第6話 戻って来ない

 義雄はリビングの中央にある白いレザーソファーで寛ぎ、隣には美しい雪子がゆったりと腰を下ろしている。キンと冷えたビールが2人の乾いた喉を潤していた。


 美紀と神介は、リビングの床に敷かれた漆黒の絨毯の上でじゃれあっている。神介の飲みかけのコーラグラスを、さっと取り上げた美紀が美味しそうに喉を鳴らした。


「美紀のバカ。おれのコーラ飲んじゃった」


「もう1つあるから大丈夫だよ。後で仲良く一緒に飲もうね、神介」


 風呂上がりの桜色の素肌にまとった、薄手の白のタンクトップの下で、雪子と比べても遜色ない豊かな胸が弾んでいる。真っ白な下着のみで、長く美しい足を神介に絡ませて、抱きつく美紀の無邪気さが眩しい。


 美紀は子どもの頃から評判の美少女で、神介もやさしく美しい姉が大好きだった。普段は穏やかな神介だが、王女を守る騎士のように大好きな姉をいつも護っていた。


 賑やかなテレビの音に紛れて「カチャッ」という玄関のドアが開くような気配を、神介は感じた。


 「父さん、暑いから玄関開けてあるの?」


 「いや閉めてあるけど、どうかしたか?」


 「今、玄関が開いたような気がしたから」


 「今日は風が強いからな。たぶん風のせいだと思うけど」


 義雄は笑いながら立ち上がり、玄関へ続く廊下のドアを開けて出ていった。雪子はソファで寛ぎ、美紀と神介は、相変わらず絨毯の上でじゃれあっていた。


 「あれっ、パパは?」


 美紀の呟きが平和に流れていた時間を、一瞬で不安な時間へと変える。義雄が出ていってから既に5分以上は経っていた。


 「トイレでも、入っているんでしょ」


 雪子が笑いながら応えた。


 「お腹でもこわしちゃったかな?」


 小さい頃からパパっ子だった美紀は、義雄がいないとどうも落ち着かないようだ。


 「ビールの飲み過ぎじゃないの」


 神介が美紀をなだめるように答える。もう既に10分以上経っていた。いつまで待っても義雄は戻って来ない。


 「もうパパったら何してるのかしら?」


 心配した雪子が玄関に続く廊下のドアを開けて出ていった。


 「どうしたのかな?」


 美紀が心配そうに顔を曇らせた。


 「オレも見てくる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る