14. 交易都市ヴァードモイへ
約束の10日間はギルドの常設依頼を中心に出ているモンスター狩りに努め、魔石を回収していった。
基本的に討伐は最下級モンスターが相手なので手こずることもないが、魔石の質も悪い。
それでも、タラトには我慢して食べてもらい、シルクスパイダーを三巻きほど追加で手に入れた。
これはヴァードモイでの商材にしよう。
そして10日後、わりと長く滞在した『大鷲の巣』を後にし、昨日切符をもらっていた長距離バスの停留所まで行く。
長距離バスの停留所はまだがらんとしており、1台だけバスが止まっていた。
バスと言っても現代的なバスではなく、金属製の幌馬車に席が並んでいて運転手席が先頭に着いている感じのバス。
出入り口は運転手席への仕切りドアを開かない限り真後ろの1カ所のみ。
窓もガラス製だけど、分厚いせいで曇ってしまいあまり中がよく見えないや。
私の席は指定席なので早くきた分には問題ないだろう。
私はヴァードモイ行きのバスまで近づいていった。
「ようこそ、小さなお嬢さん。ここはヴァードモイ行きのバス発着場ですよ」
「はい、私は今日からこのバスでお世話になるリリィです。これが乗車証です」
「……なるほど、かしこまりました。指定座席は前一列目の右1番と2番で間違いありませんね?」
「はい。問題ありません」
「では、ご乗車を。ああ、当バスは毎日宿場町を経由しての旅となります。お嬢様は旅の間バス会社指定の宿でしたら無料で泊まれるプランですので、よろしければぜひご利用ください」
「その宿って従魔も泊まれるんですか?」
「大丈夫でございますよ。そこの事前確認は済んでおります」
「じゃあ、その宿を利用させてもらいますね」
「ええ、よい旅を」
私は品のいい運転手さんに見送られてバスの車内に入る。
バスの車内は左右2列ずつの構成だ。
一番後ろの席だけ後ろ向きなのはなぜだろう?
ともかく、私は一番前の席、右手側に陣取る。
窓側に私が座って荷物を降ろし、通路側にタラトがよじ登って私とタラトのクッションを作ってくれた。
座ってみて改めて感じたんだけど、車のクッションって結構硬いんだよね。
なので、粘つかない糸でクッションを作ってもらったんだ。
これで座席事情も快適になった。
やがて、バスの乗客も集まってきて車内が賑わい始める中、ちょっとしたハプニングが起きた。
「ええい! どうして、俺が右1番と2番に乗れん!」
右1番と2番って私たちの席だよね。
なにかあったのかな。
「お客さん、何度も説明しているでしょう? 今回は事前指定席予約で押さえられていたって。当日自由席でやってきたお客さんには無理な話だ」
「だが、俺はこの数年間毎回あの席をずっと使っていたのだぞ! 譲るのが普通ではないのか!」
うわぁ、悪質なクレーマーだよ。
自由席で同じ場所を使い続けていたからって指定席の客がいた今回も同じ席を使わせろっていうのは無理がある。
それともごねればなんとかなると思っているのかな?
「そもそもお客さん、左右1番から6番までは指定席を優先するというルールがありますよね? いままでだってそれを金の力であとになってから奪い取り乗り続けた前科があるんだ。いまさら我が儘を言われても困ります」
「ええい! お前では話にならん! 席に陣取っている者に直接交渉させろ!」
「そういうわけにも参りません。今回の客は商業ギルドのギルドマスターからお願いされた上客中の上客だ。仮にもトラブルがあったなんてしれたら会社の信用問題になる」
「なんだと!?」
「そういうわけだから自由席に座ってくれ。ああ、自由席は残り2席しかないから4人のうち2人は諦めてくれよ」
「ふざけるな! なぜ、俺が同行者を諦めねばならん!」
「そりゃ、発車時間近くになってから現れたからさ。残り2席しかないんじゃ2人しか乗れないだろう?」
「護衛席は!? 護衛席なら……」
「護衛席は護衛の皆さんが乗る席だ。そこを占有するつもりなら道中のモンスター退治は任せることになるが?」
「くっ……おい、乗客ども! 誰かふたり降りろ! 俺様はジャガント商会の跡取り息子だぞ! にらまれたくなければ席を渡せ!」
うわぁ、遂に乗客まで脅し始めた。
ジャガント商会ってこういう横暴が許される場所なんだ。
覚えておこう。
「どうした、さっさと……」
「これ以上はやめな。営業妨害になるよ」
跡取り息子とやらが再び吠えようとした瞬間、完全武装のお姉さん方が間に割って入った。
見た感じ乗客じゃないし、4人いるからバスの護衛かな?
「何者だ!」
「このバスの護衛さ。さすがに手に負えなくなったからってあたしらが派遣されてきたんだよ」
「なに!? 私が席を譲るようにお願いしていることのなにが悪い!」
「あんたは譲るようにお願いしているんじゃなく脅迫して席を奪い取ろうとしているんだ。その違いもわからないのかい?」
「この、言わせておけば……おい、この女どもをたたきのめせ!」
「い、いや、若様。こんな白昼堂々もめごとを起こせば我々が留置所送りになるだけで……」
「なんだと!」
うーん、あの跡取り息子って頭が悪そう。
ジャガント商会も先が暗いんじゃないかな。
ジャガント商会が仲間割れを起こし始めた隙を見計らい、護衛の皆さんもバスに飛び乗ってバスは出発した。
もともと空いている2席は途中の街で乗車予定の人の物らしい。
つまり、あの人たちの座る席なんて元からなかったわけだ。
ちょっと滑稽だね。
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