第30話 逃げ出したい
今年の夏は全国的に史上最高の酷暑と言われるほど、記録的な猛暑日が続いていた。涼しいはずの北海道でさえ40℃を超える日もあり、熱中症で病院に運ばれる患者も過去最高数を記録していた。
秋の声を聞いても残暑は続き、10月上旬であるが30℃に届くほどの気温に、牧野が勤務する職場においても、職員の大半は夏服のままでの勤務が続いている。
本来は冷房は不要の時期であるにも関わらず、暑がりの庶務課長の指示で、職場では現在でも冷房を弱めに入れているが、退社時にはその冷房さえも停止されるため、夜間の室内は汗ばむほどの暑さになる。
今夜の残業でも暑がりの山田は、団扇で扇ぎながら事務を進めていた。ムッとする暑さの事務室に比べると1階はかなり温度が低い気がした。
闇に包まれているフロアは、3階に比べるとかなり涼しい、いや寒いほどだ。怖いからよけいそう感じるのかもしれない。背筋がゾクリとする。なぜか全身の鳥肌がゾワッとそそけ立つ。
闇の中で青白く佇む自販機まで走る。重い闇が足や身体にまとわりつくようだ。青白く佇む自販機の前に立つと、何故か更に寒気が増すような気がする。
千円札を入れて山田に頼まれたコーヒーのボタンを急いで押す。普段なら『ゴトン』と音がして、取出し口の所に落ちてくるはずのコーヒーが出てこない。
『もお、なんで出てこないんだろ。早く出てきてよ』
立て続けに何度もボタンを押すが、やはり反応はない。売り切れの表示がされていないのに。
早く飲み物を買ってこの闇の中から逃げ出したかった。自分の飲み物なんかもう要らないから、早く山田のコーヒーだけでも買いたかった。
故障なのだろうか、何度ボタンを連打しても出てこない。山田から頼まれたコーヒーはこの1箇所のみで、このボタンで出てこなければ、何か別の飲み物を買って帰らなくてはならない。
山田に別の飲み物を確認しようにも、急いで出てきたので携帯はデスクの上に置いてきてしまった。
また3階まで戻るなんて嫌だった。でもコーヒーが出てこない。もう半分泣きたくなるような気持ちで、もう一度強くボタンを叩いた。
『ゴトン』
出てきた。やっと出てきた。ボタンの接触が悪かったのか、やっとコーヒーが取出し口に。自分の分は何でも良かった。1番押しやすかったコーヒーの隣のボタンを押す。
再び落下の音がして、取出し口からコーヒーと一緒に出てきたのはただのミネラルウォーター。水なんて飲みたくないのに・・・・・
でもとりあえず山田から頼まれたコーヒーは買えたので、1秒でも早くこの闇から明るい場所に逃げ出したかった。
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