第300話 泉の女神の信仰

別にトマトが凄く好きという訳ではないのだが、やはりトマトケチャップは欲しいのである。

しょんぼりした5歳児のマリアローゼは、しゅん、としながらノアークの膝に座って馬車に揺られていた。

急勾配の丘陵地帯を、蛇行するように敷かれた街道をゆっくりと馬車が下りていく。

白く聳え立つ尖塔は、かつてこの地に栄えた泉の女神の為に立てられた神殿だという。

女神信仰は泉が枯れると共に廃れてしまったらしく、今は神聖教がその神殿を使っていた。

この峡谷の町に下りると、更に西に街道が伸びて、すぐにフィロソフィ公爵領へと入る。

小さな街道が南北にも伸びていて、北はアートルム伯爵領、南はコンワルリス伯爵領に続いていた。


仲の宜しくない二つの伯爵達が町を巡って小競り合いを続けていた折、仲裁に入ったフィロソフィ公爵の元で、ルルーレは王家に接収されて直轄地となり、街道も王家が整備したのである。

税も王家が徴収しているが、その際の条件で、ルルーレを通る三家の通行税は減免されているという。

フィロソフィ家にとって、完全に漁夫の利である。


物流の拠点であり、観光の名所でもあるルルーレは大きさは山々に囲まれていて小さいものの、

王都から離れた場所にしては栄えている。

公爵家が足を止める宿も、白亜の城の様な高級な佇まいであった。


「明日にはもう領地に入りますのねえ…」


のんびりとソファーに凭れかかって、マリアローゼはルーナが早速用意した紅茶を口に運んだ。

マリアローゼの言葉に、ルーナは頷きながら、手荷物からマリアローゼの大好きな置物達を取り出している。


「はい。2日程行くと平原のお屋敷があって、そこで2,3日過ごされると仰っていました。

その後3日かけて海のお屋敷に参りますとか」


グランス手作りの熊の置物と、羊の置物を枕元に設置して、小さな燭台の載せられている机に、小さなロバの置物も置かれる。


「領民の生活を見て回ると仰っていました。わたくしもお父様にお手紙を書こうと思ってますの」

「それはよろしゅうございますね。きっと心待ちにしてらっしゃると存知ます」


ルーナはにっこりとマリアローゼに微笑んだ。

マリアローゼも紅茶を手に、微笑を返して、はたと気がついた。


「あら?ユリアさんの姿が見えませんけれど……」


窓際で何時ものように読書をしていたカンナが顔を上げて笑顔でマリアローゼの疑問に答える。


「ユリアさんでしたら、マリアローゼ様がお部屋に入られたので、冒険に行くと言って出て行きましたね。晩餐の時間には戻ると思います」


「そうでしたのね。戻られたらお話を聞かせて頂きましょう」


にこにこと嬉しそうに話すマリアローゼを見て、ルーナは頷きつつ晩餐用のドレスの準備を始めた。


晩餐の席でユリアに冒険の話を振ると、身振り手振りを交えて語りだした。

ユリアは神聖教の異端審問官のため、神聖教の中では特殊な立場でもあり身分も高いので、各地の神殿で優遇されているらしい。

恐れられているとも言えるかもしれないのだが。


ともかく、山肌を背に立っている神殿の裏手には、山道が泉まで続いており、そこを辿っていくと古の小さな神殿と水差しを持った女神像があるという事だった。

今は枯れた泉が、その水差しから湧き出ていたという。

小さな神殿も古いながら手入れはされており、神聖教の人々ではなく、古くから住む住民が主に修繕や掃除などをしているらしい。


ふんふんと聞きながら、マリアローゼはいつか行ってみたいなあなどと暢気に思っていたのだが、

近い将来再訪することになるとは、この時は夢にも思っていなかったのである。

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