロがやってくれるの? 自分でできるよ」

 シロは少し困惑した表情をクロに向けた。

「いーの。私がやりたいからやってるの。シロが自分でやった方が良いって言うならそうするけど」

「いや、申し訳ないだけでやって欲しくない訳じゃないよ。……それならお言葉に甘えようかな」

 シロは再び顔を前に向け、緊張をほぐすように肩を下ろした。シロの了承を得たクロは、髪を掬い、もう片方の手に握る櫛で撫でるように梳いた。

「……なんだか、ちょっと懐かしい感じがする」

 静寂に包まれた室内に、シロの声が木霊した。

「もっとずっと小さかった時に、こんな風に髪を梳いてもらってた気がする」

 シロの声は、少し嬉し気で、どこか空虚さを感じさせるものだった。

「そっか。シロにとって、それは大切な思い出なんだろうね」

 クロの優し気な表情が、背を向けるシロにも感じられた。

「そういうモノなのかなあ」

「きっとそうだよ。どうだって良い記憶なら、すぐに忘れちゃうだろうし。何なら記憶のないシロが感じたってなら、よっぽど大事だったんだと思うよ」

 シロは、少し考えた様子を見せながら「確かに」と小声でつぶやいた。

「さ、できたよ。これ中々良い櫛でしょ。お気に入りなんだよね」

 クロは櫛を持った手を軽く振りながら机へと向かった。

「確かに良い櫛だね。なんだか私の髪艶が増したような気がする」

 シロは自分の髪を確かめて笑った。

「それなら良かった。……さてと、それじゃあ今日の目的地に向かう?」

 櫛をしまったクロは、シロの隣で立ち止まった。

「そうだね。今日はどこに行くのかなー。」

「きっとシロも気に入ると思うよ」

 クロは、その言葉と共に扉を強く開け放った。

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