2.か弱い回復術師

 結局、心行くまで吞んでしまった。胃も心も満足満足。

 しかし皆さん、ご安心を(皆さんって誰だ)。今回の飲み食いで、あたしの財布が軽くなることは無かったのである。



 ***



「梨のお酒、美味しかった……」

 あたしは食事を終え、久しぶりにアルコールを煽り、程よい余韻に浸っていた。


 あたしの食事が運ばれてくるころから客が入りだし、食事を終えて、空のジョッキを名残惜しそうに覗いていた時には、酒場はほぼ満席となっていた。


 そんな中で、今後の生活費のやりくりに頭を悩ませていると、


「はぁ~い嬢ちゃん、独りかい?」

 むさい男の冒険者二人が声をかけてきたのだ。


 トゴとジェフ……と名乗っただろうか。彼らの目的は非常にわかりやすかった。なにより、目つきが下品でいやらしい。ジロジロとあたしの体を舐めるように見ていた。

 少なくとも、同行者の回復術師を探しているといった感じではない。


(か~~っ、うっぜ~~!!)

 フードを取って食事をしていたのが、裏目に出たかしら。

 あたしの髪の色は、遠くからでもよくわかる濃いめの赤毛。例え雑踏に紛れたとしても、一目で判っちゃうくらいなド派手な髪色だ。


 そんな目立つ女性が、独りで、カウンターで呑んでいる……。若い女性に飢えている冒険者あらくれどもが、言い寄らない理由がない。

 もしかしたら彼らには、あたしがか弱い女性客に見えたのかもしれない(か弱い回復術師ヒーラーなのは間違いございませんが)。


「……独りよ。お酌の相手が欲しかったとこ」

 しかしここで、あたしは機転を利かせた。最初は『ウゼェ』と思い無視を決めつけるつもりだったが、


(こいつら言いくるめれば、食費が浮くんじゃね……?)

 などと邪推し、そんな目論見から、とりあえずその男二人のお誘いに乗り、一緒に呑むことにした。



 ~~数時間後~~



 ……あいつら、ジョッキ7杯で酔い潰れてやんの。弱すぎてウケる。


 おかげであたしは、お財布の紐を解くことなく食事とお酒にありつけた。

 泥酔している二人の懐からお財布を拝借し、飲食代とチップを支払い、そのままお店を後にした。


「……暑っつ」

 厳しい冬を乗り越え、草木が芽吹き始め、花開くころ。季節は初夏に向かって歩み始めていた。特に最近は気温が急上昇し、夜になっても、なかなか気温が下がらない。


 お酒にあてられたこともあり、体が火照っていたあたしは、コートの前を開け、猫耳が付いたフードを下ろした。適当な長さにそろえられた、真紅の髪が露わになる。


 派手過ぎて普段はフードに隠しているけど、もう日没だし、酒場ではオープンにしてた。今更あんまり気にしない。

 少し汗ばんでいたため、そよぐ夜風は思ったよりも冷たく、心地よかった。


「明日は明日の、風が吹く!」

 あたしの座右の銘の一つ。何事も前向きにいこう、って意味。

 今後、冒険者として雇われない可能性を考えると、手持ちの資金では心もとない。けれど、そういうことは今は考えない。


 今日はゆっくり寝て、英気を養いましょう。明日のことは、明日の『自分』が考えてくれるはず! 


 というわけで、あたしはその足で、事前に予約していた宿に直行したのだった。


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