第4話 強い想い




 おとといきやがれ。

 翔太にそう凄まれた琳の頭が真っ白になる中、何の感情もなくはいと返事をして、翔太に頭を下げてからすたすたと教室内を歩き、自分の席に座った。

 それから授業を受けて学校が終わって家に帰るまで、琳の頭は真っ白なままだった。







「り、琳。琳。頑張りましたね」

「あ、うん」


 琳の家。

 二階の自室にて。

 ずっと黙っていた燐歌は背を向ける琳に話しかけた。

 回転いすに座って机に向かい合っていた琳は、回転いすを回して燐歌に向かい合った。


「うん。うん。やっぱり師走さん。怖かったね。おとといきやがれって。はは。初めて聞いた」

「琳」


 呆然自失している琳に、燐歌は身体があったら今すぐに台所へ行き、元気になってもらえるように蒸し饅頭を作るのにと少し悲しくなった。


(やっぱり私のわがままに琳を巻き込むべきじゃなかったのよ)


 幽霊になって初めて自分の姿を見てくれて、初めて自分の言葉を聞いてくれる人に出会って、出会えて嬉しくて、つい泣きながら今までの自分の想いを全部、一方的に話して、願いを、わがままを押しつけてしまった。

 自分一人だけで解決すべきだったのに。


(止めたいって。琳が言ったなら、)


「燐歌さん」

「何ですか?」

「うん。あのね。あの」

「はい」


 燐歌はもじもじさせている琳の手をそっと包み込んだ。

 あたたかさもやわらかさも感じられないはずなのに、琳はとても優しい気持ちになった。


「あのね。もし、師走さんが、本当に嫌そうだったら。やっぱり無理して友達になるのはよくないから、他の方法を考えよう。でも、師走さんがちょっとでも私と友達になってもいいって思ってくれるなら、私、頑張るから」

「怖かったのでしょう?」

「うん。すごく。すごく怖かったけど、うん。近づきたくないって、思わなかったから。うまく言えないけど。初めて目を見て、初めて話して、すごく強い想いを感じたから。うん。すごいなって思ったから。私が、燐歌さんに言われたからだけじゃなくて、私が本当に仲良くなりたいって思ったから。うん。まずは、挨拶から始める」

「琳」


 なんて言えばいいんだろう。

 燐歌は言葉が見つからなかった。

 ありがとう。

 ではない気がする。

 頑張りましょうも、違うような気がする。


「ごめんなさい。琳。私は役立たずですね」

「ううん。燐歌さんは役立たずじゃないよ。だって、私が師走さんと仲良くなりたいって思えたのは、燐歌さんが師走さんと友達になってって言ってくれたから。その必要があったからだけど、そう言ってくれなかったら私ずっと師走さんを避けてたから。それに燐歌さんが届けたいって強い想いを持っているから。強い想いを持てているからここに今いられるって思っているから。想いを届けたい人を見つけられたって思っているから。私も強い想いを持って、色々なことを頑張ろうって思えてるんだ。だから、燐歌さんが傍にいてくれてすごく心強いんだよ」


 抱きしめたいなあ。

 燐歌は目を潤わせながら思った。

 思いっきり抱きしめて、ありがとうって言いたかった。


「琳。色々なことを頑張ったら疲れちゃいますよ。ほどほどに」


 燐歌は琳の手を優しくとんとんと叩くと、琳の手から自分の手を離した。


「うん。まあ。うん。今は、師走さんに挨拶することを頑張るよ」

「はい。あ、でも宿題は頑張ってくださいね」

「はーい」


 琳は大きく手を上げると、ランドセルを開けて今日出された宿題のプリントを机の上に置いて、鉛筆を持って宿題に挑むのであった。


(ありがとうございます。琳。私も私ができることを)


 とりあえず今は、宿題をしている琳を静かに応援する燐歌であった。











(2023.5.23)



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