第86話 修行お疲れ様会2
野次を飛ばす若者たちに対して、エリーナがキレかけている。周りの人たちも雰囲気を感じ取ったのか、店内は静まり返っていた。
私はそんなことよりも、ヒビの入ったグラスとへこんだテーブルが心配だった。弁償させられたらどうしよう。
(時空魔法 《タイムレグレッション》)
これは発動までに時間がかかるのが難点だが、消費MPに応じて時間を戻す魔法だ。これでなんとか誤魔化さなくては・・・
エリーナはグラスから手を離して今にも立ち上がろうとしていた。
「エリーナ、落ち着いて。私は気にしてないから食べちゃおうよ。料理冷めちゃうよ」
「ふぅぅ・・・了解した」
エリーナは苛立ちを沈めようと深呼吸をした。そうこうしているうちに魔法が効いてきたようで、グラスとテーブルは元通りに戻っていった。こぼれたエールは仕方ない。
(《ドライ》)
これで濡れたテーブルは乾いてくれた。ちょっとベタつくかもしれないが、なんとか誤魔化せそうだな。そうこうしているうちに、先程の若者たちは興味を失ったのか、もう別の話をしていた。
こちらの様子をうかがっていた他のお客さんたちも、それぞれ話しを再開していた。ひとまずトラブルにならずに済んだようだ。
「・・・ところで師匠、今、何か魔法を使わなかったか?」
「き、気のせいだよ。グラスも割れてないし、テーブルもほら、きれいなままだ。飲み物は少し減ってるけど乾杯で飲んだんじゃない?」
エリーナはジト目で私を見てくるが、どうにか誤魔化して私たちも食事を再開した。
その後は特に絡まれることもなく、2人で飲み食いすることが出来た。エリーナは久しぶりに食べるちゃんとした料理だったからか、何回も注文をして、どれも満足そうな顔を浮かべていた。
「美味かった」
「そうだね。エリーナ、そろそろ帰ろうか」
席を立ち、お会計に向かう。私のおごりということでお腹いっぱい食べたエリーナはご満悦だ。予想以上に食べ飲みしたので、私の財布はだいぶ軽くなったけどね。
お店を出ると、後ろからゲラゲラ笑いながら付いて来ている人たちがいた。私たちに野次を飛ばしていたあの3人組だ。
「師匠、さっきの奴らにつけられてるぞ」
どうやらたまたま帰りが一緒になったというわけではなさそうだ。まぁ私としてはそんなことよりも、店員が追いかけてきてグラスとテーブルの破損を弁償させられないかの方が気になってしょうがない。魔法で誤魔化したので、大丈夫だとは思うけど・・・。
「じゃあ裏路地にでも行って彼らと
「いいのか?店内ではトラブルを避けたい様子だったが・・・」
異世界ものではお店の中で暴れて成敗する流れが多いと思うけど、今の私はこの世界で生きているのだ。もしも自分のお店を滅茶苦茶にされたら、誰だって嫌だと思う。
「お店の中で暴れたらマズイでしょ。美味しい料理を出してくれた人たちに申し訳ないし。でも他の人に迷惑がかからなそうな場所なら、別にいいと思うよ」
私たちは大きな通りから裏路地へ曲がった。それを見ていた3人組はシメシメと思って後を付けてきた。
「ちょっとそこの綺麗なお姉さん。俺たちと遊ばない?」
「何だ貴様らは?」
エリーナは睨みつけるように彼らを見た。相手は私たちを見下しているようで隙だらけだったので、こっそり彼らにスキル《鑑定》を使用してみた。
レベルは20前後だった。
エリーナなら問題なく制圧できそうだけど、むしろ逆に過剰防衛にならないかが心配だ。
「そこのガキじゃ物足りないだろうからさ、俺たちと遊ぼうよ」
「坊や、よく見るとかわいい顔してるじゃん。坊やは私と遊ぼうか。背伸びしている男の子って私、好みなのよね」
近づいてきた男2人の目的はやっぱりエリーナか。で、女の人は私を狙っているのか。自分が言うのもなんだけど、子供っぽい子を狙う人は危険な気がする。ただ単に愛でたいだけなのかもしれないけど・・・。
さてどうしよう。
「おい、そこのガキ。早くコイツとどっか行ってろ」
「コイツってひどーい。ねぇ坊や。お姉さんを慰めてくれるよね?」
うん、この人は危険な方だ。
変なことされる前に早く終わらせよう。
「・・・師匠、もういいか?」
「エリーナ、殺しちゃ駄目だからね」
私が倒してもいいけど、それだとエリーナが1人になったときにまた襲われるかもしれない。ここはエリーナに倒してもらい、実力の差を分からせたほうがいいだろう。
「おい、早く行くぞ」
男がそう言って、エリーナの腕を掴もうとした。エリーナは掴もうとした男の手首を握ると、軽くひねり上げた。
「痛っ!」
痛みに顔を歪めた男を、もう一人の男の方に勢いよく投げ飛ばし、エリーナはニヤリとして剣を引き抜いた。
「キャッ!」
男が眼の前でぶつかり合って仰向けに倒れたのを見て女は僅かに悲鳴をあげた。
悲鳴が続かなかったのはなぜかというと、エリーナが剣を3人に向かって振り下ろしたからだ。
風が通り過ぎる音がしたかと思ったら、女の前髪が数センチ切り落とされて風に舞っていた。そして振り下ろされたエリーナの剣は、仰向けで倒れている男の眼の前で止まっていた。
「・・・次はないぞ」
「「「・・・」」」
3人組は今の状況をすぐには理解できず、呆然としていた。
「・・・返事は?」
「「「はいっ!!」」」
肝が冷えたことだろう。これに懲りて真っ当に生きていってほしいものだ。
「ちなみに師匠は私よりも強いからな。人を見た目で判断しないことだ」
3人組は驚いた表情でさっと私を見た。嘘だろ?と思っているに違いない。でもまぁエリーナがいうと説得力が出るな。綺麗な顔してこの強さ。
そういえば最初に出会ったころ、子供の私はエリーナにいきなり斬りかかられたんだったな。
エリーナはもう興味がなくなったのか、大通りの方に向かって歩いていた。私も遅れないように後についていく。あれ?これだと立場が逆のような気もするが・・
『三尺下がって師の影を踏まず』
異世界にもことわざはあるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます