第83話 相談してほしい訳

「そういえば、ルツ来た?」

「えぇ、一度だけ。嫌がらせの事は何も言ってなかったけど、シャーロット先生と話せたって言ってたわ」


 役所からの帰り道、ルツの近況を聞けて少し安心した。ルツももしかしたら、みんなに話すことで気持ち的に少し楽になったかもしれない。そんなことを考えると俺たちが力にちゃんとなれていると思えて少し嬉しくなり、つい顔が緩んでしまう。すぐに隣のアリアにバレて「シャキッとする」と背中を叩かれてしまった。


「なんか段々お母さんに似てきた気がする」

「うるさい」


 店に向かい2人で歩いていると、アリアがきょろきょろと周りを見渡し始めた。


「ねぇ、話があるんだけど、どこか店入らない?」

「良いけど……」


 歩くスピードを落とし、俺の心臓は早くなった。少し考えてみても心当たりは無いのに、警察官が横を通ったかのような気持ちになって来た。アリアは近くのお店に目星を付け入る。


「えぇ。この店プリンあるんだ」

「プリン?」


 メニューを眺めるとプリンとは書かれてはいないが、それを想像できる物が書いてあった。いや、もしかしたら茶碗蒸しが出てくるかもしれない。物は試しだ、即決で頼んでみた。

 頼んだものを待っているアリアを眺める。無意識の内に見つめ続けていた。アリアには言葉では説明できないが、魔法にかけられたかのような離れられない魅力があるように感じる。


「なーに?」

「いや。その……可愛いなと」

「ふふ、ありがとっ」


 口元に手を置いて小さく笑うアリアはまるで天使だった。いや、魔女だから天使はおかしいのかも。そんなアリアが何故俺を選んでくれたのだろうか。こんな事聞いてしまっても良いのかすら分からないが、いつかアリアの気持ちも聞いてみたいところだ。


「そういえば、俺からもひとつ相談があるんだけど良いかなぁ?」

「なーに?」

「コポーションのみんなで使う道具が欲しくて、買おうと思ってる。最初はリユンに頼もうかと思ったんだけどいろいろ考えて、割高になるけど店で買おうと思ってるんだけどどうかな?」

「うん、良いんじゃない?」


 えぇーと心の中で思ってしまった。なぜなら大きなお金を使う時は相談してほしいと言ったのはアリアなのに、いざ話してみるとそんな薄い反応に少し驚いてしまったのだ。なんかもうちょと意見を言ったり、要望やアドバイスなんかを話してくれるのかと思っていた。

 そんな俺の反応を楽しむように見ていたアリアは、俺の思っていることを見透かしているようだった。思っている事を素直に話してみると、アリアは笑って答えてくれた。


「もちろん、意見があったら言うわよ? でも話してほしいって言ったのはそれだけの理由じゃないわ」

「どうゆう事?」


 そう聞くと「んー」と少しの間考えて、照れながら言う。


「そうやって些細な事でも相談したり話したりしていくと、今より良い関係になっていけると思うの。アグリの出した答えが良い悪い関係なく、私はアグリの気持ちと言葉が聞きたいの」


 アリアの言葉を聞いて、納得できた。だって俺もアリアの事たくさん聞きたい。知りたい。それに今だってアリアが話してくれたからアリアの気持ちが分かったんだから。

 アリアは「それに」と続ける。


「将来の練習にもなるから」

「将来……」

「そう。将来」


 俺は熱くなる顔を隠すように言う。


「うん、そうだね。俺もアリアの事もっと知りたい」


 こくりと頷いたアリアの顔はいつもより赤く、それは店の天井にある魔石のせいではないようだ。


 天井で光る魔石を見ていると、注文したものが俺たちの間に置かれた。俺が頼んだものはプリンと紅茶。アリアは同じ紅茶と紅茶の茶葉入りのケーキだ。柔らかそうだ。

 興味深い事に俺の前にはちゃんとしたプリンがある。木製スプーンですくってみると、しっかり形は保つものの、弾力がありプルンとしていた。大きな口を開けて、一口食べてみる。


「おぉ、プリンだ」

「ねぇ、プリンって何なの?」


 器に移された、おそらく蒸プリンは優しい黄色に輝いている。カラメルソースはかけられてはないので、プリン全体は素朴な甘さ。卵本来の風味やまろやかさが味わえた。前の世界で当たり前のように食べる事が出来たスイーツを、この世界でも店で食べる事が出来てなんとも言えない感動を味わえた。


 プリンは比較的簡単に作れることを教えると、アリアは口を大きく開けた。言わなくても分かる、一口くれと……。仕方ないなとスプーンで多めにすくって、口元に近づけた。


「あーん」


 可愛い……。ついスプーンを動かす手が止まってしまう。目を閉じ、プリンを待ちながら口を開けるアリアを眺めてしまった。

 痺れを切らしたアリアは、ほっぺをぷっくりさせて「もうっ!」と怒りながら自らプリンを頬張った。


「んんっ! 美味しい!」

「美味しいよねこれ」

「今度、アグリの作ったプリンも食べてみたい!」


 そんなご要望に応えるため、その先数日間プリン制作の研究を重ねたのは言うまでもない。必ず店より美味しいプリンを食べさせてみせる。


「ねぇアグリ、話なんだけど……」


 危うく本題を忘れるところだった。今日ここに来たのはアリアが何か話したい事があったからだ。アリアが真剣な眼差しで見てくるので、俺も椅子に座り直す。好きな人に話があると言われてドキドキしない男はいないだろう。


「アグリはどこに住むつもりなの?」

「えっ? 住むって?」


 正直なんのことだかさっぱりだ。住むって父と暮らしている場所とは別の事なのだろうか。それとも俺がどこかに引っ越す選択しがあると言っているのか。


「これまでは必要に応じてアグリが移動してたでしょ? 走ってきたこともあったけれど」


 そんな事もあった。


「これからいろいろ始めて行くにあたって、アグリが今の家に住み続けるには少し大変なんじゃないかと思って」


 アリアは俺の事を気にかけてくれていたみたいだ。俺も馬に乗る練習をしたとはいえ、毎回借りる事になってしまう。そう考えれば店があるアリアの近くに住む選択肢もあるのか。または孤児院の近くに住むだけでもアクセスは簡単になり、費用や時間が節約できる。確かに、住む場所をこれから考えるのは必要そうだ。

 正直アリアに言われるまでその考えは頭になかった。でもひとつ問題がある。


「その場合、家の畑はどうしようか」


 父にお願いするには負担が大きすぎる。ロットやリユン、ジュリと離れてしまうデメリットもあるだろう。


「そうね……」


 2人でしばらく考え、俺なりの答えを提示してみた。


「この件は焦んなくて良いんじゃないかな? まだ今後の状況が決まったわけではないし、様子を見つつ決めたら良いかなと思うんだけど、どう?」

「うん、それが良いわね」


 アリアも答えを急がず、ゆっくり考えていく事に賛成みたいだ。

 メリットが大きい分、デメリットもあるこの件は慎重に決める必要があるだろう。最終的には引っ越す可能性は高いと思うが、現状このままでやってみよう。必要に応じていろいろ変更していく事にしていこう。


 アリアが言ってくれた事に感謝をしていると、店を出る際ボソッと呟いた。


「一緒に……、暮らしても良いけど? 私の家で」

「え? 何か言った?」

「何でもない! 行こっ!」


 勢いよく手を握ったアリアは、大きな一歩を店の外へと踏み出した。

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