第260話 完璧なイケメン
「叔父上との話はどうだった?」
執務室を出るとすぐ、護衛のグランスと共にシルヴァインが待っていた。
「お兄様に内容をお話しする予定だったのですが、わたくしの判断では難しい事も含まれますので、
直接お聞きになってくださいませ。まだ、中にいらっしゃいます」
「俺に話すかな?あの人は」
尤もな疑問である。
でも、マリアローゼは悲しそうに微笑んだ。
「お兄様にお伝えする事が、わたくしの望みだとお伝えすれば、大丈夫かと」
「分かった。では、拝聴しよう」
決断すると行動が早いシルヴァインは、早速執務室の扉を叩いた。
マリアローゼはグランスを見上げて、彼の武骨な人差し指をきゅっと握る。
「参りましょう、グランス」
「はい、お嬢様」
優しげな笑顔を湛えて、歩幅を合わせて部屋まで送ってくれたグランスが、部屋の前で立ち止まった。
「お嬢様、これを」
差し出されたのは、木彫りの羊の置物だった。
首の後ろにはリボンがついている。
「こ、これは……マリーちゃん……!」
最近、飼育小屋にマリーの様子を見に行った時、グランスも同道していた。
あれから、作ってくれたのだ。
「最近、ご心労が絶えないようですので、お慰みになればと……あっ」
マリアローゼは全て言い終える前に、グランスに飛びつくようにひしっと抱きついた。
えっくえっくと涙を零しながら、マリアローゼは言う。
「有難う存じます……とても、とても嬉しい。大事にします、グランス」
「いいんですよ。貴女は子供なのですから、もっと我侭を言って下さっても」
大きく武骨な手で、ナデナデと優しく撫でられて、マリアローゼはこくん、と頷いた。
確かに一緒に居て欲しいと伝えた時に、置物を作ってくれるかと聞いたけれど、
中々言い出せることでもなく、遠慮する気持ちはあったのだ。
そんな気持ちを見透かして、こうして大好きなマリーの木彫りを作ってくれたのは嬉しい。
大人かつ紳士かつ気遣い満点で、器用で更にユリアとカンナが頭を下げるほど強い。
え?完璧なのでは?
マリアローゼはしげしげと、涙が残る大きな瞳でグランスを見上げた。
グランスは憂いを含んだ鶯色の瞳で、優しく微笑んでいる。
え?イケメンですよね?
運営は、こんなイケメンを攻略対象にしないとか、どうかしてたんですか???
まあ、その転生やら、並行世界やらは色々と難しい。
この世界を見通せる目のある人物の預言か、またはこの世界からの転生者の手によるものなのだろう。
何にしても、グランスはもう身内同然なのだから、下手な女性を近づけるわけにはいかない。
あら?
だとしたら、ユリアさんなど如何だろうか。
大人で包容力もありそうなグランスならば、ちょっと変わったユリアも受け止め切れるかもしれない。
ふむ、とマリアローゼは考え込んだ。
どちらにしても、本人達の意志なく、事は進まないだろう。
「あ、お時間を頂いてしまって、もうお休みになって、グランス」
「はい、分かりました。お嬢様、また明日」
ぺこりと会釈をして、マリアローゼが部屋に入るのを見守って、グランスは部屋へと引き上げた。
グランスとの話の途中で部屋から出てきたらしいルーナは、寝る前の仕度を素早く整えてくれて、
机の上には今日書いた手紙の封筒と、封蝋が置いてある。
流石にすぐには完成しないので、今まで使っていた道具である。
着替え終わると、マリアローゼは枕元にマリーの置物を置いてから、封蝋を使って封筒を閉じた。
「用意をありがとう、ルーナ」
「はい、お嬢様。それではこちらをお届けしてから休ませて頂きます」
マリアローゼは頷くと、ベッドに潜り込み、銀盆を持ったルーナに微笑んだ。
「おやすみなさい、ルーナ」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
照明を落として、ルーナは静かに部屋を出て行く。
マリアローゼは今日、グランスに貰った羊のマリーの置物を抱きしめた。
丁寧にヤスリをかけたのだろうか、毛皮のふわふわな質感が滑らかである。
指先で感触を楽しみながら、マリアローゼは幸せな気分で眠りに落ちていった。
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