第283話 長男の特権

ランバートの手を借りて、マリアローゼが馬車の踏み台に足をかけると、中から太い腕が伸びてきて、

ふわりと抱き上げられて、毎度の如くシルヴァインの膝の上に乗せられてしまった。


「あ、ずるいぞ兄上」

「そーだそーだ」


それを見たジブリールとミカエルが騒ぎ出す。


「長男の特権だ」


などと言いながら、フフンと鼻で笑う兄に、他の兄弟も異を唱える。


「ここは公平に順番にするべきでは?」

「………公平にしよう」


キースが提案して、ノアークが頷く。

マリアローゼはしんみりした気持ちが吹き飛んで、神聖国に向かった時と全然違う、騒がしい雰囲気に思わず笑った。

馬車には、前の座席に母のミルリーリウムとフィデーリス夫人が並んで座り、その向かいにノクスとルーナが座っている。

後ろの座席にはキース、ノアーク、シルヴァイン、その膝の上にマリアローゼ。

そして向いにはミカエルとジブリールが並んで座っていた。


窓の外を見ると、外はまだ太陽の光が真横から差し始めたばかりで、薄暗い。

領地へ戻る前に、王城へ挨拶に訪れる貴族もいるが、この国では絶対守らなければならない慣習ではない。

王城で働く当主からの挨拶でも事足りるので、馬車は直接門へ向かう。

ルクスリア神聖国に向かうには北門だが、フィロソフィ領に向かうのは西への道なので西門へと向かっている。

王城とは違う方向への見慣れない町並みに、マリアローゼは興味を惹かれて外をじっと見詰めていた。

時折、通行人が珍しそうに馬車を見送る。

普通の馬車は2頭立てで、長距離や急ぎの馬車でも4頭立てなので、6頭立ての馬車は珍しいのだ。

公爵領から迎えに来ていた騎士団が随行しているので、更に目立っているのかもしれない。


ふと窓をの外を見詰める視界に、馬に乗っているジェレイドが入り、笑顔で軽く手を上げたので、思わずマリアローゼも小さく手を振り返した。


「そういえば、レイ叔父様は何故馬車にお乗りにならないのですか?」


素朴な疑問を口にすると、母が振り返って笑顔で応える。


「窮屈なのは嫌なのですって」


「そうでしたか」


貴族の中では完全に異端だろう。

軽装とはいえ、鎧に身を包み馬を駆って騎士達と並んで領地に戻る人はそうそういない。

旅の途中でも、騎士達と共に過ごして宿には泊まっていなかったのを思い出す。

思えばジェレイドは、騎士達に見劣りする事のない逞しい筋肉も持っている。


お父様に似た上品な顔をしているけど、野生児なのね…


でもそれは悪くない一面だと、マリアローゼはこくん、と頷いた。


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