千億の星、ひと粒の砂~ラースガルドの気ままな宇宙放浪譚

桐苳れい

第Ⅰ部 遭 遇 篇

序 章 七つの「人類」

第001話 人 類(ヒューマン)―前篇―

 この宇宙には、種族の異なる七つの「人類ヒューマン」がんでいる。

 地人族アーシアン森人族エルフ聖人族セイント竜人族ドラゴン巨人族ティターン獣人族セルリアン、そして魔人族フェリアルだ。これだけの数が棲んでいるのだから、わざわざ異世界になんて転移する必要もない。まあ、「人類ヒューマン」をどう定義するかによっては数字が微妙に変わってくるのだけど、一般的には「他種族とも意思の疎通が可能な知的生命体」ということになっている。

 過去には、やれ手足が何本あるだとか、羽根が生えているだとか、身体からだの大きさがどうだとかいろんな議論がされたらしい。だけど、あんまりこまかいことまで決めすぎるとそれこそ戦争になってしまうので、今はだいたいこの定義づけで落ち着いている。

 地人族アーシアン――かつて地球テラと呼ばれた太陽ソル系の第三惑星を発祥の地ルーツとする人類ヒューマンが、別の種族と最初に出会ったのは今から一〇〇〇年ほど前のことだ。その頃の地人族アーシアンが使っていた紀年法こよみで言えば、宇宙暦〇三二七年のことになるのかな。

 ちなみに、宇宙暦〇〇〇一年は西暦二四七七年にあたるらしい。

 鉱物資源やらエネルギー資源やらをほぼ使い果たして、もう太陽ソル系だけじゃこれ以上の繁栄は望めなくなった地人族ごせんぞたちの悲願、いわゆる亜空間跳躍ワープ航法の完全実用化から二〇年ほどが過ぎたその年、木星ジュピターの第一衛星からそと宇宙に飛び出した宇宙移民調査船団の後ろ姿を見送ったその年に、地人族ごせんぞたちは「宇宙暦」の制定を高らかに宣言したのだ。

 そうして宇宙暦〇三二七年。三つの恒星系で四つの植民惑星を手に入れていた地人族ごせんぞたちは、自分たち以外の知的生命体――聖人族セイントと初めて遭遇する。それまでフィクションのなかでしか存在しなかった生きている異星人たちが現実に目の前にいたのだから、当時の地人族ごせんぞたちの驚きようは大変なものだっただろう。けれども、最初に遭遇した異星人が聖人族セイントだったことは、地人族アーシアンにとって幸運だった。これがもし好戦的な竜人族ドラゴンだったとしたら……地人族アーシアンは「過去に存在した人類」として歴史の教科書に載るだけの種族になっていたかもしれない。

 

 聖人族セイント――青い髪と青い瞳をもつその人類ヒューマンの、それ以外の身体的特徴は地人族アーシアンとほとんど変わらない。生物としての寿命の長さも地人族アーシアンと同じようなものだ。性格は温厚で徳が高く、「人格高潔を絵に描くと聖人族セイントになる」とまで言われている。まさに「聖人せいじん」で、彼らをして聖人族セイントと名付けた昔の人――それがどの種族の人なのかは知らないけど例えどの種族の人であっても、おそらくはそれ以外の名前を見いだせなかっただろう。アルメリア星系の惑星ウラノスを主星とする彼らは、他のいくつかの恒星系を従えながら、アルドナリス聖皇国という国家を形成している。最高指導者の肩書きは「教皇ルミナス」。宗教国家であることも、彼らが聖人族セイントと呼ばれる理由のひとつだ。

 聖人族セイント地人族アーシアンたちと遭遇しても特に驚くことはなく、柔らかな笑顔を浮かべて歓迎したという。自分たちの宗教を押しつけてくることもなく、ゆっくりと時間をかけてさまざまな宇宙事情を地人族ごせんぞたちに教えてくれた。「多種多様な宗教を相互に尊重しあいましょう」というのが彼らの教義だったから、かつて地球テラ上で頻発ひんぱつした宗教的ないさかいが起こることもなかった。逆に、地人族アーシアンの宗主国だった「太陽系連合S・U」のごく一部で、「聖人族セイントを征服して勢力を伸ばそう」などという考えが一時的にだけど発生したものの、さして長くは続かなかったという。

「やれるものならやってみろ。吾々われわれは独立して聖人族セイント側につくぞ」

 と植民惑星群こどもたちに脅されては、太陽系連合おやとしては引き下がるしかなかったのだろう。移民によって人口は減ったものの、すでに自給自足のための手段を失っていた当時の地球テラにとって、植民惑星群の離反はそれこそ死刑を宣告されたようなものだからだ。


 森人族エルフ竜人族ドラゴン巨人族ティターン獣人族セルリアン、そして魔人族フェリアルの存在を地人族アーシアンに伝えたのも、もちろん聖人族セイントだ。そうして彼らは「汎人類交流会議サミット」への参加を地人族ごせんぞたちに促し、宇宙暦〇四〇一年――星暦せいれき三七七九年にいたって太陽系連合S・Uはその一員となった。

汎人類交流会議サミット」と言っても、難しい規律ルールなんてものは存在しない。宇宙の平和と安全の維持のために、年に一回、国や種族の代表が集まって仲よくお茶でも飲みましょう程度のものだ。各惑星間で問題となったはずの「ときかぞえ方」も、地人族アーシアンが参加するはるか以前の会議ですでに解決されていた。

 一日は二四時間、一年は三六五日。地球テラをはじめとする太陽系連合S・U内で使われていたこの標準時を「汎人類交流会議サミット」の標準時――「星暦せいれき」に換算すれば、一日が二七・五時間、一年が四八七日になるだけのことだ。これも「汎人類交流会議サミット」の開催日時を間違えないための手段として決められているに過ぎず、各惑星、各国、各種族の内部では、それまで通りのこよみが継続して使われている。

 ひとつ例外をあげるとするなら、太陽系連合S・U内で使われていた「宇宙暦」が〇七九四年をもって終了したことだろう。理由は簡単、太陽系連合S・Uそのものが崩壊したためだ。戦争があったわけじゃない。直径一五キロほどの、むしろ小惑星と言ってもいいほどの隕石いんせきが落下して、地球テラは人が住める惑星ほしではなくなってしまったのだ。地球テラに住む人口の約三割が、このときに犠牲となった。残る七割は、落下前にいくつかの惑星に移住していて助かった。限られた時間内での数億人規模の移民――考えるだけでも気が遠くなりそうだけど、これには聖人族セイント森人族エルフといった多くの人類ヒューマンが協力してくれたらしい。結果として太陽系連合S・Uは崩壊し、植民惑星群はそれぞれが独立して新しい国家となった。それらの国では「宇宙暦」が廃止され、「星暦」が新しいこよみとして採用された。

 のでご婦人がたのウケがよかったというのは、地球テラにとってはある意味皮肉な結果になってしまったのだけれど。

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