第246話 初めての兄妹喧嘩

「これから領地に行くのだし、暫く戻れないから会いに行ってあげたらどうだい?」


マリアローゼは珍しく、敵に塩を贈る様な言動をするシルヴァインを繁々と見詰めた。


お兄様がそんな事を言うなんて、珍しい。

エネア殿下に情が湧いたのだろうか?


「シルヴァインお兄様はエネア殿下にはお優しいのですわね?」

「そうかな?マリアローゼが沈んだ顔をするから、薦めてみただけだよ」


直感的に、その返事が胡散臭いと感じたマリアローゼは、シルヴァインから目を逸らして、手元に視線を落とした。


エネア殿下を牽制に使う?

でもまだ赤ちゃんといってもいい年齢だし、ロランドやアルベルトを遠ざける程の効果はなさそうだ。

絆されたのか?という意味で問いかけた言葉に動揺した?

言い繕うにしても、動揺するほどの事ではないので、それも違いそうだ。

何にしても何かの思惑がありそうで、腑に落ちない。

マリアローゼは、シルヴァインを真っ直ぐ見詰めて、微笑んだ。


「そうですわね。それも良いかもしれません。エネア殿下が可愛すぎて王城で暮らす事になりそうですけれど」


何故、わたくしは怒りと悲しみを覚えているのか。

兄に利用された気がするからだろうか。


真っ直ぐ見詰め返したシルヴァインが、一瞬、表情を失くした。

そして、何時もの笑顔を浮かべる。


「それなら駄目だな」

「薦めたのはお兄様でしてよ」


パン、とジェラルドが手を叩いた。


「その話は終わりだ。シルヴァイン、私はお前を高く買っているが、ローゼの人生を左右する問題に、

嘴を挟む権利はない。下がりなさい」


ジェラルドの言葉に、シルヴァインが静かに立ち上がって食堂を出て行く。

それを見届けてから、改めてジェラルドはマリアローゼに静かに命じた。


「マリアローゼ、エネア殿下に会いに行く事は禁ずる。王城に立ち入る事もだ。そもそも君の領地行きは、王妃の提案で王家との婚約話や、他国との政治闘争から遠ざける為のものだ。分かるね?」

「はい、お父様」


そうだ。

原点に立ち返らなければいけない。

王族との婚姻を拒んだ理由は多岐に渡る。

自由でいること。

家族と一緒に暮らすこと。

ゲームの強制力等は信じていないが、オリーヴェやリトリーとの事件の様に、問題に巻き込まれる可能性を減らしたい。

エネアが可愛いのも会いたい気持ちもあるが、家族と比べるべくもない。


「重々承知しております。お父様のお言葉にマリアローゼは従います」


心配をかけないように、マリアローゼは父と母をそれぞれ見て、微笑んだ。

何事も無かったように食事を済ませて、マリアローゼは部屋へと戻った。

部屋の前には案の定、シルヴァインが立っている。


「ローゼ、ごめん、俺が悪かった」


済まなそうな顔で、謝るシルヴァインを見て、マリアローゼはふい、と顔を背けた。


「今は、お兄様とお話したくありません」


「ローゼ…」


悲しそうな声に胸が痛むが、マリアローゼは目の前でルーナに命じた。


「今日は誰ともお会いしません。他のお兄様が尋ねてきたらお伝えしてね、ルーナ」

「畏まりました。シルヴァイン様も、どうか、お引取りを」


シルヴァインの返事を聞く前に、マリアローゼはノクスの開けた扉から中に入った。

マリアローゼが拒んでいる以上、部屋に押し入ったりはしないはずで、

そのままフラフラとマリアローゼはベッドに倒れ込んだ。


敵と戦う方が簡単だ。


マリアローゼはほろほろと涙を零した。

愛する家族が相手だと、冷たくしてもされても、心が抉られるように痛む。


何故急に、あの兄がそんな事を言い出したのか。

そこにも作為的な何かを感じる。

シルヴァインを唆せる人間がいるとするならば、誰だろうか。

一喝したジェラルドにも、シルヴァインの意図は感じ取れていたし、穏やかではあるか痛烈な批判もしていた。

父でも母でもない。

他の兄では役不足だ。

だとしたら、脳裏に浮かぶのはただ一人。


ジェレイド叔父様。

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