第6話 街灯の下と弁当屋
ムリネイ草をいくつか回収して村に戻り、調合屋で早速アイテムを作る。
≪眠り玉を五個作成しました≫
まとめての製作も簡単だ。少々味気ないという感想になるが、おそらくこれが正解なのだろう。操作の要求数が多いとプレイを重ねるごとに、段々と面倒に感じる気がした。
【眠り玉】
『種類』攻撃アイテム
『効果』ぶつけた対象を睡眠状態にする
『説明』ムリネイ草が練り込まれた土の塊
においを嗅いでいると眠気を誘う
眠り玉の詳細を確認すると投げてぶつけるようなことが書いてある。罠にしてはアグレッシブだけれど、初めに作れるアイテムなのを思えば納得できた。
アイテム欄から実体化させて手にしてみる。大きさは野球用のボールより若干小さくて投げやすそうだった。
試しに嗅いでみると土臭さがあって頭がふわふわする感覚がした。説明の眠気を誘うとある通りだ。電子ドラッグのレベルには程遠いものの、五感への入力は攻めた設定になっているらしい。
その眠気に似た感覚に当てられて結構な時間を遊んでいたことに気づく。現実時間の表示を見るとすでに夜だった。
思った以上に楽しくて熱中してしまったな。一度ご飯休憩を取ることにした。
メニューからログアウトを選ぶと浮遊感の後に目の前が暗くなる。ゲーム機を外して起き上がり、バキバキの身体をほぐして部屋の電気をつけた。
ふと姿見が目に入る。そこに映った姿がゲーム上のものと似ていて妙な気分を覚えた。現実とゲームが曖昧になる不健全さがどこか心地良かった。
早くゲームを再開したいので弁当を買いに行くことにする。見られて不愉快に思われない程度のラフな格好に着替え、財布を持って家を出た。
街灯の下、疲れた顔で道を歩くスーツ姿の人たちにヒールをかけたくなってくる。現実的に考えればヒールはお金に置き換えられるのか。現金を配るなんて真似は怖くてできないけれど。
近くの弁当屋に入ると先客は一人。待ち時間は少なくて済みそうだ。
◇
≪18:42 UserLog OnoshitaKoyomi≫
「ふぅ……」
お弁当屋さんでの待ち時間、一日お疲れさまでしたと自分をねぎらう。持ち帰りの仕事があって疲れる余地はまだ残っているけど、しばしの休憩だった。
仕事量に教職へ就いたのは間違っていたと思うこともある。でも、慕ってくれる生徒がいると逆の気持ちも湧いてきて、簡単に辞めるという選択肢は選べないでいた。
そして、今日は悩みを吹き飛ばす楽しみなことが待っている。
「あの……」
年甲斐もなく、と周りからは思われるかもしれない。しかし、学生時分にネットゲームを遊んでいた身としては懐かしさもあって……。
「あの、呼ばれてませんか?」
「え? あ、ごめんなさい!」
隣の人に声をかけられて気がつく。カウンターで店員さんが私の番号を呼んでいた。
慌てて受け取り、お辞儀を二度三度繰り返してお店を出る。あれこれ考えすぎてぼーっとしてしまった。
気を取り直して近くにとめていた車に乗って走らせる。ここから家は近いので十分ほどで到着した。
駐車場で車を降りてマンションに入る。エレベーターを使わず、身体に意味のない鞭を打って三階まで階段を上がった。
「ただいまー」
鍵を開けて待つ人がいない家に上がり込んだ。電気をつけて荷物を下ろし、買ってきたお弁当をテーブルに置いた。
着替えたらどっと疲れがやってくる。上着だけを脱ぎ、書類を出して残った仕事にとりかかることにした。ただし、食事をしながらのだらけ気味に。
「あっ!」
開けたソースの袋が言うことを聞かず、書類の上に一滴飛んでしまった。まあいいかと拭き拭きし事なきを得て進める。
「……」
「……」
「……」
うーん……身体がうずうずしてあまり捗らない。
「そうだ、確認だけでも……」
この気持ちを静めるには手を止める勇気も大事。ヘッドマウントディスプレイ型のゲーム機を取って予約ダウンロードがちゃんと完了しているかを見てみる。
「あった、ディープ・アンティーク・オンライン」
タイトルロゴはいい意味で古臭く感じるようデザインされていて好感を持てた。
ゲーム機を目の前に置いてにやにやする。仕事が終わるまでプレイはしない。しないけど、掲示板を覗くぐらいは……。
スマホで開くと様々なスレッドが乱立している。総合スレッドのカウント数は三桁目前、注目されているのが分かった。
中には妖精おじさんという謎のスレッドもある。変わったイベントが用意されていそうで、うずうずが強くなってきた。
迷いがちのプレイヤー名は決まっている。本名の下の名前、暦を片仮名にするだけだった。コヨミ表記なら変に目立たずゲームらしいキャラになる。
「……よし」
プレイしたい気持ちは募りに募った。早く仕事を片付けて現実を忘れよう。
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