第一章 水の法
02.明日には
照りつける日差しよりも灼熱で、残酷な炎が家も町、僕の体も焼いていく。熱い。喉が渇き、焼けただれる。自分の唸り声で重いまぶたが緩んだ。忙しく駆け回る足音と、他にも唸り声がいくつか聞こえる。ここは町の病院だ。
意識を失っていたのか。最後に出会った白髪の少年を思い出した。何者なのかという疑問と同時に、最後に見えた家の惨状を思い出した。大勢のけが人を手当てしているナースの脇をすり抜け病室を飛び出す。危うく人にぶつかりそうになった。
「危ないだろ」
怒鳴ってきた少年の声で分かった。青い瞳もこちらに気づいた。
「おまえ大丈夫なのかよ」
「どこも怪我してないよ」
どこにも外傷は見つからない。気を失っていただけだろう。幸いにも火傷もしていない。一息ついて安心したグッデだが、早口にまくし立てた。
「大変だ! おまえの家が」
グッデにつれられ、煙のくすぶる街道に出た。そうだ、家はおそらくもう駄目だろう。だけれどもう一度確認しないと。街灯も焼けたようで、明かりのない住宅街はランプを手にした人々で埋めつくされている。
「ちょうど火が消し止められたところなんだぜ。おまえの家が燃えてるって聞いたから、慌てて飛んでったらおまえが医者に運ばれたって聞いて」
心配してくれたグッデに悪いが一言も耳に入らない。グッデの告白しようとしていた女の子が亡くなったことも含め、悲しみが倍にして込み上げてくる。
町人の大人たちがたった今運び出したのは父と、母だ。人混みを裂いて突き進んでくる担架を、他人のように見ていた。現実が遠くに感じられる。しわがれた声しか出せない。手を伸ばして触れようとすると医者が哀れんだように見返してきた。表情のない父と母は、魂を抜き取られたように眠っていた。
「父さん! 母さん!」
父も母も目立った外傷も火傷の痕もなかったというのに、今にも動き出しそうな顔をしてるのに、肌は真っ青で指で触れると冷たさが、もう死んでいると告げている。
念のため病院で安静にしていろと医者に言われるまま、深夜を迎えた。寝つけないのは、父と母が死んだと聞かされたからだ。いや、とっくに知っていた。あの少年に出会ったとき、もう殺されていたも同然なのだ。初めて感じる悪寒が、背中をずっと舐めている。
他の患者のいびきがうるさい。命だけあればそれで充分なんだ。誰も気に留めてくれない。死んだらそれで終わりだった。少しだけ寿命が早まっただけということなのか。みんなの平均寿命は五十代でおじいちゃんだったから。
でも、それにしたってあんまりだ。一夜にして何もかもを失ってしまった。
グッデはひどく情けをかけてくれた。どうにも言い表せないものが多いが、居心地、安らぎ、幸せ、そういったものが、ロウソクの火を吹き消すのと同じぐらい簡単に消えうせてしまった。
家には音楽が毎日のようにあった。僕がビオラを担当すれば、いつも指使いがなっていないと父に笑われたものだ。母は横で微笑むだけで、優しく見守ってくれている。日曜の午後には、クッキーを焼いてくれた。なのに、明日から全て存在しない。
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