第七章 大切なもの
「お役所仕事は……これだから……」
あれから、私は本当に一人で脱走した……
事情聴取を受けなければいけなかったが……そんな暇は無かった……
親権は向こうにある為に……警察では何もできない……
だから……私がやるしかない……携帯が鳴る……
「私だ……」
「妾じゃ……今回の事は、相手側の準備が周到と言うよりも、妾たちに運が無かった……」
その声に力が無い……だが……
「妾はお主を家族と思っておる、お主だけではなく組織の者すべてをじゃ、
じゃから、あの二人がお主の家族なら、妾の家族でもある、妾は妾の家族を守るために全力を尽くすだけじゃ」
皇帝が組織をそんな風に考えていたことを知り、私を家族と言ってくれた皇帝に少し嬉しいと思った。
「親権等の問題は、必ず妾がなんとかする、じゃから……約束は必ず守るのじゃぞ」
元気をふるい立たせるように、皇帝はそう言うと……
「もう、奴らの拠点のほとんどは調べたのじゃが、お主は岩倉の家を頼む、他の者は他の場所の制圧に出ていて、お主に頼むしかないのじゃ」
私が拘束されている間に、制圧したというのか…………
「お主も何かせぬと落ち着かぬじゃろ?じゃがな、油断はするでないぞ、強者の慢心は死を招くからの」
「わかってます……二人が見つかったら私にすぐに連絡してください」
私はそう言うと携帯を片付け、岩倉の家へと向かった。
移動しながら、脱走する際に……警部が投げてくれた手帳を読んだ
手帳には岩倉の情報が記されていた……
万が一私を裏切った時、二人を助けるために集めていたのだろう。
私は良い友人に巡り合った事を感謝しながら、内容を確認した。
その内容は……岩倉が……どれだけ駄目な人間であるかが書かれていて……自分の娘に売春をさせよとした事が書いてあった……
怒り狂いそうな心を……私は抑え……足を速める……
古いアパートが……見えた……あそこに二人がいるのか?
私は……手帳に記されていた番号に……電話をかけた……声が聞こえれば……すぐに動けるように……
***
楓が急に倒れ……ぼくは楓を慌てて支えたが、力が足りず、尻餅をついてしまった……
「大丈夫ですか!すいません……気が動転して……」受付の人が……近づこうとしたが……誰かが……楓を引き上げて……く……れ……た……
「なにをしているんだ、早く家に帰るぞ!」
岩倉……丈……だった……
「ちょっとなにをするんです!そんなに乱暴に……」
受付の人が止めようと……近づくが……
「私は二人の父親です……すいませんね……眼を離した隙に……知り合いのお兄さんが捕まったと聞いて……」それからこの男は出まかせを言い……市役所に問い合わせで……保護者である事も示した……
「本当に……この人が保護者かな?」と受付の人がぼくに聞く……
ぼくは……違うと言おうとしたが……怖くて喋れなかった……あいつの眼が怖かった
「この子は人見知りで喋るのが苦手なんですよ」
僕が何かを喋る前に……逃げ出そうとしている……早く何か言わなくては……
「こんな子だから、この子が気負ってしまってね……はやく主治医に見せないといけないので失礼します」あいつが……ぼくの手を掴む……はやく……はやく……助けてって……言わなきゃ……
ぼくは……息を吸い、声を出そうとした瞬間……口を布でふさがれ…………
眼を覚ますと……あの家に居た……酒臭い……アパートで寝かされていた……すぐに……楓を探そうと周囲を見る……キッチンの床に無雑作に寝かされていた……
それを……あの男は見ながら酒を飲んでいる……
「まったく……楓の奴は……あの女に似やがって……」
ビールの缶が……何本も転がっている……
顔はもう真っ赤で……理性の欠片も無い……
「こいつもあの淫乱のように……男を……」ふらふらと……あいつは立ち上がり……楓に近づく……
そして……襟元に手をかけると……容赦なく服を引きちぎった……
朱鷺が買ってくれた服が……引き裂かれる……
楓の肌がさらされていく……荒くなっていく息……こいつは……また楓を襲おうとしている……
そうだ……前にもあった……こんな事が……お酒を飲み……楓に襲いかかろうとして……お母さんが……助けてくれた……あの時はお母さんが助けてくれたが……いまは……いない……
ぼくが……助けないといけない……体がふらつく……でも……ぼくは……そばに落ちていた酒瓶を持ちあげ……ゆっくりと近づき……その頭に叩きつけ……たが……体に力が入らず……
「痛って……な……あぁ!餓鬼!」こいつを怒らせただけだった……さっきまでの興奮状態が別の興奮に変わっていく……だけど……ぼくは……
「う……るさ……い……うるさい!!楓に手を出すな!」
そう言って……今度こそ……こいつを……倒す為に酒瓶を握る手に力を込める……
「うるさい……だと……凪……実の父親にうるさいだと!」初めから分かっていた事だった……ぼくの力じゃこいつに勝てない事は……
奴の手が……ぼくの頬……力任せに……叩く……口の中に鉄の味が……
それでも……ぼくは諦めない……
「なんだよ……その眼は!あのクソ女と同じように俺を見下しやがって!」男は突っ込んでくると片手で、ぼくの腕から酒瓶を叩き落とすともう片方の手で……ぼくの首を掴み持ち上げる!
痛い……苦しい……ぼくは……一生懸命暴れるが……首に指が食い込み……もう……力が入らな……くなる直前その手が離され……ぼくは背中から落ちその衝撃で呼吸が止まり……苦しくて……涙が出た……
「クソむかつく……クソむかつく!」悔しい……護りたいのに……助けられない……ぼくは……なにも出来ないの……朱鷺の顔を思い出し……ぼくは……泣いてしまった……
「いやだよ……朱鷺……嫌だよ……」
「忌々しいガキの名前なんて出しやがって!」朱鷺の名前を出した瞬間……あいつの眼は血走り……ぼくのお腹に蹴りを入れた……
「どんなに泣き叫ぼうが……あの男は留置所で出て来れなぇんだよ!」
そう言いながら何度もぼくのお腹を蹴る……それが悔しくて……ぼくは朱鷺の名前を呼び続けた……
「いい加減にしろ……俺を見捨てて……あの女について行きやがって……お前らの親権を確実に手にしたら……お前らには稼いでもらわなきゃいけないから……我慢してたが……もう良い……身の程を教えて……」その眼は……いつの間にか……楓を見ていた……気持ち悪い眼に変わっていた……
ぼくは……逃げようと……したが……痛くて動けなかった……
もう駄目だと思った時……電話が鳴った……
「ちっ……動くんじゃねぇぞ!」あいつがぼくにそう言うが……動けるなら……また、おまえに攻撃する為に立ちあがっている……そう言いたかった……でも……ぼくの体は……痛さと恐怖で……もう動けなかった……
***
「もしもし……もしもしって言ってんだろ!返事をしろよ!」
相手に反応がある事を確認した私はアパートに走り……奴の部屋の扉を蹴り壊した
「二人とも……迎えに……」扉を壊して……私の眼に映ったものは……服を破かれ床に倒れている楓さんと体をくの字にして泣きなが倒れている……凪ちゃんだった……
手帳に書いてあった売春の言葉が……私から考える力を奪っていく
私は二人の姿に……呆然と立ち尽くしてしまった……
次の瞬間……後頭部に……鈍い痛みが走った……生温かい何かが髪を滴り……背中に……広がっていく……
私はゆっくりと背後を見る……男が……手に赤い液体のついた酒瓶を持ちながら……へらへらしている……
私は首筋を手で触れると……びちゃりと湿っていた……血だ……そう理解した瞬間……既に手は動いていた……吸いこまれるように……男の顔面に叩きこまれる拳……
なにも考えない……体が動く……容赦なく動く……痛みだけを追求するように……手が動いた……
目の前の男が……抵抗するように拳を突き出してきた……
私はその拳を相手の拳とは逆の手で……捌くと……へし折った……醜い音が……目の前の男から聞こえるが……関係無かった……ただ……私は……これを壊せれば何でもいいと……そう思って動いていたら……
私の腕が急に重くなる……疑問に思い……腕を見ると……誰かがしがみついている……認識しようと思ったが頭が痛い……なにか……言葉を出している……誰だろう?そもそも……なんで……私はここに居るのだろう?
もうどうでもいい……私は……腕にしがみついているものを振りほどく……壁にぶつかったそれから、眼をそらし……再びこの男を殴ろうと拳を振り上げようとしたら……またしがみつかれた……
邪魔をしないで欲しいと思ったから……今度は少し強めに振り払った……今度こそ……再開できると思ったのに……次は……足に……しがみついてきた……邪魔だと思ったが……腕にしがみつかれるよりは、マシだったから……私はそのまま男の破壊に……おかしい……足以外にも……腰の部分に誰かがしがみついている……後ろを向くと……いつの間にか……私を抑える人が増えていた……
邪魔だ……本気で振り払おう男を手放し……二人の頭を掴み力を込めようとしたが……なぜか力が入らない?
振り払う事を拒絶していた?
なぜだ?なぜ振り払う事が出来ない?さっきまで振り払う事が出来たのに……
「や…………て……と……も……」それに……なにか聞こえる……誰かの声……私は……
長い黒髪を束ねた黒い和服の少女の姿が……脳裏をよぎる……これは……楓……
腰まで伸びた白い和服の少女の姿がよぎる……これは……凪……
頭が痛い……頭が痛い……私は……両手で頭に触れる……割れるように痛い……
「もう……めて、と……も……ないで」
声が聞こえる……とても……大切な……
「もう止めて!」
私の頬を誰かが……叩いた……誰が私を叩き……私は……
「朱鷺!いい加減にして!」
両サイドから……挟むように叩かれ……
私の視界が……意識がはっきりしてきた……ああ……そうだ……
私の名前は……朱鷺……そして……いま私を叩いたのは……
「あれ……なんで……私は……確か……楓さんと凪ちゃんを助けに来た筈なのに……」
なんだか……くらくらすると……後頭部を触ると……濡れていて……
「なんで後頭部から血が出ているでしょう?」
そう言うと二人は……急に泣きだした……
よくわからなかったけど……私は二人を抱きしめ……頭を撫でる
「無事で良かった……」家へ帰ろう……
そう言おうと思った時……二人の背後で……なにかが立ち上がる……
その手には……包丁を持ち……
「このぉ……くひょ……どょも……」破損した顔面から……気持ち悪い音を立てながら……二人に近づく
二人は……背後の異変に気づいてはいない……声に出さなきゃいけないのに……声が出ない……体を動かさないといけないのに……動かない……
ああ……そうか……いま私は……意識だけが自己暗示が掛かっている状態で……ただ見ているしかないのか……このままでは……二人の内のどちらかが……刺される……
そんなことは許せない……私は……願った……必ず助けると……腕だけが動く
私は……二人を……抱きしめ……撫でていた手で……二人を横へ……突き飛ばすと……
もう私の腹部に包丁の刃先は埋まっていった……苦痛がじわじわと……脳に送られる……だが……それでも私は腕を動かし……岩倉の頭を挟むように両側面に拳を叩き込み……骨を砕いた……
そこで……私の自己暗示は途切れ……泣きながら私のもとに走る二人を見て……私は……幸せだと思った……なぜなら……二人を護る事が出来たのだから……
***
「朱鷺さん?」
「朱鷺?」
二人の少女には……理解出来なかった……自分たちを抱きしめていた腕が……自分たちを突き飛ばした事を……
そして……二人には理解できなかった……
目の前で……自分の父親に……腹を刺された大切な者の姿を……
二人は……朱鷺に駆け寄る……
「ぶ……無事で……すね」朱鷺が……力無い表情で微笑む……
「止めて朱鷺さん!これ以上喋らないで!すぐに救急車を……」二人は互いに朱鷺の手を掴む
「朱鷺……死なないで……朱鷺……」凪が泣きながら時に言う……
「ええと……救急車の番号……ええと……110……117?どれ……どれ!!」
楓は焦りながら……一生懸命……思い出そうとするが……焦れば焦るほど……思い出せない……
「まっ……たく……かえで……は……11……9……だよ……」
そんな楓を……朱鷺はまるで……他人事のように……教える……
もう朱鷺は幸せだから……もう何が起きても……平気だと思った……たとえ、それが死であろうと……こんな気持ちのまま……眠れるなら……それも良いとさえ思っていた……
それなのに……
「朱鷺……朱鷺は……死ぬの?ぼくたちを残して……居なくなるの?」
凪のこの言葉に……朱鷺は……不安に思った……
これは……自己満足で……自分はいま……二人を不幸にしようとしているのではないのか?
二人に……また失う苦しみを与えるだけではないのか?
朱鷺にはそんな事を許せる筈が無かった……
自分の死程度で……二人が不幸になって良い筈が無いと考えた……
そう考えるとこのまま眠る気は微塵もなくなる……
そもそも……朱鷺にはやり残したことがある……あの弁護士と戦わずに……眠るわけにはいけない!
「朱鷺……」眼に涙を溜めて……朱鷺を見る凪に……朱鷺は、力強くその手を握り返す
「このまま……ねむ……るわけにはいけませんね……」そう言いながら……朱鷺は……前田に対する復讐を考えていたが……朱鷺の意識は……次第に薄れ……自分で気づかないうちに意識を失っていた……
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