第17話 禁衛隊

 予想通りの禁衛隊だ。


「淫婦趙小瑶、夫のある身で周王と通じたな。太子殿下の御名で周王共々捕える!」


 ちょうど、物の影で見えなかったのだろうねえ。


「無礼な!我が夫人に対してなんたる侮辱!」


 立ち上がった筋肉質の男が腹に怒りと力を込めた声は太く、迫力がある。

 さっき俺に怒鳴った男は怯んだ。


「……せ……泉北郡王……」

「ここは本王の私邸で、本王が本王の夫人の寝室にいて何がおかしい」


 周王も立ち上がった。


「本王は八兄八嫂と将棋を指しに来ただけぞ」


 そして円卓を指差したのである。


「見てみよ!」


 そうなのだ。円卓には将棋盤が置いてある。


 周王が怒鳴った。


「この無礼、どう落とし前をつけてくれる!」


 俺は一生懸命演技をした。


「……本当に、恐ろしい……郡王殿下ぁ……」


 そして俺たちは熱く抱き合い、顔を郡王の胸に埋めた。


 周王が何かわめいているが聞こえないなあ。


「これだぞ!さっきまで八兄ときたら、たまに盤面を見ながら八嫂の足を揉んでいたんだぞ!記憶を失ったというから、八兄と別れてくれるかと思ったのに、これだぞ!火傷しそうじゃないか!ああ!イライラする!」


 そして周王は追い討ちをかける。


「さっき太子殿下の御名と言ったな。親王、郡王、県君を辱め、太子を惑わせた者がいるな!誰に唆されたっ!」


 これがまた、迫力がある。


 力と力?

 数と数?


 俺を抱きしめたまま、郡王が叫んだ。


「なぜ、禁衛隊が太子の御名を騙って夫人の寝室に乗り込んできた。偽物じゃ!禁衛隊を騙る賊じゃ!一人残らず捕まえよ!」


 俺が顔を上げると、北殿に入ってきたのは、南都防衛軍である。

 周王と郡王は剣を抜き、蝋燭の光を反射させた。


 禁衛隊は勢いにすっかり飲み込まれた。


 夜の大騒ぎに驚いたのか、一羽の鳥が飛び立った。南都防衛軍から矢が放たれ、鳥は地面に落ちた。


 郡王はそのまま南都政務府に捕らえた禁衛隊を引き連れて登ってしまった。


 周王はもじもじしながら言った。


「本来ならば、本王が宿直でもすべきところ、県君との間にあらぬ疑いをかけられてしまい……」


 行くところがないのだ。南都政務府に行ったのだろう。


 侍女たちが俺を取り囲む。


「……郡王殿下とは」

「いい男じゃないか。そそられる。しかも甲斐甲斐しく世話もしてくれる。たまらん。だからといって、人の視線のあるところでいちゃつくのは嫌なんだよ、俺は」

「……四十の男だと思っておられるんですよね」

「郡王のあのぷりっとしたケツ見たか?ぶちこみたい」


 俺は少なくともここで目をさましてから嘘を言ったことはない。だが侍女たちは俺の発言があまりに下品だったのか、ドン引きだ。


 翌朝早く、俺は侍女たちを引き連れて、馬車に乗った。

 髪結いの水仙が来る前だったので、髪の毛は桂花が整えてくれたが、水仙ほど上手くないのがわかる。


 政務府に先に人を行かせて郡王に輿を用意させて、階段を登った。


 今日は太后宮にも皇后宮にも、未央殿という一番上の皇帝が療養しているところにも行かない。

 行き先は一番下の政務府だ。

 俺は筋肉のない腕で力一杯銅鑼を叩いた。大した音はしない。


「泉北郡王正夫人・安渓県君たる趙小瑶が訴えを起こしたい!」


 衛兵が俺の前に跪いて言った。


「娘子、訴えの相手はどなたでございましょうか」

「禁衛隊を名乗り、夫と九弟と将棋を楽しんでいたところに踏み込み、本君を淫婦と罵った者を訴える!」


 中から周王が出てきて、銅鑼を打ち鳴らした。俺よりはるかに大きな音で、近くにいた者の耳はおかしくなるだろう。


 周王も吠えた。


「今上の第九皇子・正二品周親王たる郭彰も、その訴えに加わる!兄皇子夫妻と将棋をうっていたところに踏み込み、本王に姦通の疑いをかけた者を訴える!」


 次に出てきたのは、郡王だ。銅鑼を打って叫んだ。


「今上の第九皇子・従三品泉北郡王、南都宮城城代たる郭昂も、その訴えに加わる!夕べ夫人と九弟と将棋を楽しんでいたところに踏み込み、夫人と九弟が姦通している、すなわち本王は夫人を弟に寝取られたと蔑んだ者を訴える!」


 出てきたのは、小柄なおっさんだった。


「か、官吏についての事柄ゆえ……御史台(ぎょしだい)の管轄と存じます。南都察院太夫(なんととさついんたいふ)、陳亮(ちん・りょう)が承ります……」



 俺たちは政務府の大きな広間に入った。

 真ん中の高いところに大きなテーブルがあり、そこにさっきの陳亮がいる。

 俺と郡王、そして周王はその正面に椅子を三脚並べられて、並んでふんぞり返って座った。


 誰でも出入り自由らしく、後ろの方に見物客が押し合いへし合いしているのを、警備が押しとどめている。


 夜の間に拷問でも受けたのだろうか、よれよれのおっさんが一人連れてこられた。


 陳亮がおっさんに質問した。


「名前と所属は」

「姓は徐(じょ)、名は傑(けつ)。所属は禁衛隊第五部、階級は部隊長です」

「徐傑、本当に禁衛隊の所属か」


 ある男が進み出た。


「陳さま、禁衛隊隊長の呉英(ご・えい)でございます」


 陳亮は頷いた。


「呉隊長のことはこの陳亮存じております。この者、誠に禁衛隊の所属でしょうか」


 呉英は答えた。


「確かに、この者は禁衛隊第五部の部隊長の一人でございます」


 つまりいわゆる人定質問だったんだな。

 陳亮は続ける。


「では徐傑、夕べどこにいた」

「泉北郡王府におりました……」

「何をした」

「……安渓県君と周親王の姦通の現場を取り押さえようとしたところ、反対に南都防衛軍に捕らえられました」


 陳亮が次に呼んだのは、南都防衛軍の夕べの担当である。

「名前と所属は」

「姓は王(おう)、名は譲(じょう)。所属は南都防衛軍第三隊、階級は隊長です」


「陳さま、それがしは南都防衛軍将軍、蘇彬(そ・ひん)でございます」


 別の男が進み出たのだ。


 陳亮は答える。


「蘇将軍のことも存じております。この者は確かに南都防衛軍の所属ですか」

「南都防衛軍第三隊隊長、王譲に違いありません」


 再びの人定質問だった。


「王譲、夕べ何をしていた」

「申し上げます。夕べは泉北郡王府にて警備の当直でした」

「郡王府で何があった」

「まず、禁衛隊が太子殿下の御名において、周王殿下と安渓県君娘子を捕らえると言い、侵入してきました」

「この徐傑か」

「その通りでございます」

「その方、どうした」

「郡王殿下には、陛下のみならず、太子殿下のおっしゃることには従うようにと言いつけられておりますので、仕方なく王府に入れさせました」

「その後何があった」

「娘子の北殿に向かうので、何かの間違いがあってはならぬと、部隊の一部をつかず離れず配置しましたところ、郡王殿下が禁衛隊を騙る賊、捕らえよ、とおっしゃったので捕縛いたしました」

「ふむ」


 陳亮はひげをひと撫でして、考えているようだ。


「王譲、確かに徐傑は『太子殿下の御名』と申したのだな」

「その通りでございます」

「本官によくわからぬことがある。呉将軍にお聞きしなければならぬ。禁衛隊は陛下直属の部隊。なにゆえ、徐傑が太子殿下の御名を出したか説明していただけぬか」


 今度は呉英が大きな声で答えた。


「それがしには一向にわかりませぬ!我ら禁衛隊は陛下お一人にのみ忠誠を誓う者でございます。いくら儲けの君といえど、太子殿下の命令に従うことはございません!」


 おうーっと、後ろのギャラリーが声を漏らした。


「静粛に!静粛に!」


 陳亮がギャラリーを注意して、質問を続ける。


「本筋から外れてしまうが、仮に、ある皇帝から次の皇帝へ代替わりする場合にだな、禁衛隊はどうなるのだ」

「申し上げます。先帝の禁衛隊は解体されます。一部は三后のうちの一后、つまり新皇太后娘娘をお守りしますが、多くは先帝の御陵を守る衛士となり、次の皇帝は自らの禁衛隊を編成なさいます」

「ならば、陛下が太子殿下に玉璽を預けている場合に、禁衛隊が太子殿下の命令に従うことはあるのであろうか」


 呉将軍はきっぱりと言った。


「ございません。もちろん、目の前に賊軍がいる場合などに一切動かないとは申しません。これはあくまで例外でございます」

「では、禁衛隊が太子殿下の命令で、ご兄弟や親族の諸王殿下がたを捕らえようとすることはありえるのか」


 呉将軍は口ごもった。


「あるならば、我らの目の前で謀反の旗を翻した場合です」

「謀反の場合は、我ら文官にはすべからく通報の義務があり、将軍たち武官には捕縛の義務があるからな」


「恐れながら……」

 呉将軍は発言を求めた。


「どうぞ」

「両殿下そして娘子に申し上げます。この者の部隊は昨夜は非番でございました。また、禁衛隊としては娘子と親王殿下の姦通など聞いたこともなければ、想像したこともございません」


 陳亮が額に手の甲を当て、素っ頓狂な声を出した。


「なんと!なんと、この者の隊は、昨夜は非番であったと申されるか!」


 呉将軍が答えた。


「昨夜の当番は、第二部。第五部は一日中休みでございます」

「呉将軍、非番の部隊が私的に動き、太子殿下の御名を騙り、南都を預かる郡王の夫人の寝室を襲ったと……」

「そのように」

「……泉北郡王がおっしゃったという通り、禁衛隊を騙った賊のように見えるな……」


 呉将軍は俺たちに向き直って土下座した。


「それがしのあずかり知らぬ、私的な活動とはいえ、禁衛隊の名で、禁衛隊の装備で行った点、管理不十分という意味でそれがしにも責任がございます」


 なるほど。

 皇帝のために命を投げ出す気概のあるはずの禁衛隊だが、今禁衛隊にいるこの人たちは墓守になる運命だ。皇帝がまだ若ければ、禁衛隊からうまく抜けて出世の道があったのに、命が尽きようとしている今では、それはあるまい。

 それが気の緩みを生んだのだろうな。


「親王殿下、郡王殿下、県君娘子、どのように思われますか。太子殿下の御名を騙ったことと、お三方を侮辱したこと、二つ問題点があります」


 俺は言った。


「まずは本君にかけられた姦通の疑いを晴らしていただきたい。夕べは悔しいやら悲しいやら泣いてしまい、目がこんなに腫れ上がってしまいました」


 そして郡王にしなだれかかって顔を隠した。


「見てみよ、この有様を」 

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